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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
27/50

二十七. 柔らかな檻21

 私が朝食の支度をしている間に難しい話は終わったようで、朝食の席は和やかに他愛の無い話をした。レアンディールへ来てから、私はよく笑っている気がする。後片付けはカーラットさんが買って出てくれ、私はグレアムさんから着替えるよう言われた。動き易いロングスカートとシャツからドレスのような上品なワンピースへ着替える。今日は首元に石があしらわれた深緑の服にした。宝石……とかではないよね、これ。とってもキラキラ輝いている。髪は緩めのアップ。化粧は少し、色気を意識してみる。見て欲しい人がいるだけで、着飾る事がこんなに楽しくなるとは知らなかった。


「綺麗だ、チカ」


 彼の言葉ととろりとした笑みが、私の胸に幸福な熱を広げる。


「ほーんと、僕も森へ引きこもろうかなぁ」

「城にも落ちて来ただろ?」

「そうだけど、まだ子供じゃないか」


 不満そうな王様と苦笑を浮かべるカーラットさん。二人にも褒められ、私は礼を告げる。

 グレアムさんの肩に乗り甘えていたティグルは、今度は私のもとへ来て甘えてくる。いつも以上に擦り寄ってくるものだからやはり寂しかったのだろうだなと感じ、私はティグルの体を何度も優しく撫でた。

 グレアムさんの部屋を出て向かうのはリリスの部屋。初めて会った時のように王様の先導で入った部屋の中には、ソファで膝を抱えたリリスとそれに寄り添う腹黒神官。何処か疲れた様子の王弟二人がいた。私に気が付くと、リリスがパッと笑顔になる。そんな風に喜ばれるとこそばゆくて……嬉しくなってしまう。


「……リリス。お出掛けしましょう」


 私が伸ばした両手。リリスが嬉しそうに取ろうとしたのを、腹黒神官が細い両肩を掴んで止めた。


「皆さんお揃いで。聖女様を何処に連れて行くのでしょう?」

「イグネイシャス、そうカリカリするな。グレアムがリリスを息抜きに連れて行くだけだ。心配ならばお前も共に行けば良い」


 王様が、王様らしくて驚いた。とっても偉そう。


「賢者様が? それが何を意味するかわかった上での行動ですか?」


 氷の微笑が微かに歪む。

 リリスが不安そうにみんなの顔を見回して、最後に私を見た。だから私は、安心して良いよという気持ちを込めて微笑む。


「誓いの範囲内だ。問題無いだろう」


 静かに発されたグレアムさんの言葉を耳にした腹黒神官が舌打ちでもしそうな表情をした。冷たい笑顔が崩れるのを、初めて見た。


「……お弟子殿、やはり貴女はでしゃばり過ぎだ」


 睨まれてしまった。私は腹黒神官の青が混じった灰色の瞳を見つめて穏やかに、にこりと笑う。


「神官様も閉じ込められているリリスの現状にお心を痛めておいででしたでしょう? 一時も離れたくないご様子。あなたも一緒にいかがです?」

「……もちろん、お供致します」


 グレアムさんの側を離れ、私はゆっくりリリスへ歩み寄る。未だリリスの肩を掴んでいる腹黒神官の手首に笑顔でチョップして、リリスを奪い支度部屋へ連れて行った。難しいお話がこれからある。身支度を手伝いながらどういう状況なのかを説明するのが、私に与えられた役目。


「リリス。出掛ける前に、話がある」


 私より少しだけ身長の低いリリスの青い瞳を覗き込み、柔らかな髪を撫でる。


「リリスが落ち人で、癒しの力がある所為で難しい状況にいるのは、なんとなく感じている?」


 こくりとリリスは頷いた。まだ、とっても不安そうな表情をしている。


「私の師匠は、あなたを助けられる。あなたに選択の自由を与えてあげられる。今から話す事をよく聞いて? 焦って考える必要も無理に考える必要もないけれど、リリスの置かれた状況を、教える」


 壁際に置かれていた長椅子へリリスを座らせ、私も隣に腰掛けてから、私の知る全てをリリスに話した。力の危険性。神殿の考え。王様の考え。賢者であるグレアムさんは中立の立場で、リリスが自分の道を自分で選べるよう庇護下に置く事になったという事。リリスは黙って噛み締めるように、私の話を聞いていた。


「師匠は、あなたが誰かに無理矢理、あなたの意志を捻じ曲げて何かをされる可能性から守るだけ。リリスがどうしたいかは、自分で選ぶの。……余計なお世話で、迷惑かもしれない。だけど私は、あなたが道を選ぶ為の時間を守りたい」


 リリスは何も言わなかった。金色に輝く長いまつ毛を伏せ、じっと考え込んでいる。


「私の自己満足に巻き込んで、ごめんね」


 グレアムさんの事も私は、自分の我儘に巻き込んだ。ちくりと痛む胸をおさえた私に、リリスが力一杯抱き付いて来た。


「リリス?」

「……私、髪の毛結うの、苦手なんです。いつもお母さんかお姉ちゃんがやってくれていて……チカさん、やってくれますか?」


 そういえばリリスは、いつも髪を下ろしたままだ。それすら天使のようだったけれど、自分で出来なくて、周りに頼める人もいなかったからなんだとわかった。


「人の髪を弄った事はないけど……頑張るね」


 髪を撫でる私を見上げたリリスは、明るく輝くような天使の笑顔を浮かべていた。

 リリスとああだこうだ言い合いながら服を選び、私がリリスの髪を結う。リリスは化粧なんて必要ないくらいに可愛いけれど、薄く整える程度の化粧も施した。


「リリス、とっても可愛い」


 私と歩くからと色を合わせ、明るいエメラルドグリーンの長い裾がふわふわ揺れるワンピース。ウエストの白いリボンがアクセントになっていて可愛らしい。柔らかな金の髪は本来のウェーブを生かし、右側に纏めて緩い編み込みにした。


「お化粧なんて初めてしました」

「そういえば、私も初めての化粧は十八の頃だったかな」


 就職の為に、化粧を覚えた。化粧は大人の女のマナーだから。教えてくれる人なんていなかったから、いろんな本を読んで一人で練習した。


「お姉ちゃんがよく言ってました。化粧は好きな男の為にするんだって。チカさんは、賢者様の為ですか?」

「……どうして?」

「賢者様っていつも怒ったような顔をしているけど、チカさんがいる時は雰囲気が全っ然違うんです。それにコレ。いやらしいです」


 にやっと笑ったリリスの人差し指が立てられ、徐に私の耳の後ろを押した。ピンと来て、私は慌てて鏡で確認する。見えなくて、気付かなかった……


「か、からかわないで。慣れていないから、どうしたら良いかわからない……」


 グレアムさんのものである証を掌で隠し、私は赤くなった顔を俯けた。こんな風に人にからかわれた経験がないから、どんな反応をしたら良いかわからない。


「チカさんって大人で色っぽいのに、時々とっても可愛いです」


 私に抱き付き戯れつくリリスはにこにこ楽しそうにしている。この子の笑顔は、見ていると胸が温かくなる。


「……リリスが笑うの、好き」

「私もチカさんがふわって笑うと安心します。大好き」


 きゅうっと抱き付かれ、何故だか鼻の奥がツンとした。胸がジンと痺れて、なんでだろう、とても……泣きたくなる。


「チカさん? なんで泣くんですか?」

「……最近なんだか、涙腺が壊れてて…………ごめんね、嬉しかったの」

「……チカさんって、良い人ですよね」

「そんな事、ない」

「あるんです。私はそう思ったんです」


 愛らしい天使の所為で、私は化粧を直さなくてはならなくなってしまった。


 *


 頭上に広がる空と同じ色の瞳が、キラキラ輝いている。リリスは私の手を引いてあっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しない。私は転んでしまわないよう、スカートの裾を踏んでしまわないように気を付けながらついて行く。リリスの望みで、まずはお城の探検をする事になった。案内役は王弟二号のフィオン様がしてくれていて、グレアムさんと腹黒神官も一緒だ。

 グレアムさんが守るのは、リリスの身の安全と自由。お城の中なら自由に歩き回れるようになったリリスだけど、城下の街へ行く時には私とティグル、それと誰かもう一人をお供として連れて行かないとダメだという条件は付いた。リリスの落ち人の証は額にあるから目立つ。勝手に一人で外に出るのは構わないけれど何があっても知らないぞと、グレアムさんはぶっきらぼうにリリスへ告げていた。


「チカさん大変です! お城が広過ぎて今日は街まで行けそうにないです!」


 興奮した様子のリリスはとても楽しそう。つられて私も笑みを浮かべ、そうねと頷いた。


「聖女様。城下は明日、私がご案内します」


 にこにこ胡散臭い笑みの腹黒神官は地道な勧誘活動をせざるを得なくなった。何も知らないリリスを甘い言葉で誘っていたけれど、リリスが真実を知ってしまったから、真摯に口説く作戦にチェンジしたようだ。全てを理解した上でリリスが自分の意志で選ぶのなら、私は止めない。だから、腹黒神官はこれまで同様リリスの側にいる。王弟の二人は、本来の彼らの仕事へ戻るらしい。私の仕事には、リリスの面倒を見る事が加わった。


「明日、チカさんは平気ですか?」


 リリスに問われ、私は背後のグレアムさんを振り返る。私の視線を受け止めて、彼はむっつり頷いた。


「グレアムさんは、明日は?」


 あちこち引っ張りだこのグレアムさん。彼は彼の意志で休みを決められるようだけど、明日はどうなんだろうと聞いてみる。もし行けるのなら一緒が良いけれど、昨日今日と休んでいるから難しいのかな。


「行く」

「ダメですよ、グレアム。長年森へ引きこもっていた賢者様が久方振りに出て来たのですから、皆が貴方に会いたがっているんです」

「俺がいなくてもどうとでもなる」


 フィオン様が呆れた表情でグレアムさんに小言を言い始めた。グレアムさんは王様の幼馴染だから、弟とも仲が良いのかもしれない。リリスと一緒に二人のやり取りを眺めていたけれど、ちらりとフィオン様の視線が私へ向いた。どうやら助けを求められているようだ。私に何かが出来るとは思わないが、グレアムさんが不機嫌なのは困る。どうせなら彼にもこの時間を楽しんでもらいたい。私はそっとリリスの手を解き、グレアムさんのもとへ歩み寄る事にした。


「グレアムさん」


 呼び掛けると、伸びて来た彼の手で抱き寄せられる。


「お仕事、大変なんですか?」

「……面倒事の相談だ。知恵を求められる。自分達で考えればいいんだ」

「生まれ持った才能に凡人の努力は敵いません。素晴らしい才能も大変ですね?」

「煩わしくて敵わん」


 グレアムさんがとってもうんざりした顔をするものだから、私は小さな声で笑った。手を伸ばし、指先で眉間の皺を撫でる。


「あなたの弟子だと名乗れるなんて、私は果報者ですね」


 額から手を滑らせて頬を包む。そうしたら、グレアムさんの表情がふっと綻んだ。


「猛獣使い……」


 すぐ側でフィオン様が変な事を呟いている。グレアムさんは猛獣らしい。ライオンのようなグレアムさんを想像したら可笑しくて可愛くて、笑みが溢れた。


「らぶらぶです」

「賢者様が出て来たのはやはり貴女の所為なんですね」


 真っ赤な顔のリリスの隣では、腹黒神官が嫌そうな顔をしている。


「…………神官様は、女性の口説き方がいやらしいと思いました」

「突然、何の話をしているんです?」

「お顔立ちはとても綺麗ですが、瞳と笑顔が冷たい。まるで氷のようです」

「それがなんです? 馬鹿にしていますか?」

「いいえ。ただの感想です」


 にっこり笑っておく。

 リリスは良いけれど、腹黒神官とも行動を共にする時間が増えるのは憂鬱だ。でもリリスは彼を嫌ってはいないようだから、遠ざける訳にもいかない。極力話し掛けないで欲しい。それに彼の名前は言い辛い。覚えられない。イグアナっぽい名前だなと考えていたら、腹黒神官がイグアナに見えて来た。


「……なんです? 何か文句でも?」


 くだらない事を考えていたら、私はイグアナさんをじっと見てしまっていたらしい。


「いいえ。何も」


 微笑んでから目を伏せ、誤魔化す。

 今度から彼の事はイグアナと呼ぼう。その方がきっと楽しい。


「チカ」


 怒った声で呼ばれたと思ったら、グレアムさんの腕に包まれていた。


「グレアムさん? あの……人前です」

「俺はその内、本当にお前を監禁してしまいそうだ」

「それでも構いませんが……私は何かしてしまったでしょうか?」


 視界を遮るようにして抱き込まれている私の耳にはグレアムさんの深い溜息と、なるほどなるほどなどというフィオン様の声、そしてフィオン様の言葉を真似するリリスの可愛らしい声が届いたのだった。

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