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愛を求め鳥は泣く  作者: よろず
本編
10/50

十. 柔らかな檻4

 カーラットさんに連れられて来られたのは最上階の部屋だった。廊下の調度品も豪華で品のあるものばかり。絨毯は染み一つ無くてふかふか。

 怖い。緊張して来た。きゅっと胸元にいるティグルの体を片手で握ると、ティグルが顔を伸ばして私の顎を舐めてくれる。私の身に何かがあるのは構わない。だけどもしグレアムさんに迷惑を掛けてしまったらと思うととても怖い。


「アービング。連れて来たぜ」


 幼馴染故の気易さだろうか。仕事中には口調を改めるのだろうかというどうでも良い事がとても気になった。


「やぁやぁいらっしゃい。無理矢理招いてしまって申し訳ないね」


 出迎えてくれたのは穏やかな笑顔の似合う年齢不詳の美青年。この人が王様だろうかと視線でカーラットさんに問い掛けてみる。服装が今日のグレアムさんと同じラフな物だから、身分がよくわからない。


「このヘラヘラ男が我が国の王、アービング様だ」

「お会い出来て光栄で御座います、陛下」


 王様に対する礼儀作法なんてわからない。とりあえずビジネスマナーで乗り切ろうと決めて、私はお辞儀する。二対の灰色の瞳が私を見ている。まるで試験のようだ。とても不快だけれど、微笑みで誤魔化しておく。


「私は礼儀も知らない田舎者です。粗相があってはならないと、師匠も私を部屋の外に出したがりません。陛下をご不快にする事がなければ良いのですが……」


 まつ毛を伏せ胸元をおさえて不安を表す。王様にこんな物は通用しないだろうけれど、とりあえず予防線を張っておく。


「礼儀だなんだは気にしないで。その為にカーラットに連れて来てもらったんだ。お嬢さん、貴女の名は?」

知香(ちか)と申します」

「家名は?」

「……佐々木です」


 名前で落ち人だとバレたりするのだろうか。グレアムさんは王様を好きそうだったけれど、この二人に落ち人だとバレるのは良いのかな? わからないから、堂々と微笑んでおく。二人は、あまり聞かない名だななどと言っている。国は何処だなんだと私についての質問を続けられない為に、私は口を挟む事にした。


「大変申し上げにくい事では御座いますが、私は師匠から人と話す事を禁じられている身で御座います。師匠に知られる前に、早々に退出したく存じます。……私へのご用向きとはなんで御座いましょう?」


 膝を折るとかすべき? わからない。わからないから、無礼があっても許して下さい!


「チカ、そんなに緊張しないで。貴女と酒を飲みたいだけなんだ。あ、念の為聞くけれど、成人はしているよね?」


 帰らせてくれる気ゼロですか。

 微笑みの訓練をしておいて良かった。顔を引きつらせる事なく、私は笑顔をキープ。


「はい。成人は迎えております」

「それは良かった」


 カーラットさんに背を押され、王様に促されて私は高級そうなソファへ座らされる。ついて来る以外の選択肢は無かった。だから私は、ゴミ捨てに出た事を後悔した。お酒の匂いがしていたら、グレアムさんはどんな顔をするかな。それにこれ、絶対バレる。この人達、隠す気もグレアムさんが戻る前に返してくれる気も、全くこれっぽっちもないと思う。グレアムさんって怒るとどんな風になるのかな。嫌われたら、悲しいな。


「これね、我が国の自慢の酒。美味しいよー」


 王様のようなゆるゆる笑顔の人が一番怖いと私は思う。私も笑顔で心の内を隠す人間だから、この人が浮かべているのは偽物の笑顔だと感じた。それに多分この人、自分の魅力をわかっていて、それを思いっきり利用するタイプだ。きっとそうだ。


「飲み易いですね」


 王様から手渡された物に口をつけない訳にはいかないでしょう。ワイングラスみたいな物に注がれた透明なお酒。鼻をくすぐるのは爽やかな果実の香り。味はシードルに近いかな。美味しい。けどこれ、度数は低くはない。私を酔わせてどうする気だ。何を聞き出す気だ。


「俺のオススメはこれだ。飲んでみろ」


 こいつら……。

 一杯目も飲み終わらない内に、今度は更に度数の高そうな酒をストレートで手渡された。私は笑顔のまま、それを口に含む。


「先程の物と違って男性が好きそうな味ですね。私は嫌いではないですが……デートの時にこのようなお酒を女性に勧める男性はどうかと思います」


 酔え。食わせろ。襲わせろ。そんな心の声が聞こえて来そうな酒だ。私の言葉に、カーラットさんの口元が引きつった。


「ですがこちらのお酒の方が質が悪い。甘く爽やかな飲み口。お酒の苦手な女性でも度数に気付かず飲んでしまうでしょう」


 くすりと笑って、王様が勧めたグラスを指で弾く。心の中では、陛下はむっつりスケベですねと罵っておく。

 にこにこ微笑んだまま私は酒を飲む。それを見て、カーラットさんと王様が苦笑した。


「お嬢さん、悪かった。怒らないでくれ」

「ごめんね、チカ。酔わせれば面白い話が聞けるかなと思っただけなんだ」


 私は二人に微笑を向けたまま、空になったグラスをテーブルに置く。そのままカーラットさんオススメの酒を手に取り一息で飲み干した。


「酔ってしまえば何を言うかわかりません。お許し下さい」


 穏やかな微笑みを浮かべて謝っておく。面白い話は聞かせられないかもしれないけれど、酒の所為でポロリと出てしまう暴言は許して欲しい。


「それと、私は師匠の言い付けを破ってしまいました。怒られるだけならまだしも、言い付けも守れない弟子はいらないと放り出されてしまったらあなた方の責任ですから。一生恨みます」


 想像しただけでなんだか泣けて来た。思わず涙ぐんでしまった私を見て、男二人が慌てだす。


「泣くなお嬢さん! バレたら殺される!」

「チカ、大丈夫だよ? グレアムは僕らには怒るだろうけどチカを捨てたりするなんて有り得ないから!」

「慰めは結構です。恨むのは決定ですから」


 手酌で酒を注いで、私は果実酒をごくごく飲む。このお酒本当に美味しい。結果が変わらないなら存分に味わおう。


「ところで、ツマミはないんですか?」


 掃除が終わってゴミ捨てに出た所で捕まったから、夕飯はまだだ。お腹減った。つまみ無しで酒を飲むなんて、王様もカーラットさんも気が利かない。全てお酒の所為にしようと決めて、私は二人に不満をぶつける。二人の雰囲気を見てある程度なら許されると判断した。もし無礼だなんだと騒ぐのならこの命、くれてやる。


「悪い。すぐに用意する」


 カーラットさんがわたわたと立ち上がる。私はそれを眺めながら、お風呂に入りたいなと考えつつ重たい溜息を吐き出した。

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