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9.すこしずつ、すこしずつ

 北方までは馬でも8日はかかる距離となる。タイミングが合えば宿屋を利用するけど、何度か野営をすることになるだろうと、辺境伯領からの使いであるスヴェンさんは説明した。

 そして早速、皇都エルスターを後にして最初の夜は野営となった、

 私とシーアで足りない分の薪を集めに出て、スヴェンさんとスカイエさんは野営地を整えている。

 薪を拾いながら、私とシーアはぼそぼそと話をした。


「冬越しに行って、2人ともいなくなっていて、驚いた。

 女将さんから少し聞いたんだけど、あまり要領を得なくてね。わからないことだらけで、君のことを心配してた。けれど、探す手段がなかったんだよね」

 そう言ってシーアは「無事でよかった」と微笑んだ。

「……冬まで待とうかと思ったけど、怖かったんだ。シーアに会うのも怖かった」

「どうして?」

「エトガルがあんなことになってしまって、もしまた同じことが起きたらって」

「そうか……」

 シーアは私の頭をぽんぽんと軽く叩く。

「たいへんだったね」

「それに、シーア。気付いてるだろうけど、私は歳を取らないみたいなんだ」

「そうか。あれから……10年か。さすがに全然変わらないのは、人間にしては変かもしれないな」

「……私は、普通の人間じゃないんだと思う。“来訪者”だし」

「けれど、エトガルが調べたら普通の人間だったろ?」

「そうだけど……シーア、皇都にいる間に、召喚魔法の魔術書を買ったんだ」

「それで?」

「……召喚されたものの本当の身体は元の世界にあって、この世界では仮初めの身体に意識が宿っているんだって」

 シーアは黙って頷いて、私に先を促した。

「それが正しいなら、私の本当の身体はまだ日本にあって、ここに来ているのは私の意識だけで、この身体は何かよくわからないものでできた仮のものってことで……」

「アウス、エトガルはあれで経験のある魔法使いだったし、探知魔法も感知魔法もかなりのものだったよ。彼がそんなにわかりやすい違いに気づかなかったとは思えないんだけど」

「でも、そうじゃないと、私が歳を取らない理由がわからない。

 それに、あの日、多分私は召喚主に日本の私の名前で呼ばれたんだ。あの音は、日本語だったと思う。だけど、私にはちゃんと聞こえなくて、違うってことだけがわかったんだ。真名なのに真名じゃないってどういうこと? 私の真名は失くなったってこと? 真名が失くなったんなら、私はどうなるの?」

 シーアが、薪を拾う手を止めて、私を見る。

「……真名とは、自分の所属する世界における自分の存在を定義するもの、だと考えられている」

「シーア?」

「アウス、わたしのことを見て、全然変わってないと言ったろう?」

 シーアはいつも浮かべている柔らかい笑みを消していた。

「わたしは魔族なんだ」

「え? 魔族は人間と同じ姿をしてるの?」

「魔法で変えてる。この国では、人間の魔族への風当たりは強いからね」

 シーアが二言三言呟くと、彼の姿が変わった。顔立ちはいつものシーアなのに、尖った長い耳と頭の両脇に生えた大きな巻角、それに真っ赤な目の細い瞳孔……それで、こんなに印象が変わるのかと驚いた。私は呆気にとられて何も言えなかった。

「魔族は、この世界に最初に現れた、唯一完全な真名を持つ種族だと伝わっている。真名のことを一番よく知ってるのはわたしたち魔族なんだ。その魔族の間では、真名はこの世界で自分を定義するためのものだと考えられている」

 もう一度シーアは魔法を唱えて、人間の姿に変わった。

「その真名を失くすことは、自分を世界に存在させている芯の部分が無くなるということで、真名を失うことは世界に存在できなくなることだよ。

 けれど、アウスはここにちゃんと存在しているよね。

 ……その召喚主が言った名前って、君がもといた世界の言葉なんだろう? 発音が正しくないとか、そんな理由でそいつが君の正しい真名を言えなかっただけかもしれないし、もしかしたら本当は君の真名なんて知らないのかもしれないよ?」

 私はよほど情けない顔をしていたのか、シーアはまた笑って私の頭をぽんぽんと叩いた。

「それにしても、魔法も使える大剣使いの傭兵の話は聞いたことがあったけど、まさかアウスだとは思わなかったな。傭兵になるとしたら、魔法使いとしてなるんだと思ってたし」

「私、魔法は、あまり戦いに役に立つものを覚えてなかったから……剣のほうが手っ取り早かったんだ」

「確かに、アウスが覚えた魔法って、洗濯とか掃除とかの生活に役立つものばっかりだったね。でも、いきなり大剣はびっくりだよ。

 ……あ、でも、教えてもらった便利魔法には、わたしもずいぶん世話になってるよ」

「だって、家電がない世界がこんなに不便だと思わなかったんだ。洗濯なんてまともにやったら1日かかっても終わらない重労働なんだよ」

「カデンカデンって、ゼンジドウだっけ? 便利さをずーっと主張してたもんね……もしかして、野営に役立つ便利魔法も覚えたりしたの?」

「……いくつかは」

「やっぱりそうなんだ。さすがアウスだね」

 クククと肩を震わせながら、シーアが笑う。そんなに笑うなんて、理不尽じゃないか。

 ……けれど、なんだか気持ちが軽くなった気がした。シーアに会えて、話せてよかった。

「さて、だいぶ薪も集まったし、そろそろ戻ろうか」

「そうだね」


 野営地に戻ると、すでに準備が終わった2人が待っていた。すぐに火を焚いて、簡単な夕食を作る。私の主義だけど、たとえ野営でもスープか何か温かいものを1品作ることにしているのだ。それだけでかなり気分が違ってくるし、野営の疲れもなんだか解消できる気がする。そのために、いつも薪を拾いながら食べられる野草を集めているし、そのための調味料も常に持ち歩いているのだ。保存の魔法も万歳だ。

 スヴェンさんもスカイエさんも、「ありがたいですね」とか言いながらぱくぱくと食べていた。シーアは「相変わらずマメだね」と言いつつかなり食べていた。


 予定通り、道中恙なくデーベルン辺境伯領へと到着した。すでに他の町からもちらほらと傭兵が到着しているようだった。

 到着してすぐにカスパル・デーベルン辺境伯に目通りし、挨拶を述べる。

 魔法が使える者を中心に集めたのは、普通の兵なら領兵だけで賄えるけれど、魔法使いはそうではないからという理由だった。私は戦いの最中以外は魔法使いの補助をするということになった。つまり、魔物が来る方角に探知の魔法を掛けたり、領内の要所要所に防御の魔法を掛けて歩いたりなどもやるのだ。


 魔物はどんどん味を占めているのか、年々山から下りて来る時期が早くなり、頻度も増しているのだという。いっそ大々的に探知魔法で魔物の分布を調べて、早いうちに山狩りでもしたほうがいいんじゃないだろうかと考えるくらいには、多くなりつつあるようだ。

 組合で聞いたように、遅くても再来年あたりには大きい討伐隊を出して魔物狩りをすることになるんだろうと思われた。


 今回雇われた傭兵は全部で12人。半数が魔法使いで、あとは私のような戦士が4人にシーアのような魔法剣士が2人だ。全員が組合に所属しているという共通点があるだけで年齢はバラバラだし、種族も、半分以上が人間ではあるけれど妖精も獣人も混じっていた。秘密だけど魔族のシーアもいるから、あとは小人族がここにいれば全種族が揃うことになる。

 ……もっとも、小人族は性格も体格もあまり戦い向きではないから、傭兵の小人族なんてレア中のレアなのだけど。


 依頼の間は、領兵隊隊長であるマティアス隊長が私たちの上司となるらしい。で、統括するのは辺境伯の息子であり後継でもある御年23のクリストフさんだ。お父上である辺境伯よりお母上に似たらしく、幾分か線が細い……と言っても間違いなく細マッチョと思われる青年で、精悍な顔と言ったほうがいいタイプである。

 ちなみに既婚者だった。奥様はとても儚げなかわいいタイプの女性で、癒し系美人とはこういうものかと感心した。しかも奥様似のかわいいかわいい2歳女児付とか、どうなっているんだ。奥様のスカートに隠れてぴょこんと頭を下げる姿を見たときは、悶え死ぬかと思った。

 弟君は今年18で、さらに15になる妹君もいた。貴族ってみんな美人だよなと思ってはいたけれど、辺境伯の家系も例にもれず皆美人だった。いや、辺境伯自身はどっちかというともう厳つい美壮年だったけど。

 妹君から「なぜ“余所者”なんて名前を名乗るのか」ととてもストレートに聞かれ、ここからとても遠い国の出身だからなんですよとお答えした。私の顔立ちを見て、納得してもらえたようだった。


 そして全員が辺境伯領に到着したところで、マティアス隊長は改めて全員を集め、簡単に依頼について説明した。基本は領内の巡回等を手伝いつつ、襲撃に備えるというものだ。魔物の巣が人里にあまりに近い場合は討伐に出ることも考えるらしい。

 皇都で聞いた通り、これまでに襲ってきたことのある魔物は魔狼や梟熊のようなものが中心で、時々、運が悪いと山巨人が降りて来るのに当たるらしい。

 ……それにしても、そんなに魔物が里に下りて来るなんて、そんなに山の実りが悪かったのだろうかと気になる。ここ数年、そこまで実りが悪くなるほど、悪天候だっただろうか。

 どうも引っかかるので、後でシーアかスカイエさんと話をしてみようと思う。


 さらには、とてもよくあることだけれど、領兵隊は傭兵……特に魔法使いにあまりいい印象を持っていないように見える。私も、外見は相変わらずハイティーンの少年風に見えてしまうため、どうも舐められているなあと感じる。まあ、舐められるのはいいんだけど空気が悪くなるほうが困るのは、我ながら日本人気質かもしれない。

 変なプライド持ってても、いいことなんてないのにねえ、とちょっと呆れてしまう。


 とはいえ、あまりそこへ介入する気はないので、私の空き時間はもっぱら皇都で買った魔術書をじっくりと読み解く時間となったのだが。

 たまにスカイエさんを捕まえて疑問点の質問ができるようになったのは本当によかったと思う。今後のことを考えると、彼とはもっと親睦を深めたほうがいいな、なんてことも考えている



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