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6.私が奪われたもの

 扉を破られた衝撃でバランスを崩し、転びそうになった私の手をエトガルが強引に掴み取る。そのまま私を引き寄せ担ぎ上げ、彼は窓から外へと飛び出した。さっきかけていた魔法は、身体強化だったらしい。


 私たちの前に路地から姿を現わした強盗の仲間が剣を振りかざして立ちふさがるが、エトガルが間髪入れずに魔法を繰り出す。ひとりふたりとぼんやり動かなくなるものの、次々新手が現れる。きりがない。いったいどれだけの人手を連れてきているのだろうか。

「数が多い。間に合わない」

「エトガル、別々に、行こう」

 勘だけど、あいつらは私が目当てだ。多分、あいつらは召喚主の手先なのだ。だから、別れれば奴らは皆私の方に来るはず。

「馬鹿かお前は。あっという間に捕まるぞ」

「だって」

「いいから黙ってろ」

 エトガルは、私を担いだまま走り出した。


 入り組んだ路地を走り回り、エトガルはやつらの包囲を抜けようとした。だが、いくら地の利はこちらにあるといっても、数の暴力にはかなわない。

 警備隊の詰所を目指そうとしたのに、じわじわと回り込まれ、追いつめられてしまう。


「エトガル、行って。エトガルだけなら、魔法で行ける」

「同じことを何度も言わせるな」


 何度逃げてと言っても、エトガルは私を離そうとしない。たぶん私はここでは殺されないだろう。だけど、エトガルは違うのだ。なのに、エトガルは私を抱えたままでいる。


 ひたすらに走り回ったが、とうとう逃げ場が無くなってしまった。エトガルが周囲を見回すけれど、どの道からもやつらが来る。……警備はいったい何をやっているんだ。遅い。

 エトガルは息を整えると、ひとつ方向を定めて集中し魔法を唱え出した……けれど。


「……!!」


 エトガルの身体に何かが当たって手が緩み、私は地面に投げ出された。背中を打ち、一瞬呼吸ができなくなる。ひとしきり咳き込み、ぜいぜい言うのを堪えながらエトガルを振り返ると……再び魔法の光がエトガルを襲っていた。

 赤く染まる視界の中にエトガルが崩れ落ちる姿が入り、私は悲鳴をあげる……なのに、何故か声が出ない。ぱくぱくと、まるで金魚のように口だけが動く。うまく息ができない。


『なん……で……』


 私は立ち上がることもできず、倒れたエトガルににじり寄る。


「エトガル、起きて」


 エトガルは動かない。そんなはずはない。

 さっきまで、私を抱えて走り回っていたじゃないか。

 ……だから、だから私なんて置いて行けと言ったのに。


 そして、“また奪われた”という思いが噴き出す。

 また……前は、何を奪われたのだろう。覚えていない。けれど、確かにまた奪われたのだという思いだけが強く噴き出し、心臓がぎゅっと締め付けられるように痛くなる。

 息が荒くなり、視界が真っ暗に染まる。

 許さない。奪ったお前を許さない。許さない許さない許さない。

 怒りを伴う強い感情が後から後から湧きあがり……。


「緒方樹」


 魔法使いが得心の笑みを浮かべ、私に向かって何か言葉を発した。

 そうか、お前が私から奪ったのか。お前が召喚主か。確信が、私の中に生まれた。

 頭の中がかっと何かに染まる。


『それは私の名前じゃない』


 私は静かに、けれど強く否定する。そのことに召喚主は驚愕し、もう一度同じ言葉を発した。だが、何度口に出そうと同じことだ。


『それは私の名前じゃないと言った──消えろ。お前は消えろ。私の目の前から消えてなくなれ……消し飛んでしまえ!!』


 ひどく慌てたように、召喚主が何か魔法を唱えようとする。

 その姿が忌々しくそして鬱陶しく感じられ、何かの感情が爆発し、同時に、それ以外の何かも一緒に爆発するのを感じた。

 驚愕の表情を浮かべたまま、召喚主が掻き消える。消えろ、消えてしまえ。私から奪ったお前なんて、この世界にいらない。失せろ。失せろ失せろ失せろ。そのまま戻ってくるな。お前なんていらないんだ。


 ……我に返ると、遠くから、誰かが笛を鳴らしながら走ってくる音が聞こえた。

 私は倒れているエトガルに手を伸ばしたが、酷い倦怠感に襲われて身体に力が入らない。座り続けることすら難しくなり倒れこむ。だんだんと、意識が遠くなっていく。

『エトガル、ごめんね、ごめん……』

 最後に、震える手で温度を失いつつある彼の手を握り……私は意識を手放した。


 目を覚ました私が放心している間に、いろいろな物事がどんどん進められ、時間は過ぎ去っていった。あれからどれくらいの時が経ったのか、まったくわからなかった。


 召喚主の仲間はほとんどが息絶えていたらしい。そして、召喚主自身はどこかに消えたまま、ここへ戻ってはこなかった。

 エトガルは、共同墓地にひっそりと埋葬された。

 女将さんが雑事の手配をしてくれて、私はただそれに頷くだけだった。


 そしてエトガルの家だった場所に、私はひとりになった。

 いつの間にか、暑い夏が訪れていた。


『許さない』


 私から奪った者に対する強烈な怒りだけが、私の中に残っている。何故だか、召喚主には逃げられただけだということはわかっていた。


 けれど、私に何ができるのか。

 ……強くなろう。あんな奴らに負けないくらい、強く。何があっても、絶対に奪われないくらいに強く。

 エトガルは私の持っている魔力は大きいと言った。なら、もっと強い魔法使いになれるはずだ。シーアに教えてもらった剣も、もっと磨こう。ひとりで戦えるように。


 シーアにもう一度会うことは考えなかった。会えば、きっとシーアに寄りかかってしまう。そして彼も巻き込んでしまう……エトガルのように。

 ここにとどまっていても、やっぱり町の人々を巻き込んでしまうだろう。ひとつの場所にとどまってはいけない。

 共同墓地のエトガルの墓の前にしゃがみこみ、私はずっと彼に話しかけていた。

 この世界の人々が、故人をどう悼むのかは知らない。だから、私は自分の故郷でのやり方に倣い、彼を悼んだ。

 エトガルの家を処分することはどうしてもできなくて、いつか……そう、いつか、すべてにカタを付けることができたら、その時どうするか決めようと思った。


 エトガルの書庫から魔術書を借りながら、ああ、やっぱり私はエトガルに頼らなきゃ強くなれないんだなと、なんとなく笑う。今だけ、しばらくの間だけ、力を借りるよ。

 浸入防止の魔法と鍵の魔法をかけ、女将さんにシーアへの伝言を頼み、私はフリーマールの町を出た。



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