4.剣と魔法はじめました
思い立ったが吉日という。
なので、魔法を習うと決心した翌日からさっそくエトガルに魔法を教えてもらうことにした。
最初の1ヶ月はほぼ座学。理論とかなんかそういう小難しいことをこねくり回す感じで。ぶっちゃけ、タイプとしては「考えるな感じろ」だった私には少々辛かった。たぶん私は理系じゃない。
が、まあ、理論は丸暗記のうえ、あとは実践で、身体で覚えようぜ的になんとか習得していった。
……それが利くのは下級魔法までだとしっかり釘を刺されたが。
私が最初に覚えたのは、明りを灯す魔法だ。なぜなら、暗いから。
さすがにこの世界の住民全員が魔法を使えるわけでもなく、そもそも魔力というのは相当希少なエネルギー源であるため、通常は夜になると蝋燭とかランプとか松明を使って周りを灯す。だが、とても暗い。夜道とかマジで暗い。なんでこんなに暗いのに、皆平気で行動できるんだと思う。
シーアとか、自分の感覚だと電燈の豆球に毛が生えた程度の明るさの中で、平気で文字を読むのだ。どうして視力が落ちないのか不思議なくらい平気で読む。もちろん彼は裸眼だ。視力低下などまったくない。ありえない。
なんて恐ろしい。ファンタジーの住人ハンパない。
明りの魔法を使えるようになって、初めてようやく私は夜でも普通に本を読めるようになった。明るいっていいことだとしみじみ思う。
後日、実は身体能力を強化する魔法があって、それを使えば夜目が利くようになると知り、魔法こそハンパないと思ったのだった。ファンタジーってすごいね。
で、他はまあそれなりに……。
どうしても、現代日本レベルの健康で文化的な最低限度の生活を追い求めてしまうため、便利魔法を優先に覚えてしまうのだ。エトガルに言わせるとなぜそうなるのかがわからないらしいが。
だってさ……不便なんだもん。
生水コワイと、飲み水をいちいち沸騰させて白湯にしてから飲む私を見て、エトガルとシーアが呆れるのだ、どこのお貴族様かと。日本人舐めるな。井戸から汲みたてだと言われて覗いたらなんかゴミが浮かんでたりすると、それだけでもう無理なんだよ。風呂や身支度程度になら使えるが、飲むとか無理だ。
なので、水の浄化と煮沸も真っ先に覚えた。生命にかかわるし。
あと、この世界、浴場とかほとんどない。宿にいる限りでかい盥にお湯汲んで行水がいいところだ。
洗濯もしんどいから、毎日きれいに洗った服を着るとかこまめに服を変えるとかいう習慣もあまりない。つまりクサイ。これは厳しい。臭いは暴力なのだ。自分がクサイとか耐えられない。
なので、洗濯のための魔法を覚えた。これは初級というより下級に入るとかで覚えるのに超必死だったけど、覚えた甲斐がある素晴らしい魔法だ。イメージしたのは全自動洗濯機の機能なので、洗う、すすぐ、脱水、乾燥の4ステップをいっきにやれる。正直、これは洗濯機よりも便利なので、もし日本に帰ってもこれで洗濯できたらいいなと思う。
……そんな調子で、かつて私の世界にあった便利家電の代わりに魔法でなんとかしたいという欲望から、私の使える魔法は生活便利魔法が中心となった。
よくゲームに出てくるような攻撃魔法的なものは、まだひとつも使えていない。なんか怖いし。
ところで魔法というものは通常座学が中心であり、必然的に室内に篭って研究を行うというスタイルになる。とてもインドアな修行である。ゆえにとてもストレスがたまる。
なので、この世界に来て2か月目、体力の衰えを感じて危機感を覚えた私は、運動もすることに決めた。何もしてないのに足が攣り、そういえば、この世界に来てから毎日必死に勉強するばかりで、身体を動かしていないことを思い出したのだ。身体も硬くなり、疲れやすくなったのはまずい。
いろいろ検討した結果、ランニングは無理だと判断し、ラジオ体操と、ロープを使った縄跳びで基礎体力を取り戻すことにした。あとは素振り。剣道をかじってたこともあったようで、貰った棒きれを木刀に見立てて素振りをした。素振りって結構スッキリもできるのでよい運動だ。
シーアが何それと聞くので、日本版の剣術と答えると、興味を持ったようだった。
まあ、私が覚えてるのなんて、上段に構えて振り下ろすとか基本中の基本だけだし、それもちゃんと型ができてるのかあやしいレベルなんだけどさ。
だけど、その成り行きでシーアに剣を教えてもらうことになったのはよかったと思う。
そして2ヶ月経ち、どうにか覚えた片言で簡単な意思疎通程度の会話なら困らなくなってきたため、私たちの間にも会話は増えた。
シーアは魔法剣士で魔物退治や護衛を生業にしているとか、エトガルはここで魔法を売って暮らしている魔法使いだとか、そういうこともようやく聞けた。
また、無収入のヒモ生活をこのまま送り続けることについてストレスを感じていた私は、エトガルの弟子的な扱いで手伝いをしつつ魔法を教えてもらい、シーアにも覚えた魔法で身の回りの一切の世話をするという約束で宿代を出してもらうという交渉をした。彼らは別に構わないと言ってくれたが、生活のすべてを他人に頼るというのは落ち着かないのだ。やはりギブ&テイクが人づきあいの基本だと思うのだ。
あと、宿で臨時雇いを紹介してもらえるようにもなった。それで日銭を稼ぎ、生活必需品の購入のめども立った。
ちなみに、もしかしたらそうかなーと思っていたが、私がハイティーンの少年だと思われていた等、あるある過ぎる誤解もあった。髪はベリーショートで着ている衣服も男ものだけど、どっちにも取れるのにかといって直接確認はどうかと、微妙にわからなくて悶々していたらしい。
女だといろいろ面倒そうなので、誤解するならしてればいいやと考えていた私も私だろうな。ここは性別による縛りの多そうな世界だし。
ちなみに年齢の誤解はまだ解いていない。これは解かなくていいことにしている。うむ。
そして今は11月。もういつ雪が降り始めてもおかしくない季節だ。
シーアは、今年の冬をこの町で越すことに決めたらしい。基本、旅暮らしの彼ではあるが、冬の間はさすがにどこか1箇所滞在地を定め、そこで冬を越すらしい。
冬に備えて、私も、エトガルから寒さ避けのための魔法を教えてもらった。ここよりずっと暖かく暖房設備も整った世界で生きてきた私にとって、冬をいかに凍えず過ごすかというのは非常に切羽詰まった問題だったので、とてもありがたい。魔法素晴らしすぎる。
冬仕度に伴い臨時雇いの仕事も少し増えたおかげで、私の蓄えも増えた。新しい本も買えた。ちなみに買ったのはこの国の成り立ちを書いた歴史書らしい。斜め読みした感じでは、日本書紀とか古事記とか、そういう印象の内容だった。
つまり、神様が王に権限を与えて国を興しどーたらこーたらという内容だ。王権神授説きたわーと思いながら読むと結構おもしろい。どこの世界も考えることは一緒なのか。
だが、魔法の存在する世界だから神も実在するのかと思えば、それは証明されてないらしい。奇跡とかそれに準ずるものはあるのだが、それが本当に神の手によるものなのかどうかは不明なのだとか。
もちろん、宗教や教会もあって、教会は神の奇跡を声高に主張はしているようである。
ファンタジーで魔法もあって種族もいろいろ存在するのに、そこはあやふやなんだとちょっと感心した。
そうそう、この世界、宗教もちゃんとある。
太陽と正義の神と、夜と偽りの神というのが中心となる2柱らしい。他にも海の神やら風の神やら、ローマとかギリシア神話的な神々がいて、この世の事象を司っていると考えられている。もちろん、魔法の神もいた。
……けれど、この神々がほんとうにこういう神々なのかというと、実はよくわからないらしい。
だれがどう決めたかも不明なのだともいう。
人々の信仰具合はまさに人それぞれで、ガチで信じてせっせと教会に通う人もいれば、「神様? ふーん」みたいな人もいる。前者は一般の人々に、後者は魔法使いに多いと聞いて納得した。
あとはそう、この世界に来て2ヶ月目にして初めて妖精という種族を見た。
すごいよ、ホントに耳が尖っていた。ある意味感動した。しかも細いわ美しいわ優雅だわでめちゃくちゃたまらない。「妖精だから美形って(笑)」なんて考えていたこともあったけれど、実物見たら納得過ぎたわ。いやあ、眼福ってこういうことを言うんだなあとしみじみしてしまった。
『なんかごちそうさまですありがとうございますお腹いっぱいです』って、思わず日本語で呟いてしまったくらいには素晴らしかった。ぜひ友人になりたいけど、毎日見てたら美しさで目が潰れそうだ。
そんなこんなで3ヶ月目。12月だ。
必要な日常会話レベルならなんとかなるくらい言葉も上達した。雑談しようって言われたら少し困るんだけど。
文字もだいぶ読めるようになった。崩し文字は厳しいけれど。
本格的な冬になり、雪も振った。寒い。マジ寒い。関東のべたべたした雪ではなく、北海道みたいなさらさらの雪だ。どんだけ寒いのかと思う。石畳は凍って滑って危険だし、冬は本気でヤバイ季節であることを実感した。
確かに、こんな寒さの中旅をするとか、正気を疑うね。野営したら死ぬよこれ。
冬に備えてもこもこの毛皮でできたブーツや上着も用意した。なかなかに手触りがいい。
毛糸もあったので、編み針を用意して冬の間のヒマつぶし用に帽子を編んでみることにもした。編み物なんて久しぶりなのでできるかどうか不安だったが、意外に覚えているので驚いた。
編み目はガタガタだけどね。
……ちなみに、この世界は編み物はあまり一般的でないようだ。毛糸は主に毛織物に使われるらしい。
で、冬の間はここにとどまって何をするのかとシーアに聞いたら、「ゆっくり過ごす」のだそうだ。さすがに冬は隊商も出ないし魔物も減るから、シーアのような商売は開店休業状態になるらしい。なので、これまでに溜めこんだお金で春が来るまでだらだらと過ごすのが恒例なのだそうだ。
「つまり、冬は、休み?」
「そういうこと。まあ、仕事をする季節中は訓練に時間を費やせないから、冬の間に新しい魔法を覚えたりすることもあるよ」
なるほど、そういう使い方もあるのか。
宿の食堂の、ぱちぱちと薪が燃える暖炉にあたりながら、シーアと2人で女将さんに入れてもらったお茶を飲む。この季節、ここを常宿にしているのは私とシーアの2人だけのようだった。
暖かい暖炉に暖かいお茶って落ちつくなあと、ぼんやりしながら『夏休みの宿題みたいなものか』と私は日本語で呟いた。
「ナツヤスミ? 何?」
「暑い季節と寒い季節、学校に、長い休みがある。その間、たくさん、勉強の課題がある。勉強の復習、する。暑い季節が、夏休み、寒い季節が、冬休み。たくさん課題が、宿題」
「なるほど。それで行くと、今はフユヤスミかな」
「そう。今、冬休み。
……冬が寒過ぎる、思わなかった。故郷は、もっと暖かい。ホッカイロほしい」
「ホッカイロ?」
思わずホッカイロを懐かしむ私に、シーアが尋ねる。
「大きさこのくらい。中に……暖かくなる粉がある。使うと1日、暖かい。腰とか、お腹につけておく」
そうか、石綿と炭……練炭だっけ? それがあれば携帯カイロが作れるのか。石綿ってこの世界にあるのかな。練炭はどうだろう。
いや、それよりもあれが欲しい。湯たんぽ。焼いたレンガもいいんだけど、あれは温度が高すぎてちょっと扱いが面倒なんだ。湯たんぽほしいなあ。
そういえば、魔法で水をお湯にできるんだから、湯たんぽが作れたらかなり重宝できるんじゃないだろうか。冷めたらまた魔法で温めて……なんか素晴らしくないか?
ちょっとまじめに考えてみよう。
「アウス、どうした?」
急に黙り込んだ私に、シーアが首をかしげる。
「ええと、湯たんぽ、作れないか、考えた」
「ユタンポ?」
「このくらいの大きさ、お湯を入れて蓋をして、布団に入れて、暖かくする」
「へえ。焼いたレンガみたいに?」
「そう。お湯だから、熱くなりすぎない。冷めるのも、ゆっくり」
「君の故郷って、面白いものがあるんだね」
「水と木、多いから」
この世界に来て初めての冬はものすごく寒かったけれど、だらだらと呑気に過ぎて行った。
私の魔法も、どうにか下級に手が届く程度までには修練ができたようだ。
剣は、まあ、ぼちぼち……うん。刃物って向けるのも向けられるのも、すごく怖いよね。