28.鬱々とした現状
あれから何も進んでいない。
リベリウスはあそこにいるとわかっているが、全く何も進展はない。
毎日アネマリー様の護衛として働き、変わらず日々が過ぎる。
いったい何をしているのだろう。皇城へのこのこと出て行き、自分の不安定な現実を知らされて、挙げ句の果てにこんな状態か。
多分、リベリウスは私を待っている。私が奴のところへ自ら赴くと考えているのだろう。不気味なほど、何のアクションもない。
嫌なのは、それを自分が否定できないことだ。最悪な選択肢であることはわかっているのに、完全に否定できないのだ。
シーアは私を物言いたげな目で見るが、実際に何かを言うことはない。彼は基本的に私に協力は惜しまないが、決定は私がすることだという姿勢を崩さない。
いっそ何もかも丸投げしたくなることもあるけど、それをやってしまったら私はシーアと対等でいられなくなってしまう……今でさえ、彼に寄りかかっているというのに、これ以上は自分で立てなくなってしまう。
「何かしなきゃと思うばかりで結局何もできず、か」
完璧も完全も、存在するのはそういう言葉だけだと頭ではわかっている。
リベリウスが言うもの……作ろうとしているものはファンタジーな存在だ。
こんな異世界の、しかも日本じゃファンタジーとしか思えない世界に来ておいて、なおかつ“ファンタジー”なものってなんなんだとも思うけれど、魔法だろうが神様だろうが、ここにもやっぱり完全な存在なんていなかった。
リベリウスが欲しがっているものは、やっぱり夢物語でしかない。
なのに、同じところでぐるぐる回り続けている私は何なんだろう。ほんとに嫌になる。
「やっぱり、それしかないかな」
わかっていても、奴の懐に入り込むための頭に浮かぶ選択肢はひとつしかなくて、このことを知られたらきっと怒り呆れるだろうとはわかっていて、それでも……ここから先はひとりで決着を付けようと思う。
最初は、そうするつもりだったのだから。
彼を巻き込むのは、危険に晒すのは、もう終わりにしよう。ただでさえ私の先はわからない。明日に消えてもおかしくないのだから、こんな不安定な私からは解放しないといけない。彼は私の神様だった、それだけでいい。
──そして、私が消えても、後に憂いを残さないようにするんだ。
私はひとつ手紙をしたためて、これを届けてくれるようにと屋敷の使用人に頼んだ。
翌朝、魔術師団から私宛の招喚状が屋敷に届いた。伯爵から、すぐに用意をして向かうようにと申し渡され、部屋の荷物をまとめていると、慌てた様子でシーアが来た。
「まさか、行くのか?」
頷くと、彼は私の肩を掴む。
「やっぱり、皇城で何かあったんだね?」
「シーア」
名前を呼んで、シーアの顔をまっすぐと見詰める。
「この前の約束は、忘れて」
シーアの顔が険しくなる。肩を掴む手に力が篭る。
「……何故?」
「シーア……“カルルシアス”」
私が“名前”を呼ぶと、彼は瞠目した。
「約束は、忘れて。私のことは待たなくていいから」
「どうして……」
彼の手が震え、力が抜けてぱたりと肩から落ちる。呆然と立ち尽くす彼を抱き締め「ありがとう」と囁いて、私は部屋を出た。
迎えはマンフレートだった。私がしおしおと付いてくる様に驚きながらも嘲笑を浮かべている。
「まさか、自分から出向くとはね。ようやく観念したのか」
「どうとでも言えばいい」
「この西大陸のどこにもお前が逃げられる場所なんてないのだから、最初からこうしていればよかったんだ。ようやくリベリウス様の力を思い知ったわけか。無様だな」
「井の中の蛙っていうんだ。それとも虎の威を借る狐か」
私が大人しく従うことを、まるで自分の手柄のように嘲るマンフレートが鬱陶しくて、鼻で笑う。私の言う慣用句の意味を掴み損ねてか、彼は鼻白んだ顔で怪訝そうに私を見る。
「お前みたいなやつのことだ。リベリウスの傘の中でないと、何もできないんだろう?」
マンフレートはかっと赤くなり、手を振り上げようとするが、一瞬の後に思いとどまった。
「……異界の生き物め。どうせお前は先行き短いんだ。せいぜい我々の研究に役に立ってから消えろ」
ああイライラする。自分でこうしようと決めたのに、いや、だからこそイライラが消えない。もっと他に方法はなかったのかという思いで、鬱々した気分もまったく晴れる気配はない。何より、もうシーアに会うことがないだろうと考えると、胃の辺りをぐっと押さえ込まれたように気分が悪くなる。ほんとうにこれで良かったのかと、後悔だけが押し寄せてくるのだ。
「お前たちの役に立つなんて、真っ平御免だ」
小さくぼそりと呟いて、魔術師団に着いたらどうやってリベリウスを、と考える。つくづく行き当たりばったりだ。
シーアを振り払って、最悪な選択肢をわかってて選ぶ私こそが最低だ。最低だとわかってるのに、ほんとうにこれしか道はなかったのか?
──この世界に存在する神様、私が無事に穢れを払えるよう、力をお貸しください。




