23.神になりたいと望むのか
人が訪ねて来たと伝えられたのは、その日の昼を回った頃だった。時間を貰い宿舎のほうへ行くと、スカイエがわたしを待っていた。
「やあ、シーア」
「急にどうした?」
「あの魔法使いのことですが、少し話を聞けたので、知らせておこうと思ったのですよ」
相変わらず淡々と用件を述べるスカイエに、怪訝な顔になってしまう。
「……どんなことだ?」
「アウスも聞いておいたほうが良いかもしれません」
「彼女は、今、外に出ているよ。オーベルリート侯爵の次男の、魔術師団の魔法使いマンフレートに呼ばれてだ」
「魔法使いマンフレートですか……しかたありませんね」
眉根を寄せて、スカイエがぼそりと言う。
「何かわかったのか?」
「あれから友人に連絡を取りまして、魔術師団のことを聞いたのです」
スカイエはいつものような無表情のまま、ゆっくりと続けた。
「その友人……キーランという魔法使いの話では、私たちが遭遇したような魔法生物を作れるのは、間違いなくリベリウスだけだろうということでした。
実際、彼は通常の魔法生物だけではなく、召喚した生き物を素体にして魔法生物を作る実験も頻繁に行っているようです。作っているのは、主に、あの魔神みたいな魔法生物のようですが。
──そのリベリウスに付いている二つ名ですけど、何だと思います?」
なんだろうかと首を傾げると、スカイエは皮肉げな笑みを口の端に浮かべた。
「なんと、“創造主”だそうですよ。彼は神にでもなりたいのですかね」
スカイエは呆れたように肩を竦める。ろくな二つ名ではないが、あの、完全な生き物を目指すというやつの言葉を思い出すと、到底笑い飛ばすことはできない。案外本気かもしれないと思えて。
「キーランの話を聞く限りでは、魔術師団自体もあまりいい方向に向かってないようですね。リベリウスの繰り返している実験がいい例でしょう。キーランの話しっぷりでは、魔神以外も素材として使っていることが十分予想できましたよ」
魔神以外の素材か、と呟くと、スカイエも忌々しげに首を振る。
「リベリウスは師団長を退いてから皇帝陛下の顧問となっているようです。おそらく、実験も皇帝陛下主導なのでしょう。でなければ、わざわざリベリウスを止めておく必要はありませんし、彼の実験自体もここまで大っぴらには行えていないでしょうから。当然、その恩恵に皇帝陛下ご自身こそが預かるつもりなのは、間違いないでしょう。
つまり、皇国自体もあまり良い傾向にあるとは言えないということです。皇太子も……凡庸ならまだマシというところなのですが、ああも暗愚ではねえ……もっとましなお方が残っていればよかったんでしょうが」
皇帝の嫡子で皇位継承権を持っているのは、暗愚と揶揄される皇太子ひとりとなってしまった。他はとうてい皇位など望めない庶子か、傍系になってしまう。継承権争いの結果とはいえ、もう少しましな者が残れなかったのだろうか。
スカイエはふと真剣な顔になった。
「辺境伯の魔物の件も、皇帝陛下のお墨付きという可能性が高いということですね。
辺境伯は武力で名高い有力な貴族ですけど、あれで結構戦力は削られましたから」
あの後、魔法生物の群れこそ来なかったが、寄せては返す波のように魔狼の群れが現れ、かなりの消耗戦を強いられたらしい。冬の蓄えが底をつき、隣領の援助がなければ領民にもかなりの被害が出たかもしれないという。
「真面目な話、少しの間、東にでも行っておこうかと思いましたよ。どう転んでも、しばらく荒れそうですからね」
「けれど、東は相変わらず落ち着いてないんだろう?」
「仕方ないですね、小国が乱立してますから、それが東の平常ですよ。まあ、おかげで私たちみたいな仕事に食いっぱぐれがないことは確かですけど」
それから、スカイエはふっと笑い、わたしをちらりと見た。
「……落ち着かないだけあって実力優先ですから、私やあなたみたいな種族には、ここより向いてるかもしれませんよ?」
スカイエの言葉に、思わず苦笑を漏らしてしまう。
「そうしたいけれど、片を付けなきゃならないことがあるんだ」
「そんなところだと思いました。私はしばらくは皇都にいますから、手が必要なら声をかけてください」
「でも、高いんだろう?」
すました顔で頷くスカイエに、わたしが参ったなと両手を挙げると、彼はにやりと笑った。
「当然ですよ。私はベテランの魔法使いですから、安売りはしません。
……まあ、知らない仲ではありませんから、割引はしてあげましょう」
「そいつはありがたいな」
それから、ふと思いついたように付け加える。
「ああそうだ、あと20日もしたら、マリエンも今の契約が終わるので皇都に来るそうですよ。それから念の為ですけど、魔法使いマンフレートについても聞いておきます。また何かあれば連絡しますから、あなたも気付いたことがあったら連絡をください」
「ありがとう。そうか、マリエンも来るのか。アウスが知ったら喜ぶと思う」
「でしょうね。では、私はこれで。アウスにもよろしく」
スカイエを見送り、また仕事へと戻ると、エミリア様は少しヘソを曲げていたようだ。もっとも、わたしの顔を見るなり機嫌を直したようだったが。
エミリア様の相手をしつつ、聞いた話を反芻する。この皇国も随分長く続いているはずだが、おかげでだいぶきな臭くなっているということか。スカイエの言う通り、リベリウスのことが片付いたら樹と一緒に東へ移ったほうがいいかもしれない。国が崩れるときは、どうしたって荒れるのだ。それが大国であるほど規模は酷くなる。せめて皇太子がまともなら、まだマシだろうに。
「シーア、どうしたの。眉間に皺が寄ってるわ」
「ああ、先ほど会った友人に、老けたと言われてしまったのを思い出しまして」
「まあ! 大丈夫よ、シーアはまだ若いわ!」
「ありがとうございます」
エミリア様に微笑みを向けながら、やはりスカイエの話について考えてしまう。
彼は、師団全体が良くない方向へと向かっていると言ったが、なら、樹をマンフレートのところへひとりで行かせたのはまずかったのではないだろうか。
何事もなく帰ってきて、杞憂に終わればいいのだけれど。
「アウスはマンフレート様の研究に協力することになったので、数日あちらに留まるそうです」
夜になり、オーベルリートから使いが来てそう告げたと聞いたとき、しまったと思った。アネマリー様はお気に入りのアウスが帰らないことに不満を漏らしていたが、伯爵に言い含められてしぶしぶ納得したようだった。
樹の“印”の気配を確認すると、一応オーベルリート邸のあたりに感じられるが……どうしたものかと考える。一刻も早く動くべきか、それとも様子を見るべきか。
……少し冷静になろう。
今なら皇都にはスカイエもいる。彼に協力を頼むこともできるのだ。
今夜一晩様子を見る。動くのはそれからにしよう。
とはいえ、今すぐにできることをやらないでおくことはない。
深夜遅くまで待って、わたしはオーベルリートの屋敷を調べることにした。
樹がいるのは、おそらく邸宅内のマンフレートの研究室だろう。




