22.魔術師団の魔法使い
逃げて逃げて逃げまくって、ここまで来ればもう!
……と思った先もやっぱり仏陀の掌の中だったというのは、西遊記だったっけ?
アルフリード様の屋敷、つまり、オーベルリート侯爵の邸宅に到着し、馬車から降りるアネマリー様をエスコートした。
……もちろんアネマリー様のたっての希望に従ってのことである。最初こそぐだぐだでエスコートとか何それだったけれど、さすがに執事さん他直々の指導のおかげでかなりサマになるほどに習得できたし、何よりこういうのに慣れた。アネマリー様は私に彼女の騎士役をさせたいらしいのだ。
そんな私の今の服装は、伯爵家から支給された、無駄に飾りの多いまるで騎士団員かと見紛うようなお仕着せだ。武器こそいつもの大剣だが、私の「慣れた武器でないといざという時にお護りできない」という言葉がなかったら、キラキラに装飾された儀礼用かと思うような長剣を持たされていただろう。
さすがに、お仕着せの下には薄く編まれた鎖帷子を着込んだりしているが、少し心許なく感じてしまう。
迎えに出てきたアルフリード様とマンフレート様を見て、アネマリー様がキラキラした笑顔を浮かべる。
「伯父様! フレート兄様!」
興奮ではしゃぐ余りに足を縺れさせたアネマリー様をそっと支えて「奥様がいらっしゃったら、淑女らしくないと叱られてしまいますよ」と耳元で囁くと、とたんにかあっと赤くなった。すっと立ち上がり、さっきのはしゃぎようはどこへ行ったのかと思うくらいにゆっくりと階段を昇り挨拶を述べ、完璧な淑女の礼を取る。
思春期、かわいいな。というか私も宝塚の男役気分だ。
そのままサロンでのお茶や昼の会食の間、壁際に控えながらそれとなくオーベルリート侯爵一家を観察する……ほんとに貴族って美形が多いなと感心しつつ。
たしか長男のアルベリッヒは近衛騎士として今日も皇城勤めのはず。次男のマンフレートは才能ある魔法使いとして期待されていて、上位になれば宮廷付の魔法使いとなることは間違いないだろう。
オーベルリート侯アルフリードも皇帝陛下の覚えめでたく、なんだか忘れたけど城で要職に就いていたはずだ。つまりこの侯爵家はこの国の名門中の名門貴族ということになる。
そう思うと、その下流の親戚とはいえ、よく私のようなどこの馬の骨とも知れない輩なんぞが雇われたなと思う。クロイト伯爵は相当に寛容なお人だ。それとも娘に甘いと言うべきか。
──和やかに会食を終えましたら、改めてサロンでのご歓談をお楽しみください。
そんな結婚式のご案内的なナレーションが頭の中を流れるくらい、優雅に時間が過ぎて行く。BGMは軽やかなクラシック音楽が似合うだろうな。
ここで、アルフリード様と奥様は午後から仕事及び所用ということで、アネマリー様のお相手はマンフレート様が勤めることになった。アネマリー様の目論見通りにことが進む様子に、さすが、これが女子力というものかと感心する。
護衛として同行する際はいつもそうするように扉横の壁際に控えると、マンフレート様に私も側へ来るようにと言われ、アネマリー様の斜め後ろの位置に移った。なんだろうか。
「アネマリーから君の噂は聞いているよ。“余所者”なんて名乗りをしている、魔法を使える剣士なのだそうだね」
「はい。名前まで覚えていただいてるとは、大変恐縮です」
「どんな魔法を使うのか、聞いても?」
マンフレート様がやたらとにこやかに聞いてくる。シーアに比べると、幾分か儀礼的にも思える笑みだ。まあ、市井の下級魔法使いに対しては、余りある光栄なのだろうが。
私も日本人的なあいまいスマイルを浮かべたまま、マンフレート様の質問にお答えする。
「専門に学んだわけでもなく、多くを使えるわけでもないので、おそらくマンフレート様がわざわざお聞きになる程のものでは……」
「変わった魔法の使い方をすると聞いているよ」
「変わった、ですか?」
「魔法で家事雑事をこなすと聞いたのだが」
「はあ……その、以前、魔法使いに弟子入りしていた時にいろいろと忙しく、せめて家事くらいは楽にさっさと済ませてしまいたいと考えまして……」
「なるほど。そんな発想をする魔法使いなんて聞いたことがなかったからね。アネマリーから話を聞いて、どんな魔法使いかと思ったんだ」
「ただの怠け者で、申し訳ありません」
言わせんな、恥ずかしい……と、いつか見たセリフを脳内で再生する。“楽をしたい”という気持ちは世界の技術発展に役立つはずだから、私の発想は正しい方向に行ってると思うんだけどな、とまで考えて、ふと気づく。ああそうか。下々の者は魔法なんぞ習う機会はないし、魔法使いは自分で家事をこなす必要もないし、だからそんな発想は湧かないのか。なるほど、社会構造故か。
「けれど、魔法を学んだのに、なぜ今は剣士を?」
「まだ基本を学んだだけの時に師匠が事故で亡くなりまして……私の使える魔法といったら先ほどの家事雑事を行うためのものだけで、食い詰めて傭兵になるにも、魔法使いで登録できるような腕はなかったのです」
「今も?」
「ええ、そうですね。幸い、師匠の遺した魔術書で独学を続けられたのと、仕事で知己を得た魔法使いから少し学ぶことができたおかげで、低級魔法でしたらなんとかというところです。
そうは言っても、魔法よりは剣で身を立てるほうに慣れてしまいましたが」
へえ、とマンフレート様は私を興味深そうに見ると、アネマリーに「マリー、今度、この子を貸してくれないかな。もう少し話をしてみたい」と言いだした。
「まあ! フレート兄様、アウスは私の護衛なのよ。護衛が私のそばを離れるのは駄目よ」
「代わりに、私の護衛を寄越そう。コンラートならいいだろう?」
コンラートというのは、たぶんマンフレート様の後ろにいるイケメンの護衛だろう。アネマリー様はちらりと彼を見て、ちょっと顔を赤らめた。たぶんアネマリー様は面食いだ。
「……なら、許してあげる。
アウス、今度兄様のために時間を作ってね。あとでちゃんと、どんなお話をしたのか報告するのよ?」
「はい、仰せのままに、お嬢様」
何がどう気に入られたのか、興味を引いたのかはわからないが、これはチャンスだろう。アネマリー様に騎士の礼をしながら、考えた。
その日の夜は久しぶりにアネマリー様もエミリア様も早くお休みになり、これ以上呼び出される危険もなく、シーアとふたりで話す時間が取れた。
「そういうわけで、近いうち、魔術師団の魔法使いと直接話す機会ができそうだよ」
「こっちも、スカイエの伝手から辿れそうだ」
妖精は横の繋がりが強い。シーアの予想通り、スカイエの友人が魔術師団にいるということだった。あの魔法生物が魔術師団の魔法使い作ではないかと知って、彼もかなり興味を持ったらしい。
シーアの話を聞きながら、うまくすれば、今後もスカイエに協力を頼めるかもしれないと考えた。
「一応、スカイエにわかる範囲で聞けたのは、魔術師団で一番魔法生物に造詣が深いのは、前師団長のリベリウスという魔法使いらしいということだけだね」
「前師団長ってことは、結構な歳なのかな」
「そうらしいよ。たしか50だか60だかって話だから……人間にしては長生きなほうだろう」
「なら、そいつが臭いね」
「どうして?」
「不老不死とか、先が見えてきた人間が考える類のものだよ。若いうちは自分がいつか死ぬなんて考えたりしないけど、先が見えてきてようやく慌てだすんだ。死んだらお終いじゃないか、どうしようって」
「……なるほどね、そういうものなんだ」
「まあ、私の偏見かもしれないし、周りもちゃんと調べたほうがいいとは思うけど」
私は肩を竦める。そのあとは本当に久しぶりに、ゆっくりと気が済むまでシーアと話し込んだ。
マンフレート様からのお招きがあったのは、それから10日後のことだ。
迎えの馬車と共にクロイト伯爵邸に来たコンラートと交代するように乗り込み、オーベルリート侯爵邸へと向かう。
到着すると、わざわざマンフレート様本人が迎えに出ていた。
「わざわざ出迎えいただき、恐縮です」
「呼びつけたのはこちらだからね。さあ、軽食でもつまみながら、話をしよう」
「はい」
やけに親しげに振る舞う彼の様子がどことなく妙で、根拠のない危機感を私は感じ始めていた。




