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目を開けたら異世界でした  作者: 銀月


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21.今度はこっちから追いかけよう

「ねえアウス、こちらはどうかしら」

「とてもよくお似合いです」


 何度も何度も取っ替え引っ替えされるドレスの感想を笑顔で述べているうちに、だんだん頭が痛くなってきた。もういい加減どれも一緒だと思わずにいられないけど、それを口に出したら終わりなので、ぐっと堪え、ますます仮面のようになった顔をしっかりと笑みの形にして張り付かせる。


 今、私たちは皇都エルスターの貴族街、通称“山の手”地区にあるクロイト伯爵のご令嬢、御歳14歳になられるアネマリー様の護衛として雇われている。

 あの仮称スミスの行方を調べたところ、どうもヤツは魔術師団の魔法使いなんじゃないかということがわかったのだが、ここでひとつ問題が発生した。

 魔術師団の本部は“山の手”地区にあるのだ。


 貴族の邸宅だけで構成されている“山の手”地区へ入るためには、貴族であるとか貴族の雇われ人で身元がしっかりしているとか、ともかくそういう人間で入口チェックをクリアしないと入れない。いわゆる袖の下とか、偽の証明書とかも考えたが、ここで変にリスクを負うのは仮称スミスに付け入る隙を与えてしまうのではないかと考え、踏み切れなかった。合法的に捕らえられて身柄を押さえられては洒落にならない。


 そういうわけで、どうにか“山の手”地区へ入る方法を模索していたら、ちょうどご令嬢のための護衛を探しているという情報が入ったので飛びついたというわけだ。幸い、傭兵ギルドでの堅実な仕事ぶりがそれなりに評価されていたことと、人間の女剣士(さらに魔法も可)という私の職業がよかったことで、無事雇われることができた。

 ついでに、アネマリー嬢からも気に入られたおかげでこうしてお部屋に出入りまで許されるようにもなった。

 時折倒錯的な視線で見られることもあるが、まあ許容範囲だろう。


 ちなみにシーアも一緒に雇われることができた。どうやらお嬢様当人……ではなく、妹君であるエミリア嬢の直球ど真ん中タイプだったらしい。ちょっと気に入らないが妹君のお歳は10歳ということで我慢しよう。あの我儘姫がシーアの言うことなら聞いてくれるということで、かなり重宝されている。何かというとすぐにシーアが呼ばれるおかげで、ふたりで話す時間まで減ってしまったが、仕方ないと考えよう。


 しかし、思わぬ副次効果のおかげで……お気に入りということは何かあればすぐに声がかかるため、早々仕事を抜けだすことも叶わず、魔術師団にいるはずの仮称スミスについての調査は遅々として進まなかった。


「なかなかままならないもんだね」

「まあ、そう焦ることはないよ。やつは相変わらずちゃんと皇都にいるから」


 夜、遅い食事を一緒に取りながら、シーアとぼそぼそ話す。

 皇都の中では魔術師団が目を光らせているから、魔法でサクッと調べるわけにもいかないのだ。思ったよりも大変だったことに少々へこまざるを得ない。


「焦るのはよくないってわかってるんだけど、ほんと動きが取りづらいな」

「さすがにね。

 それで、ひとつ朗報。スカイエが皇都に戻ってるみたいなんだ。彼に魔術師団の伝手がないか聞いてみようと思うんだけど、どうかな」

「スカイエが?」

「そう。妖精族は天性の優秀な魔法使いだから、魔術師団にも何人か所属してるはずだ。スカイエを通してやつの情報を得られないか、話をしたい。いいかい?」

「構わないよ。

 ……そうだね、魔法使いのことは、魔法使いに聞くのが正解かも知れないね」

 うんうんと頷きながら、私はシーアの提案に乗った。明日は少しだけ休みが取れたので、さっそく会いに行ってくるそうだ。

「気をつけてね。あと、スカイエによろしくね。私もあれ以来だから。マリエンも元気でやってるといいな」

「そういえばそうか。……そのうち、ゆっくり話ができる時間を作ろう」

「いいね」

 笑みを交わしながら、スカイエは妖精だから、きっと変わらないんだろうなと考える。相変わらず飄々とした、落ち着いた雰囲気で、淡々と仕事をこなしているんだろうか。あれから既に2年近くが過ぎているなんて、本当に月日が経つのは早い。


 ──全部が終わったら、今まで知り合った人たちに会いに行って、それからシーアと一緒にいろいろな場所を回ってみたいな。私はこの国のほんの一部しか知らないし、東の大陸にも行ってみたい。


「どうかした?」


 首を傾げるシーアに、「ちょっと、先のことを考えてた」と言う。「いろいろ片付いたら、どうしようかなって」

「気が早いね」

「来年のことを言うと鬼が笑うって言うけど、先のこと過ぎて大爆笑かな」

「オニ?」

「故郷の、伝説の魔物。肌の色が赤とか青とかカラフルで見上げるような大きな体の、角が生えててすごく怖い魔物なんだ。そいつが笑っちゃうくらい、馬鹿言ってるってこと。未来は不確かだからね」

「なるほど。でも、未来のことを考えるのは悪いことじゃないと思う。目的も定まるじゃないか」

「うん、私もそう思うよ。ま、先走らず落ち着いて行けってことなんだろうね」


 翌朝早く、朝食を済ませて下町へと出かけていくシーアを見送った後、アネマリーお嬢様のところへと向かった。部屋の前で今日の予定を確認し、侍女の指示に従って入室する。


「アウス! 今日は伯父様のところへ行くの。あなたもついてくるのよ!」

「はい、もちろんです。アネマリー様」

 アネマリー様の伯父、つまり母君であるテレーズ様の兄であるアルフリード様を訪問するのは、昨日突然降って湧いた予定だ。アネマリー様はその伯父の息子、つまり従兄であるマンフレート様が大のお気に入りらしいが、彼が帰宅するということで捻じ込まれたのだ。まあ、歳上の親戚に憧れるのは初恋の王道だしなと考えながら、いつものようにお嬢のドレス選びに参加する。

 それにしても毎日よく飽きずに取っ替え引っ替えできるなと、本当に感心する。こういうことから女子力が生み出されるのかな。


 アネマリー様が遅い朝食を終えてようやく支度を整えたところで、やっとアルフリード様の屋敷へと馬車が出た。

 私は馬車に同乗し、お嬢様の最後の砦として護衛……というのは建前で、ほとんどお嬢様にねだられてひたすらいろいろな話をするという役割だ。

 私がお嬢様が興味を持つ話をし続ける限りお嬢様の我儘やら愚痴やらが出ないからと、侍女たちにいつの間にか重宝されるようになっていた。


「そういえば、アネマリー様、今日は久しぶりにマンフレート様がお戻りになると聞いたのですけど、マンフレート様はどちらかに出仕されているのですか?」

「マンフレートお兄様はね、魔術師団の魔法使いなのよ! とっても素晴らしい魔法使いなの」

 大好きなマンフレート様の話題になると、アネマリー嬢は歳相応にきらきらとした笑顔になる。思春期だなあとなんだか微笑ましい。

「魔法使いだったのですか」

「ええ。お兄様はまだ若いのにもうすぐ上位の試験を受けられるくらいすごいのよ」

 マンフレート様はいくつだったか……確か、20代半ばに届くくらいだったっけ?

「上位ですか? それは素晴らしいですね」

「アウスも魔法が使えるのよね?」

「はい。けど、基本を師匠から学んだだけであとは独学に近いですから、中位にやっと届くかどうかというところです。覚えた魔法も、服を洗ったり掃除をしたりに使うようなものばかりですし」

「まあ、魔法でそんなことができるの?」

「はい。……その、私はどうも家事が苦手だったので、魔法使いに弟子入りしたとき真っ先にそれを覚えたんです」

「まあ、アウスっておもしろいわね」

「マンフレート様はどんな魔法使いなんですか?」

「お兄様はね……実は、わたくしもあまり魔法のことはよくわからないの」

「では、たくさんお話していただかないといけませんね」

「ええ」


 こんなところに魔術師団へ繋がる人間がいるなんて思わなかったな。うまく話が聞けたらいいけれど……貴族の坊ちゃん相手か。直接話すのも難しそうだ。うまくアネマリー様を挟んで話す方法でも考えてみよう。


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