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目を開けたら異世界でした  作者: 銀月


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20.私の神様

 ぱちんと目が覚めた。

 ぜいぜいと息が荒い。

 心臓が苦しい。

 嫌な気持ちが私を支配していく。

 苦しい。苦しい。苦しい。

 ごろりと横を向いて身体を丸め、毛布を顔に押し当てた。

「……っう」

 後から後から涙が溢れて止まらない。苦しい。助けて。どうしていいかわからない。苦しい。

 神様、神様、助けて。

 苦しさを祓ってください、神様。


 がちゃり、という音とともに、誰かが部屋に飛び込んできたのがわかった。

「イツキ?!」

 シーアだ。

 慌てたような焦ったような声で私を呼び、シーアは私を毛布ごと抱え込んだ。

「どうした? 泣いてるの? どこか痛い?」

 シーアに抱えられ、彼の心臓の音を聞いたとたん、嘘のように苦しさが消えていった。

 ……ああ、神様が来てくれた。私から苦しさを祓ってくれた。

 心配そうに問うシーアに、私は毛布を被ったまま頭を振る。

「シーアが、神様だったんだ」

「イツキ?」

 私は蹲るのを止めて、シーアの身体に手を回す。

「……向こうでの私と、こっちへ来る直前にあった嫌なことを思い出したの」

 シーアが頷きながら聞いている。

「すごく苦しくて、嫌な気持ちに支配されそうになって、神様に助けてくださいとお願いしたら、シーアが来て助けてくれた」

 シーアは黙ったまま私の背中を優しく撫で、私の頭に顔を寄せる。私はシーアに回した手に力を込め、抱きしめる。

「私の中に澱んでいた嫌なものも、苦しいのも、全部シーアが祓ってくれた……シーア」

「何?」

「もうひとつ、思い出したの」

 顔を上げると、シーアが首を傾げていた。

「私を表す、私の名前。私の呼び名が“神宿りの大樹”の(いつき)なら、私を表すのは“穢れを祓い神に仕える者”の(いつき)なんだ」

 シーアが目を見開く。

「音は一緒でも、表す文字が違うの。どちらも“イツキ”だけど、文字の表す意味が違っている」

 シーアの手のひらに文字を描きながら、説明する。シーアは真剣な顔でそれを真似て“樹”と“斎”の字をなぞる。正しく書けるまで、何度も何度も真似てなぞる。

「……イツキの名前は、魔術文字なんだね」

「似たようなものかもしれないな。……名前があれば、私がどこにいっても呼べるね」

「イツキも、わたしを呼びたくなったら、わたしの名前を唱えるといい。そうすれば、どこにいてもわたしに声が届くから」

 ふふ、とお互い目を合わせて笑う。お腹の中で渦巻いていたあの嫌な気持ちはすっかり晴れていた。シーアはわたしの神様で、シーアの笑顔は私の祓詞だ。


「イツキ、もう少し休んだほうがいい。かなり消耗しているからね」

 言われて、かなりの怠さを感じていたことに気づいた。頭も重く、全身にあまり力が入らない。シーアは私を寝かせて、毛布をかけ直した。

「わたしはここにいるから、何か必要なら声を掛けてくれればいいよ」

 シーアはそう言って、ベッドの横に置いた椅子に座り、大きな本を広げる。

「何を読んでるの?」

「魔術書。いい機会だから、後でそのうちと思ってたこと、今やってしまおうかと思って」

 ここに引きこもりたくなったら学ぼうかと考えて少しずつ買い集めた魔術書が、書庫に山積みになっているのだという。


 ゆったりと椅子に座って本を読むシーアの姿は、いつもとはまた雰囲気が違っていた。時折うとうとしながら飽きもせずにシーアを眺め、のんびりと過ごす。

 あの時、あの清浄祓の詞で引き出された魔力はかなりのものだったらしい。私がここまで消耗しているのは魔力の使い過ぎなのだろうとシーアに言われた。幸いにしてというか、この森は魔力の密度が濃いから、他の場所にいるよりもずっと早く回復できるだろうとも。

 仕事をしなくていいのかと問えば、数年は何もせずに暮らすだけでも問題ないくらいは貯めこんでいるという。この家といい、魔術書といい、シーアは結構稼いでいたようだ。おまけに、意外にもかなり堅実な人でもあったのかと驚いた。日本で社会人やってた私に聞かせたいくらいだ。


 けれど、それも、種族バレしてしまった時に数年潜伏しても大丈夫なようにという備えだと聞いて、複雑な気持ちになる。魔族差別というのは本当に深刻なんだなと感じる。

 たとえるなら、地球に攻めてきたエイリアン並の扱いだろうか。

 この家で、こうして本来の姿で寛ぐシーアを見ていると、全然怖くなんてないのに。むしろきれいで、ずっと見ていたくなるのに。


 私が普通に起きていられるようになるまで、それからほぼひと月程かかってしまった。あの魔物の襲撃の日から目が覚めるまでも20日近くかかったというのだから、身体の衰えが相当であったことは、容易に想像できるだろう。

 もう、ほぼ全身リハビリと言っていいような歩行練習やら何やらをひたすらやらないと、とてもまともに動いてくれないほどに身体が固まって衰えてしまったのだ。もとに戻るまで、どれほどかかることやら。

 呆れるくらい言うことを聞かない身体にイライラも募って、キレて八つ当たりしそうになることもしばしばだった。よくぞシーアはこんな私に付き合ってくれたと思う。固まった関節をマッサージしてくれたり、筋肉を揉み解してくれたり、シーアは本当によく世話をしてくれた。正直なところ、逆の立場だったら私なんてとっくに音を上げていただろう。


 お礼代わりに、シーアにはあの祓詞を教えてほしいと言われた。

 ……けど、あれは神様へお願いするための言葉だからと、うろ覚えの国生みやら神生みやらの神話とか、なんでも神様として祀り上げてしまうことを、「この石ころにも神は宿っていると考えるんだ」と説明する私を、とても胡乱な顔で眺めるのは勘弁してほしかった。「イツキの世界の神は、よくわからない」と首を傾げる彼には、少々理解しづらい概念だったようだ。

 私からすると、魔法があるのに神は不思議という感覚が、もう不思議なんだけど。


 気になっていた魂と輪廻の話をしてみたら、シーアが魔族の死に対する考えかたを教えてくれた。魔族は死ぬと自然に還るのだと考えているらしい。身体が朽ちて自然に還るのと一緒に、自分というものも自然の一部として世界に溶け込むのだそうだ。

 だから、私の説明する魂とか輪廻とか、不思議でおもしろいねと言う。

 お盆……夏まっさかりの時期に3日だけ死者の魂が子孫のところに戻るのをお迎えする習慣があるから、夏のその時期はエトガルに会いに行くんだと言ったら驚いていた。墓はあくまでも生きてる者が死んだ人のことを思うために建てるものだから、そこに死者がいるわけじゃないというのが、この世界の標準的な考え方らしい。教会に通う人は死んだら神の国に行くと考えているし、魔法使いは死んだらそれでおしまいだと思っているし、わりと人それぞれのようでもある。

「私は魂がある国から来たから、もし私が死んでも、夏のその時期はシーアに会いに死者の国から戻って来るよ、絶対。で、何年かしたら生まれ変わって必ずシーアを探しだすからね」

「じゃあ、わたしはこの家でイツキを迎える準備をしないといけないね」

 そう言って、またふたりでくすくすと笑った。


 そして気になるのは、仮称スミスの動向だ。

 やつは今何をしているのか。シーアの話によれば、あの場にいたのは彼が干渉するための媒体役で、遠隔操作の人形だったらしい。いったい、あいつは本当のところ何がやりたかったのかも気になる。

 もともと辺境伯に何かするために来ていたのか、彼自身の目的のためにたまたまあそこにいたのか、それとも本当に私目当てであそこに来たのか。

 わからない。

 考えながら、せっかく見つけたのにまた見失ってしまったとこぼしたら、シーアが意味ありげに笑みを浮かべて「大丈夫だよ。見失ってなんかいないから」と言った。何か……前に言ってた“印”でもつけたのかと聞くと、似たようなものだねと笑う。

 やつを逃がしたりなんかしないから、元に戻るまでしっかり休むといいと宥められた。

 シーアも、あの仮称スミスに対しては相当怒っているのかもしれない。


 結局、完全に身体が戻る頃には、ここに来て2回目の冬が終わっていた。シーアはすっかり各種魔法の理論に明るくなり、私にもいろいろと教えてくれるほどになっていた。

 魔族は頭もいい種族なのかなと、少し羨ましくなる。私が覚えていたいくつかの祝詞もすっかり覚えてしまったようだ。


「──そろそろ、行こうか」

 私がそう言うと、シーアは頷く。

「あれはどうやら皇都にいるようだよ。何をしているのかはわからないけれどね」

「じゃあ、まずは皇都エルスターだね」


 今度こそ、あの召喚主に引導を渡す。私たちのために。


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