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18.もうひとりの決意

 視界を染める赤い光と、それを焼き切っていく白い光。

 場に荒れ狂う魔法が満ち、次の瞬間にそれが解かれ、消されていく。


 防御結界を張っていても、一瞬、意識までもっていかれそうになるほどの身体を襲う衝撃を耐えた後、次に来たものは静寂だった。

 不自然なくらいに鎮まり返った“場”。防御結界もいつの間にか解けていた。

 赤い光はおそらく魔法使いが放とうとしたものだったのだろう。けれど、あの白い光は? いったい、(いつき)は何をやったのか。

 ここにあった何もかもが洗われ、清められ、場違いな静けさだけがこの一帯を支配していた。


 我に返ったシーアは、慌てて彼女の気配を探った。未だ視界が戻らずはっきりと姿は見えないものの、先ほどと変わらずに“印”の気配がそこにあることで少しだけ安心し、それからすぐに彼女のいる場所めがけて飛んだ。

 涙が滲みぼやける、ほんの僅かだけ戻ってきた視界に、彼女の姿がぼんやりと映る。

「イツキ?」

「シ……ぶ、じ?」

 こちらを振り向こうとしてふらりと倒れこむ彼女に駆け寄り、シーアは優しく抱きかかえた。


 ……と、同時に、彼女に向かって伸ばされた魔法使いの手を、右手の剣で無造作に斬り払う。

「手を出すな。お前が触っていい相手じゃない。この子はわたしのものだ」

 腕を切り裂かれ、悲鳴を上げる魔法使いにシーアは凍り付くような視線を送った。

「わたしの友人に手をかけたうえ、さらにこの子を“素体”にする? 本当にふざけたことを言うやつだな」

 素早く踏み込み、今度はその脚を斬り裂くと、魔法使いはたまらず地面に崩れ落ちた。慌てて魔法を唱えようとするが、先ほど斬られた片腕はまったく動かない。

「逃がさないと言いたいところだけど……お前、本体ではないね? 気配が人間じゃない」

 目の前の生き物から感じる、どこか歪な魔力に目を眇める。魔法で作られた生き物には、必ずどこか嫌悪感を呼ぶ歪な魔力がまとわりついているものだ。

「魔族……風情が……」

 言われて、いつの間にか自分の姿変えの魔法が解けていたことに気づいた。よくよく見れば、視界の端に頭の両脇で巻いている角の先端が入っていたが、姿が露わになったのも、さっきの白い光のおかげだろうか。

「その魔族が羨ましくてしかたないのは、どこのどいつだ? 自身でこの場に来れないとは臆病もよいところだが、その程度でこの子を手に入れようとは呆れたものだね」

 シーアは嘲笑いながら、倒れたままの魔法使いの、残った片方の腕も斬り捨てた。

「魔法使い、お前の仮の宿りも魔法生物のようだが、本体もこの顔なのかな?」

 被っているフードを剣で持ち上げ、腰を屈めて魔法使いの顔を覗き込む。

「お前の魔力は覚えたよ。気配も覚えた。魔族の魔力に対する感覚は天性のものだ。お前のような“人間風情”が真似できると考えてるなら、思い上がりも甚だしい。

 ……わたしは優しいからね、この子が回復するまでの猶予は与えようか。その間に覚悟を済ませておくといい」

 シーアはにっこりと口元だけで微笑むと、魔法使い……その仮の宿りの心臓に剣を突き立て、止めを刺した。

「お前がどこにいようと、わたしが見つけてあげるよ。せいぜい楽しみに待っていろ」

 剣を収め立ち上がると、シーアは抱えていた樹を優しく抱き上げた。


「シーア、そこですか? アウスは? ……目がちかちかしてよく見えません」

 少し離れた場所で、スカイエが頭を振りながらふらふらと立ち上がった。

「わたしは無事だ。アウスも、たぶん……スカイエ、わたしはこのまま彼女を連れてここを離れる。辺境伯にはよろしく言っておいてくれ」

「……シーア、何があったんですか? シーア?」

 スカイエの呼ぶ声には応えず、シーアは転移した。


 彼女を抱えたまま兵舎でふたりの荷物をまとめ、さらに転移する。目的の場所は、鬱蒼とした森の中に設けた家だった。

 何故かはわからないけれど、魔力が濃く漂うために“魔の森”と呼ばれる深い森。いつか、誰にも煩わされることなく休息が欲しくなったらと用意したものの、ほとんど使うことはなく単なる物置のように扱っていた家だ。


 抱えていた彼女をそっとベッドに寝かせて様子を確認すれば、完全に意識を失っているようだった。呼吸は安定しているが、気配はひどく薄い。

「イツキ……」

 無理をしたのかもしれない。彼女は通常の人間ではなく、この世界では“召喚された生き物”だ。身体は魔力で精緻に編み上げられた仮初めのものでしかなく、その魔力が枯渇すれば消えてしまうだろう。

 もしかしたら、彼女の使う魔法は身を削ってのものかもしれない。なら、今こんなに存在が希薄に感じられるのは、彼女を構成する魔力が減っているからなのか。


 ──“消えてしまう”かもしれないと考えると、いつでも恐怖が湧き上がってくる。あの冬のフリーマールでふたりが消えたと知って自分を襲った感情は、未だに生々しく残っている。


 イツキを拾ったのは本当に偶然だった。

 自分は魔族にしては若く、まだたったの200年足らずしか生きていない。けれど、このままずっと同じ日が続くだけかと考えてたまらなくなり、だから、自分を魔族だと知っている貴重な友人を訪ねようとフリーマールへ行ったのだ。

 そしていつものように町の近くまで転移したら、彼女がいた。見慣れない服に聞きなれない言葉で懸命に話す彼女に呆気にとられながら、どこか変わった魔力を帯びているなと感じた。必死に何かよくわからないものを説明しようとするのを面白く感じて、もっとちゃんと話が聞いてみたいと思った。フリーマールなら友人が翻訳の魔法を使えたはずだから、連れて行けばいいと考えてそうした。


 ……魔族を殺すのは寿命でも戦いでも事故でもない。倦怠と孤独と絶望だ。代わり映えのない毎日をただ過ごすだけの倦怠と、誰かに受け入れてもらうことを諦めた孤独と、そして種族を知ったとたん手のひらを返す周囲に対する絶望。

 それらが自分達魔族から生きる気力を奪い、死に追いやるのだ。


 大抵の魔族は500年もすると次第に生きることに飽いてくる。魔法に熱中したり、環境を変えたり、騙し騙し過ごしていくけれど、それでもいつか限界が来る。その時までに何か楽しみを見つけることができれば幸いだが、全員がその幸に預かれるわけではない。


 自分は幸いにしてエトガルとアウス(いつき)という友人に恵まれた。これならあと100年は倦怠にも孤独にも絶望にも襲われることはないだろうと考えていた。

 まさか、それからすぐ、最初の冬には既にそのふたつともが失われているなんて想像もしなかった。フリーマールのあの宿で最初に知らされた時、自分はいったいどんな顔をしていたんだろうか。


 それからの10年はあまり記憶に残っていない。彼女と再会して初めて、そんなに時間が経っていたのかと思ったくらいだ。

 どうやってその10年を凌いできたのだろうか、思い出そうとしても朧げで、ああ、自分はあのふたりを失くして相当参っていたんだなと感じるだけだ。

 思わぬところでイツキに再会できて、本当に嬉しかった。もう絶対に離れたくないと思った。二度とあんな感情を味わいたくない。そう考えて迷わず彼女に“印”を付けた。

 彼女が歳を取らないと知って嬉しかった。人間のように数十年と限られた時間だけでなく、いつまでも共にいられるのだ。自分の身体と存在を不安がる彼女に、安心も与えたい。自分にできることならどんなことでもしたい。

 もっと自分を知って欲しいと、真名を明かしたことも後悔していない。彼女になら、自分のすべてを支配されてもいい。

 それに応えて思いを返してくれた彼女が、本当に愛しい。


 だから、あの魔法使いは絶対に見逃せない。あの妄執に憑かれた魔法使いは、必ずまた来るだろう。自分の持てる力すべてを使って、あれを消す。彼女の憂いを晴らす。


 その前に、まずは彼女の……イツキの回復だ。早く回復して、目を覚まして欲しい。自分の名を呼んで欲しい。

 眠る彼女に、口付けをひとつ落とした。

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