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16.魔神襲来

 異変は、その翌夜だった。


 夜番の鳴らす鐘の音に飛び起き、すぐに武装を整えて部屋を出る。この鐘は敵襲の合図だ。いったい何が来たというのか。


「何が来たの?」

 一足先に出ていたシーアとクオンに聞くが、二人とも首を振る。

「混乱していてよくわからない。スカイエが夜番のはずだから、すぐにわかると思うけど……」


 昼間、魔物への対策を決めたばかりだというのに、先手を取られてしまったのだろうか。もっと強く、素早い対応を主張すべきだったのだろうか。

「とにかく、まずは中庭だ」

 クオンの言葉に従い、私たちは中庭へと走った。


 混乱して落ち着かない兵をよそに、既に中庭に待機していたマティアス隊長もクリストフ様も冷静だった。「落ち着け」という隊長の声に、兵たちも徐々に落ち着きを取り戻す。

 隊長の視線にクリストフ様が頷き、再び隊長が口を開く。


「魔物がここへ向かっている。数はまだ不明だが魔法使いたちが確認中だ。じきにわかるだろう。……早くてあと半時ほどでここへ到達すると思われる。

 もうひとつ。魔物どもは空を飛んでいる」


 何人もの兵が「え?」と間抜けな声を上げた。

 あの魔物が来たのか。けれど、あれが何十もいるとは思えない。では、あれが他の魔物を率いてきた?


「シーア……」

「うん、これは、あの魔法使いもどこかにいるね」


 小声でぼそぼそと話す。……あの魔法使いは私の獲物だ。絶対に逃がさないし、シーアには手を出させない。


 隊長が、魔法使いはすぐにあるだけの矢弾に魔法を付与するように指示を出し、私とシーアもそれに加わりながら、召喚主をどこに、どうやって引っ張り出すかを考えていた。


「シーア、アウス、ちょっとこちらへ」


 次々と矢弾に魔法を掛けていく中、スカイエが私たちを手招きするのに気づいて後について行くと、マティアス隊長とクリストフ様が待っていた。何だろうと怪訝な顔で伺うと、隊長が口を開く。

「一昨日の遭遇で、スカイエが気になることを言っていた。スカイエ、説明を」

 スカイエが隊長に続き、話し始めた。

「あの魔神のような姿の魔物についてです。私が、あれは魔神でないと言ったことは覚えていますか?」

 私とシーアが「もちろん」と答えると、スカイエはちらりとクリストフ様とマティアス隊長を見やった。

「私の見立てでは、あれも魔法生物の一種です。恐らく、キマイラのようなものでしょう」

 ……いろいろな生き物を継ぎ接ぎに繋げて作られたという魔物、キマイラ。もともとは魔法使いが作った魔法生物だと聞いたことがある。

「あれからは通常感じられないような種類の魔力も感じられました。それと、ここに魔法陣も」

 スカイエは、自分の喉窪のあたりを指差す。

「魔法陣?」

「はい。おそらく、あの魔法生物を動かし、制御するための要となる魔法陣と思われます。強く帯びている魔法は火の精霊魔法。あの生き物が熱を帯びているのも、その魔法陣によるものでしょう」

「……なるほど。では、それを壊せばよい?」

 シーアの確認に、スカイエは頷いた。

「火の精霊魔法の対極となる水か氷の精霊魔法を付与した武器で、魔法陣に傷をつければ壊れます」

「魔法ではだめ?」

「結構な魔法への抵抗を持っているようですから、難しいでしょう。それに、あなたたちが遭遇したという魔法使いもどこかにいるでしょうし、だまって見過ごすとは思えません。私はそちらを抑えるつもりです」

「わかった。なら、今回私たちであの生き物をやればいいのね?」

 マティアス隊長に目をやると、クリストフ様と一緒に頷いていた。

「お前たちは一度あれと戦っているのだろう。期待している」

 クリストフ様にそう言われ、私とシーアはお任せくださいと頷いた。そして。


 ──気持ち悪い。


 いよいよ魔物が到達したとの報を受けて胸壁へ登り、敵集団を見下ろした最初の感想は「気持ち悪い」だった。

 空から来る魔物はガーゴイル。魔法使いが魔法によって仮初めの命を吹き込んだ、空を飛ぶ彫像の魔物、いや、魔法生物だ。数は、報告によれば30ほどだという。これだけの数を用意するのに、どれだけの魔力がいるのだろうか。さらに、その先頭にはあの悪魔のような姿の魔物だ。

 ……これを召喚主ひとりが用意したというのか。やつはどれほどの魔力を持っているというんだ。

 そのうえ、地上からは魔狼も来る。それも、魔法使いたちの見立てではただの魔狼ではなく、何か魔力が付与されているという。その数が少なくとも50。


 こちらの戦力は魔法使いが6に魔法剣士が2。あとは傭兵と領兵合わせて300程度か。

 ガーゴイルや魔狼の一体一体は厄介だが、この数差であれば勝てない相手ではない。だが、あの悪魔のような魔物は下手な兵士では10人がかりでも難しいだろう。おまけに、向こうにも魔法使いもいる。

 領内の各地に散っているものを全員集めればこの5倍くらいになるのだろうが、そんな時間はない。魔物を相手に、この人数でどうにか凌がなくてはならない。


 そこまで見て取ると、私たちは魔力付与の魔法といつもの防御魔法に強化魔法を唱え、迎撃の準備をした。

「じゃあ、行こうか」シーアがそう言って胸壁を降り、私もそれに続いた。


「空気が悪すぎる……」


 ──魔物と剣を交えながら、なぜ、こんなにも空気がねっとりと絡みつくように感じるのだろうと考えていた。

 空気に悪意が満ちているように感じる。

「シーア……空気が変だ。気持ち悪い」

「何か変な魔力が働いてるみたいだね……」

 シーアもかすかに顔を顰めて、周囲を見回す。なぜこんなに空気が悪いのだろう。うまく息もできなくなってくる。


 どんどんと空気は重くなる。

 召喚者の差し向けた魔物があたりに増えるほどに、空気が重くなる。歪んだ魔力が場を支配していく。

 スカイエやマリエンたちの魔法もうまく働いていないようだ。私たちの振るう剣も精彩を欠き、シーアの顔色もどんどん色を失っていくように見える。いったい何故こんなことになっているのか。

 息苦しさは増すばかりだった。この穢れを祓わないといけない。あいつらが、穢れを運んできている。


「……ごめん、シーア、少しの間だけ援護をお願い。もう我慢できない」

「アウス?」


 私は剣を目の前の土に突き立て、手甲と手袋を乱暴に外し、投げ捨てた。そして静かに、できる限り息を整え、胸の前で手を合わせ……それからその手を大きく開き、打ち合わせる。

 それほど思い切り打ったわけでもないのに、パァンという音は小気味良くあたり一帯に大きく響き渡った。

 すうっと大きく息を吸うと、夢の中で囁いた声に導かれるように、私の口から言葉が紡ぎだされる。


『掛けまくも畏き 伊邪那岐大神

 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に……』


 魔力を込めて言葉を放つ。

 神話の時代、国生みと神生みの神である伊弉諾尊(いざなぎのみこと)(みそぎ)の際に生んだ神々に、祓いと清めを願う言葉。

 神は万物に宿る。だから、この世界にもあらゆる場所に神がいるはず。

 神々よ、穢れを祓い、ここを清浄な場となさしめたまえ。


「──(いみな)?」

「そう、誰にも知られちゃいけない、お前を表す名前だ。親にも話してはいけない。お前ひとりの秘密にするんだよ」

 おばあちゃんはそう言い含めて、私の耳元でそっと囁いた。

(いつき)

「いつき?」

「そう、“斎”と書いて“いつき”。(いつき)と読みは同じだけど、字が違う。穢れを清め、神に仕えることを表すのがお前の名前だ。

 (いみな)仮名(かな)も、神々と御神木の護りがお前と共にあることを表しているんだよ。神様はお前と一緒にいるんだから、ちゃんと生きないといけないよ」


 ずっと頭にかかっていた霧がすうっと晴れていくように、かつての私と祖母の間であったやりとりが思い起こされた。

 そうだ、祖母の家系は、その昔は神剣を奉じる神社で代々巫女を務めてきた血筋なのだと、祖母が亡くなったあとに母が話してくれたんだっけ。だから、祖母から孫娘に(いみな)を贈るのが、母方の家系の代々の風習だったのだと。


 さっきまで場に満ちていた嫌な空気がいつの間にか晴れていた。

「……アウス?」

 シーアが狐につままれたような顔で、私を見ている。さっき投げ捨てた手袋を拾ってもう一度嵌めると、突き立てていた剣を抜いた。

「詳しくは後で」

 魔物たちの動きがさっきよりも鈍くなっている。今がチャンスなのだ。

「だけど……私のことは、これから『(いつき)』って呼んで」

「イツキ?」

「そう。“神の宿る木”が、私の呼び名なんだ」

 そう言って私が笑うと、シーアは目を丸くした。

「思い出したのかい?」

「少しだけ。多分、今の祓いが良かったんだと思う。

 さ、やつらの動きが鈍くなったから、今のうちだよ」

 シーアがこくりと頷くのと同時に、私たちはもう一度魔物に斬りかかった。


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