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14.北の地の再会

「スカイエは報告を最優先で」

 シーアの冷静な声で、私もひとつ深く息を吐く。

「シーアと私であの魔物を引き付けよう。だから、スカイエは落ち着いて報告と、撤退の準備をお願い」

「わかりました」

 スカイエが頷いて魔法の詠唱を始めるのを確認し、私とシーアは自分へ注意を引くように魔物へ向けて魔法を放った。魔物は皮の翼をはためかせ、ゆっくりと中空へ浮かび上がる。飛ぶ速度はそれほど速くはないが、野外で空を飛ぶものを相手に戦うのは、非常に厳しいものとなるだろう。それに、なんだろう……魔物から感じられる魔力がとても気持ち悪い。

「──シーア、気づいた? あの魔物の魔力、何か変だよ」

「たしかに、そうだね」

 ひとことで言えば、バランスがとても悪いのだ。

 魔力を帯びた生き物から感じられる魔力には、バランスというものがある。説明することは難しいが、漂わせる雰囲気というか、そういうものだ。たとえば、平常の状態で殺気だけを放ち続ける人間はいないし、笑っているのに緊迫感を漂わせる人間もいない。あの魔物から感じる魔力は、あの魔物自身の雰囲気にそぐわないように感じる。


 ゆっくりと私たちのいる場所……崖上に向かって上がってくる魔物に向けて私とシーアは剣を構え、強化魔法を唱える。ついでに、牽制の意味も込めて精霊魔法も放ってみるけれど……。

「あんまり魔法は効かないみたいだね」

「魔神がベースの魔物なら、効かないだろうね」

 あの翼をなんとかボロボロにして、地面に叩き落とせればいいんだけどな、と考える。手が届かない空の上から無双されたりしたら、洒落にならないし。

「報告、終わりました」

 伝達の魔法を終えたスカイエが、淡々とした声で告げる。

「隊長はなんて?」

「無理せず、けれどできるだけ情報を持って帰還するようにと」

「マティアス隊長、さすが厳しいこと言うね」

「とにかく、3人でなんとかして無事帰ろう」

 シーアが苦笑し、私が肩を竦める。

「私は調査の役には立たないから、スカイエ、できる限り手早く探知とか感知とか頼むね。で、終わったらとっとと転移でここを離れて」

「スカイエがここを離れ次第、わたしは隙を見てアウスを連れて転移しよう」

「わかりました。では、私は後ろに下がります。前線はよろしく」

「任せて」

 後ろの木立に下がりながら魔法を詠唱するスカイエをちらりと見やってから、すぐそこまで上がってきた魔物に視線を戻す。身体が大きく重いせいか、上昇はかなりゆっくりのようだ。


 魔物はいよいよ崖上に近づくと、右手を上げてなにやら言葉を放った……その、奇妙な抑揚のある、まるで詠唱のような言葉が終わると、魔物の掲げた右手に、剣が現れた。炎を纏う、巨大な剣だ。

「何、あれ」

「召喚か?」

 召喚術を使う魔物なんて、聞いたこともない。しかも魔法陣も無く、だ。

「召喚とは少し違うのかもしれない。けれど、どうやら魔法を使うと思ったほうがいいようだね」

 シーアが眉間に皺を寄せる。あの丸太のような太い腕で剣を振り回しながら魔法まで使うとか、冗談じゃない。

「……シーア、私が正面に立つから、シーアは攪乱と援護を頼む。で、スカイエが離れたらすぐに転移を」

「わかった……くれぐれも気を付けて。いかに防御魔法があっても、あれの直撃を受けたらたぶんただじゃ済まない」

「わかってる」


 魔物が一声吼える。聞いたことのないような言葉での叫びだ。いったいこいつはどこから現れたのだろう。魔狼の群れと、どういう関係があるのだろうか。

 私は剣を正眼に構えて、慎重に魔物の前に立った。幸い、崖上まで上がり切った魔物は、すぐに地面に降り立った。どうやら、飛ぶことはあまり得意ではないらしい。

 私は身を低くし、魔物の脚に狙いをつけて斬り掛かる。

「シーア、こいつ堅い」

 剣を通して伝わる衝撃に両手がびりびりする。振り下ろした時の手ごたえは、まるで鉄柱にでも斬りつけたかのように思えるものだった。どれだけ堅いんだ、この魔物は。

「……魔力を帯びた剣でないと、効かないのかも」

 同じように、後ろから魔物に斬りつけたシーアも、その手ごたえに顔を顰める。

「アウス、少しの間だけ凌いでて。剣に魔力付与をする」

「了解」

 魔物の振り被った剣を掻い潜りながら、シーアが少しだけ下がるのを確認する。私は、魔物の攻撃を食らわないことだけ念頭に置いた。あの剣が掠めるだけで、熱とかなりの衝撃を感じるのだ。まともに剣や鎧で受けて、流せる気がしない。図体のでかさに比例して、動きが若干鈍いので助かってるようなものだ。

 魔物がシーアのほうへ行かないよう、牽制しながら避けることを優先する。最低でもスカイエが調べ終わって撤退するまでの時間を、できれば、私とシーアが撤退するまでの時間まで稼がなくてはいけない。

「結構、しんどいな……」

 まともに剣を合わせないように、ひたすら避け続けるのは本当にしんどい。ちょっとでも当たったら終わりだと思える魔物の剣の衝撃に、冷や汗をかく。少しでもこっちの動きが鈍ってしまったらそこで終わりだ。

「付与できたよ」

 しばらく凌いだところでシーアから声がかかり、手の中の剣がぼうっとかすかな光を放ち始める。ではもう一度やってみようと、防戦一方だった戦い方を変え、再び魔物に斬り掛かった。

「やった、いける」

 今度は確かな手ごたえを感じる。再び魔物の背後に現れたシーアの剣にも、同じような光が宿っている。シーアと一瞬目があい、お互い笑みを漏らす。

 また、魔物の繰り出す剣戟を掻い潜りながら、少しずつ斬りつけることに集中する。まずは足を崩すんだ。これだけのでかさなら、足をやれば脆いはず。シーアは背中の翼を斬りつけている。

 魔物は痛みに怒り狂っているのか、吼え声をあげながらますます激しく剣を振り回す。このままいけば、あるいは……と考えたところで、スカイエから「終わりました」と声が上がり、彼の気配が消えた。転移魔法で撤退したんだろう。


「アウス、深追いはやめよう。潮時だ」

「わかった。頼む」

 シーアが頷き、転移の魔法を詠唱する。その間、魔物がシーアを向かないように牽制し、時間を稼ぐ。倒せないことは悔しいが、こいつ1匹を倒すだけなのに、2人がかりでも時間がかかりすぎている。

 確かに、ここが潮時なのだろうな。再び魔物の攻撃を避けながら、次にこいつに会ったらどうしてやろうかと考える、と。


「……戻らないから見に来てみれば、まさか、こんなところにいるとは」


 不意に背後から聞こえた声に、背中がびくりと引き攣った。

 絶対に忘れない、この声。

 私から大切なものと、エトガルを奪った、あいつの声。

 あの時、逃げただけであることはわかっていた。

 死んでいないだろうということも知っていた。


 シーアが怪訝な顔で私を見る。けれど私はそれに構うこともできず、魔物の攻撃を辛うじてよけながら背後を振り返る。そこにいたのは……。


「お前が……お前が……この魔物も、お前の仕業か」


 僥倖だ。こんなところでお前に会えるなんて。

 自然に顔が笑みを浮かべる。

 声が掠れ、頭の中が湧き上がる感情にかっとなり、暗い喜びと衝動に呑みこまれ、剣を握る手に力がこもり……シーアが私の腕を掴み、魔法を発動した。


 気が付くと、辺境伯の館の前だった。

「アウス、さっきの奴を知っているのかい?」

 シーアが私の顔を覗き込む。私は荒くなった息をどうにか整えながら、頷いた。

「……あいつが、エトガルを殺した」

 シーアが目を見開き、息を呑む。

 私は胸のあたりをぎゅっと掴み、大きく息を吐いた。

「間違いないのか?」

「忘れたことなんてない。絶対に忘れない。間違いない、あいつだ。あいつが、また現れた……許さない。今度こそ、許さない」


 私たちの転移に気づき、駆け寄ってきたスカイエやマリエンを見ながら、どうやったらあいつ……召喚主を倒すことができるだろうかと、私は考える。今度こそ逃がさない。絶対に逃がさず、その身で報いを受けてもらう。


 シーアが、そっと私の頭を抱き寄せた。

「落ち着くんだ、アウス。君ひとりで何もかもやろうとしないで。わたしもここにいるんだから」


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