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11.冬将軍の先触れなのか

 翌朝、すっきりと目覚めたので、まずは日課のラジオ体操を行った。

 鼻歌まじりに身体を動かしていると、シーアとスカイエが出てきて「前から思ってたんだけど、その踊りみたいなの何?」と聞くから、「私の故郷では老若男女問わず、できる限り実施しなければならない朝の儀式なんだ」と答えておいた。「本当は専用の音楽に合わせてやるんだけど、ここじゃ用意できないから自分で代わりに歌ってる」と続けると、スカイエが微妙な表情で「世界って広いんですね」と何かひとりで納得していた。

 ちゃんと理に適った運動なんだけど、今の私には、まあ、儀式みたいなものだしな。


 毎日の訓練のおかげで、朝から相当な量の食事も取る。

 ダイエットなんて考えようものならぶっ倒れること間違いないので、もりもり食べるのだ。おかげで、今や私の腹筋はきれいに割れている。女の腹筋なんてそうそう割れないと言ったのは誰だ。完璧に割れてるぞ。さらに言えば、体脂肪率もかつてないほど低いから、胸とかとても残念なことになっている。胸って脂肪だったんだなあとしみじみ思う。


 そんなこんなでいよいよ時間になった。

 訓練用ではない、いつもの武装を整えて訓練場へと向かった。背中にはいつもの大剣も背負っている。

 とりあえずは殺さないようにと、腕とか足とかうっかり斬り飛ばさないようには気を付けよう。自分もやられないように気を付けよう。ちらりとマリエンさんを見ると、「怪我とか気にしなくっていいからね?」と笑顔で言われ、「うへえ」と変な声を出してしまった。


 とはいえ、今日はめったにやることのない、フルブーストだ。

 いつもは余裕がなくて、めったに全部の強化魔法を掛け切って戦うなんてできないので、少し楽しみでもあった。しかし、ああは言ってもクンツは結構強い奴だ。たとえブーストありでも、言うほど簡単に彼に勝てるとは思っていない。

 シーアに目をやると、いつもの笑顔で手を振られた。うん、せいぜい頑張るさ。


 いつもかけようと思ってかけられない全部の強化魔法……力だの敏捷さだのスピードだの視力だの、そういう諸々の身体機能を片っ端から強化する魔法をどんどん掛けて、準備を整えた。もちろん防御系も忘れていない。

 さらに、立ち合いはマティアス隊長自らが行うことになっている。

 私は背中から大剣を抜き、所定の位置に立った。クンツは盾と片手剣という正統派スタイルで既に位置に付いている。「では、いいか」と隊長が確認し、私とクンツが頷いた。


「はじめ!」


 隊長の掛け声とともに、戦いは始まった。


 私は強化したスピードに任せていっきにクンツの懐へと飛び込むが、クンツはなかなか斬らせない。非モテのくせに、やっぱ強いなこいつと思う。

 正面から斬りあっても私が不利になるだけなので、強化した身体が付いてくるままに、回り込んで死角から斬り掛かる。

 クンツが私のスピードに慣れるまでが勝負だろう。やっぱり時間はかけられない。しかし、彼も防戦一方というわけではなく、私が剣を振り切った隙を狙って斬り掛かったりするから油断できない。

 しょうがないな、と、私は小さく魔法を唱え、幻を呼び出した。

 私だって別に魔法剣士の魔法がまったく使えないわけではないのだ。あまり使わないだけなんだ。


 クンツの目を隠すように霧が湧き、そこを狙って彼の背中側を剣の平で強打する。横隔膜か肝臓のあたりを狙えると効果的なんだけど、鎧があるのでなかなかそううまくはいかない。

 クンツが卑怯だとかなんだとか言うが、知ったことか。本気でという約束なんだから文句言うな。実際の戦いはなんでもありなんだぞ。そういう間にも、クンツの剣や盾での殴打を躱し、次の魔法を唱える。

 地面を荒らし、足元をもつれさせようという作戦だ。

 一瞬、クンツがバランスを崩しかけるのを狙って大剣を振ったが、うまく逸らされてしまった。チッと舌打ちが出る。逆に、私のほうがクンツに追い込まれそうになったじゃないか。

 くっそ、腹立つなあ。


 クンツもいい加減、私のスピードに慣れてきたのか、だんだんと攻撃を繰り出すことが多くなってきた。そのすべてを剣でいなすには限界があって、私のほうも腕当てや肩当てを利用することが増えてきた。まずい傾向だ。

 どうにかクンツの胴を蹴り飛ばし、一旦距離を置いた。ムカつくことに、クンツは薄ら笑いを浮かべている。

 ふと、ちらりと見学席のシーアに目をやると、いつもの笑顔で頷かれた気がした。

「ダメ元で、やってみようか」


 私は大剣を構え直し、改めて魔力を込めた言葉を放った。

『疾』

 そのまま前へと踏み出し、これまでと比べ物にならない速さでクンツに迫る。

『剛』

 渾身の力を込めて大剣を振り、クンツの持つ剣を乱暴に弾き飛ばすと、そのまま返す刀で盾も力任せに叩き割った。クンツのあっけに取られた顔が視界に入り、私は思わずざまあと笑う。

 ついでに勢いに乗ったまま肩で体当たりをぶちかまし、彼が倒れたところを踏みつけた。

「……どうよ」

 へっ、と鼻で笑いながら大剣を彼の首に突き付けたところで、隊長がそこまで、と言うのが聞こえた。


 魔法で無茶を強いたために、私の身体は既に軋み始めている。洒落にならない筋肉痛みたいな痛みに脂汗が出てきたけれど、これで決まってよかった。発動率7割くらいだから、残り3割が出たら詰みだし、外しても後が続かないからやっぱり詰みだなと、少しだけ不安だったんだ。

 ほんと上手くいってよかった。

 ふう、と息を吐きながらそろそろと剣を下ろし、彼の上から退きつつ「次やったら、これじゃ済まないからな」と言い放つ私を、クンツはまだ睨みつけていた。

 だが、この場で何かする気はないようだ。

 ……嫌な目付きしてるし、当分、彼への警戒は続けておこう。


 形式通りの礼を行った後、私は痛みのあまりギクシャクとした動きでゆっくりとマリエンさんのところへと行った。

「身体中痛いので、治癒、お願いします……」

 マリエンさんは、「じゃ、私からのご褒美ね?」と可愛く笑って私に治癒魔法を掛けてくれた。賭けの精算が終わったシーアが「はい、君の取り分だよ」と硬貨の入った袋を差し出してくれた。クンツの様子じゃまだ何かありそうな気もするけど、その時はその時かなと思いながら、私は袋を受け取った。

「それにしても、終わった後そんなになるんじゃ、まだ実戦で使えるレベルじゃないね」

「うん、もう背水の陣で待ったなしって場合じゃないと……いや、それでも後がないんじゃだめだな。もっと身体を作って無茶しても大丈夫なレベルにして……いや、それも厳しいか。身体が壊れそうだ」

 シーアはの言葉にうんうんと考えるがいいアイデアは浮かばないし、無茶しすぎで使い物にならなくなるのは困る。改良するうえでの課題にしようということにした。


 そうして、辺境に冬が到来するまでの間、再び、見かけ上は日々の平穏を取り戻したように思えた、けれど……。


「ああいうのがストーカーになると思うんだよね」

「ストーカーって?」

 シーア、スカイエ、マリエンと4人で休憩を取りながら私がぼそっと言うと、マリエンが首を傾げた。

 “ああいうの”が指しているのは、もちろんクンツだ。あれから私に絡むことはなくなったけれど、やたらとこっちを睨み付けるのは、いい加減やめてほしい。

「なんて説明すればいいのかな。対象に対する執着を拗らせて、必要以上に必死に付き纏う人のことを指す言葉……とでも言えばいいのかな。

 一番わかりやすいケースが、恋愛感情拗らせて、相手に言葉でも態度でも明らかに拒否られてるのに、意味不明なポジティブさで“照れてる”とか解釈して付き纏うヤツだよ」

「なるほど、そんな人を表す言葉があるんですね。で、そんなに酷いんですか?」

 スカイエが感心したように言いつつも、ちょっと心配げな視線を私に向けた。

「うーん。まあ、変に纏わりついてるわけじゃないんだけど、ひたすらうざいというかね……」

「ああ、なんかずっと見てるもんね」

 シーアが納得したというように頷きながら、お茶を一口飲んだ。

「何かしてくるわけじゃないから、こっちとしてもどうしようもないんだけど、もう精神衛生によくないんだよね」

 揉め事を避けたいからと、マティアス隊長に頼みこんで任務や班は別にしてもらっていたけれど、訓練の時やら宿舎やら食堂やらでも絶対顔を合わせないようなわけにはいかないのだ。

「……まあ、私もちょっと言いすぎたかもなあとは思うんだけどね」

「そんなことないわよ。あれはあっちのほうが悪いもの。正直、あいつが負けて私スッキリしたのよ」

「マリエン、そう言ってもらえるのはありがたいけど、やっぱり限度はあったなと思うんだ」

「ま、君があそこで彼を叩かなかったら、エスカレートしてたのは確かじゃないかな」

 マリエンが憤慨したようにふんっと鼻を鳴らす横で、シーアが相変わらずの笑顔で言う。

「ただ、何か考えてそうだから、注意するに越したことはないね。あまりひとりでは行動しないようにね?」

 私の気のせいかなと思っていたけれど、シーアも同じように考えていることがわかって、少しだけ安心した。


 だが、もう少し私は警戒してしかるべきだった。


「私の故郷では、冬のことを将軍に見立てて“冬将軍”って呼んだりするんだ」

「なら、これはさしずめ“冬将軍の大軍勢”ってところか」


 冬最初の雪が降って数日後、クオンと巡回に出た私は、傍で雪の上に残された大量の足跡を確認していた。たぶん、魔狼なんだと思うけれど、数が多い。

「30以上50以下ってところかな」

「だな」

 私の数の見立てに、クオンが頷く。ただの狼ならそれほど苦労もなくどうにかできるけれど、魔狼だとするとかなりやっかいなことになる。

「いったん戻って報告だね。単に通り過ぎただけならいいけど、そうでもないだろうし」

 私は念のためにと魔法印を残し、クオンと2人でマティアス隊長のところへ戻ろうと、山道を引き返した。歩き始めて程なくして、前方から誰か人影が来ることに気付き、クオンと顔を見合わせる。

「クンツ……」

 現れた人影はクンツだった。確か、同じ時間帯に別な人間と組んで巡回当番だったが……。

「どうした」

 クオンが訝しげに問うと、クンツは「相棒がドジって動けなくなったんだよ」と苦々しげに吐き捨てた。「向こうで魔狼の足跡を見つけて追いかけたら、これだ」

「相棒?」

「ハイナーだ」

 クンツと組んでいたのは誰だったかと考えて、名前を言われて、ああ、彼かと思い出した。けど、魔狼の報告もしなきゃいけないし……。

「わかった。クオン、報告を頼む。私はハイナーのところへ行くから」

「大丈夫か?」

「私なら、魔法も使えるから。クオンは足が速いし、このほうがいいでしょ」

 肩を竦めながら、私はクオンに言った。さすがのクンツも、仲間が事故にあったというのに私に何かしでかすことはないだろうと考えて。



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