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10.嵐の前の静けさ、なんだろうか

 魔物が来るのは本格的な冬になってからが本番だということで、しばらくはこのまま魔物への対策と領兵隊と合同での訓練が中心となった。

 私も魔法使いのサポートだけでは身体がなまるので、当然ながら領兵隊の訓練にも参加することにした。おかげで疲れてしまって、夜、思うように魔術書を読み進めることもできなくなってしまったが、身体がなまってしまっては傭兵として立ちいかなくなってしまうので仕方ない。

 本を開いてものの数分で寝てしまうって、たぶん学生以来ではないかな。……その学生時代がどうだったかは覚えていないんだけど。


 そして、どうも私はかなり非力に思われていたようで……厳ついおじさんお兄さんたちに比べりゃ、そりゃ細いし小さいさ。これでも170cmはあるんだけど、180だ190だと長身でしかもごつい人たちの間では、自分がものすごく小さく感じるのは確かだ。この国の人間は基本的にみな長身でしかもごつい。北方の狩猟民族さすがだ。ほんとに北方の狩猟民族かは知らないけど、イメージでそう思う。


 けれど、もう10年近くを大剣使いの傭兵として過ごしているのだ、細いといってもそれなりに力はあるし、剣の打ち合いでの力の逃がし方くらいは身に付けた。

 いくら魔法があっても、正面から打ち合ったら体格差で負けてしまう。リーチの違いも深刻だ。だから、剣を受けるというよりは相手の思わぬ方向に滑らせて、死角を突くという戦いかたになる。もちろん、時間をかけると体力差でも負けてしまうので、相手の弱いところを、的確に、強く鋭く攻めて“なる早“で倒すのが私のセオリーとなっている。

 とはいえ、言うほど簡単ではないので、5戦して3勝できればいいほうなんだけど。

 身体強化でいろいろ底上げすれば、4勝くらいはいけるかもしれないが、訓練の時もそれをやると、いざ魔法が使えないとなった時に死にそうな気がしてしまって、訓練は魔法なしでと決めていた。

 というわけで、魔法なしでそれなりに戦えることを理解してもらえた結果、やたらとお嬢ちゃんだの坊主だのと私に絡む人は減った……と思う。皆無ではないけれど。


 並行して、スカイエさんには、私が今まで今ひとつ理解できなかった魔法の理論について教えてもらうことになった。エトガルが亡くなってから彼の蔵書を頼りにほぼ独学だったため、いろいろ誤解しているところや丸暗記したままなんとなく放っているところも多く、魔法については確かに行き詰まりつつあったのだ。

 シーアに教えてもらうことも考えたけれど、彼はどちらかというと魔法剣士の魔法になってしまうから、きちんと魔法使いに教わったほうが良いということだった。


 スカイエさんは、その昔弟子を取ったこともあるというだけあり、教え方のうまい魔法使いだった。私が質問したことについて、答えをすべて即回答するのではなく、私がきちんと考え理解して納得できるように導いてくれるのだ。

 ……スカイエさんに言わせると、私の考え方は結構独特らしい。おまけに、なんでそんな知識があるのか不思議に思うことも多いらしい。

 どう見ても魔法とかさっぱりで高等学校にも通っていない脳筋職なのに、なぜ数学とか理解できるのか。しかも、下手するといきなり飛び出す物理や化学的な知識にもなんとかついていけるため、今までいったいどんな勉強をしてきたのかと驚かれた。普通、こんな知識は魔法使いか学者でもなければ知らないものなのだそうだ。

 学校でテスト勉強しながら「こんなの役に立つ日なんて絶対こねーわ」なんて思ってた覚えがほんのりとあるけれど、今とても役に立ってます。覚えてないけど先生ありがとう。


 そして、魔法言語はすべて表意文字だということも知った。漢字のように。

 ……しかし、漢字ほど数は多くはなく、種類はせいぜい数百程度と考えられている。その文字の組み合わせで、実現したい魔法の内容を組み立てていくのが魔法の基本……なのだけど、魔法言語の文字をすべて知っている魔法使いはいないと言われている。

 天才と言われるような大魔法使いですら、世に存在する魔術言語の文字の半分程度を知ってればいいほうなのだ。

 ……なぜなら、魔法言語辞典なんてものはなく、魔法言語を覚えるイコール魔法を覚えることで、世界に存在するすべての魔法を知ってる魔法使いなど存在しないからだ。


 さらには、通常、魔法使いは自分の知る魔法をすべて他人に開示することはない。「どんな魔法を使えるか」を話しても、その魔法が「どういう魔法言語で構成されているか」を教える魔法使いは普通いない。知られれば、その魔法使いのアドバンテージは失くなってしまうのだ。

 だから、新しい魔法を覚えたいと思ったら新しい魔術書を手に入れるか、懇意にする魔法使いと魔法の交換をして覚えるしかない。

 他にできることは、魔術言語の文字の組み合わせを試行錯誤して、新たな効果を生み出す魔法を作り出すかだろう。

 ちなみに、魔術書として出回ってる魔法はほとんど定番と言われるような、すでにいろんな人が知っている魔法ばかりなのだ、しかも、魔法言語を知らない者が読んでも、構成どころか何について書いてあるのかすら読み解けないようにもなっている。


 でだ。


 私は、なんとなく、そうかー表意文字なんだーと感心した結果、知らない魔法言語の文字の代わりに漢字を使ってみることを思いついた。漢字も表意文字なんだから、代用できないかなーと興味本位で試してみたくなったのだ。

 ラノベにありそうな設定だしな、なんて考えて、ちょっとやってみたくなってしまったのだ。


 ──その結果、なんだかできてしまった。


 いったいどういう理屈なのかはわからない。

 けれど、できるなら使わない選択はない。そして、どうせなら「戦闘中に使える起動時間の短い魔法」を開発できないかなと考えた。やはり「華麗に魔法を唱えつつ大剣を振り回す魔法戦士」という野望は捨て難かったのだ。いい歳して中二病かと言われそうだけど仕方ない。実際、自分は中二病かなと思う。もう35だけど。


 いろいろと試してみた結果、コツは、使う漢字の正確な形と、意味と、読み方と、イメージのようだ。

 さすがに日本を離れて10年経ち、難しい漢字はあまり思い出せなくなってしまったが、小中学校あたりで習う程度の漢字ならなんとかなりそうだ。

 漢字がとても使える文字だとわかったので、綺麗に忘れる前にと慌てて思いつく限りの文字と読みを日本語で書き出した。

 これから、うっかり日本語を忘れないよう、日々の覚書はすべて日本語で書くことにしようと決めた。


 そして、2、3使えそうなものをこっそり練習したあと、シーアに頼んで実戦を試してみることにした。


 ……結果としては、魔力に無駄も多く発動も少し不安定だし、まだまだ改良の余地ありだったが、シーアの興味はものすごく引いたようで、今後も漢字を教える代わりに、私の魔法の改良を手伝ったりすることになった。


 いろいろとやることもできて、本格的な冬の到来と魔物の襲撃が来るまでの間、そこそこ忙しく、でものんびりと過ごせるかななんて考えていた。


 だが。


『くそうぜえな』

「何?」

「いえ、なんでもないです」

 思わず日本語で小さく吐き捨ててしまったが、こっちの言葉でも良かったかもしれない。今、私の目の前にいる大男は、最近やたらと私に絡んでくる、クンツという名前の領兵だ。やたらと自信家らしく、何かと俺自慢をしてくる非常にうざい男でもある。歳のころは30くらいだろうか。こいつはたぶん非モテだ。間違いない。


 最初こそは、正規兵であるし揉め事よくないしで、和をもって尊しと為せ的曖昧なジャパニーズスマイルで対応してたのだが、どうやら私が押せばどうとでもなるなどと図に乗ったらしい。

 最近はもう、丁寧な態度すら無理になり、非常に適当かつぶっきらぼうに対応をしている。それでも未だにやたらと絡んでくるところを見ると、空気が読めないくらい頭が悪いらしい。

 しかもその要求の内容は、端的に言ってしまえば「気に入ったから俺の女になれ」というものなのだ。ふざけるな。死ねと思う。

 私もさすがに傭兵生活10年でこの手のトラブルは皆無だったわけでもなく、歳も歳なので対処できないほど初心でもないけれど、今回は相手が正規兵なだけにやりにくい。

 あんまやりすぎると馘首になってしまうかなーと考えてしまうのだ。


 ともかく、いい加減うんざりしているのでさっさと立ち去ろうと無視して立ち上がったら、腕を掴まれてしまった。

「……離してくれませんか」

 周囲にギャラリーもでき始めてるし、晒し者はいやなんだよ。勘弁してよ。日本人シャイなんだから。

 だが、なおもクンツは食い下がり、うだうだ言いつつ手に力を込めてくる。ほんといい加減にしてくれないか。本気でうざい。

「お前は俺の言うことを聞けばいいんだよ」

「あ? なんでよ」

 もう取り繕うのやめた。こいつは一度反省させないとだめだ。

「わかってんだろ」

「何がだよ、わかんねえよ。お前、ぶっちゃけ私のタイプじゃねえし、非モテが調子に乗ってんじゃねえって言ってんだ。いい加減離せよ、セクハラ野郎」

 あ、怒った。

「セクハラヤロウ? なんだか知らねえが、俺に逆らうってのか、このアマ」

「うるせえ。弱い犬みたいに吠えてんじゃねえっての。お前みたいなへちょい奴に従えって頭沸いてんのか、あ? 女なら力で脅せばホイホイ言うこと聞くだろうとか舐めてんのかよ、いい加減実力知れ。くそが」

 クンツは私の両腕を掴みにかかる。ええと、痴漢に腕を掴まれたらどう振り解くんだったかなと思い出し……。

『よっこらしょっと』

 腕をぐるりと回すとうまく解けたので、ついでに鳩尾狙って肘を入れ、しゃがんで膝の裏も蹴り飛ばしてみた。

 肘は今ひとつ入らなかったが、膝はうまくバランスを崩す程度には入ったので、クンツはみっともなく倒れてしまった。ざまあ。


 まあ、鳩尾に入らなかった時点で、ここを立ち去る選択が無くなってしまったんだが。どうしようかな。


 ギャラリーたちは8割がた面白がっているようだ。そこ、賭けとかやめてくれ。ヤジ飛ばして煽るのもなしの方向で頼む。

 ああ、揉め事は嫌いなのに。


 顔を真っ赤にしたクンツが立ち上がり……腰の剣に手がかかっている。いやそれは洒落にならんからなしだ。断固なしだって。

 軍隊での常識に従えば、剣を抜いての私闘は無しなんだ。破ったら軍法会議だぞ。いや、軍法会議とかいう制度はないけど、地下牢で反省を促されることには間違いない。


 誰かが、「おい、剣はやめとけ」と声を掛けるけど、クンツは聞いていない。完全にキレちゃってるなあどうしよう、とじりじり下がりながら考える……と。

「はいはいそこまでにしておこうね?」

 シーアが出てきた。魔法の準備をしていたのか、ひらりと片手をひらめかせると、クンツの動きが止まる。

「そんなに気に入らないなら、明日、訓練の時に模擬戦でもやったらどうだい? 本気のやつをね。

 それでどっちが強いかはっきりさせれば、君も納得できるんじゃないか?」

 あくまでも柔らかく微笑んだまま、シーアが言う。「おい、何を騒いでる」というマティアス隊長の声も聞こえて、クンツはやや不満げではあるが、頷いた。「明日、お前を這いつくばらせて身の程を思い知らせてやるからな」と、私に向かって捨て台詞を忘れずに。


「シーア、助かった、ありがとう」

 見ると、シーアは肩を震わせて笑っている。

「……シーア?」

「いや、だって……昔は、会話するのも苦労したのに、ずいぶん言葉が達者になったんだなあって思って……」

 いやまあ、罵倒ができたら言葉の習得は完璧っていうしね……。

「それはともかくとして、わたしは君が勝つほうに賭けておくから、がんばってね」

「……賭けるんだ」

「あたりまえじゃないか」

「……」

 誰かが隊長に本気での模擬戦の許可を願い出ている声が聞こえた。

「わかった、私の分も、私が勝つほうにかけといて」

「了解」


 傭兵仲間で同じ女性の魔法使いマリエンや獣人戦士のクオンに、「ちゃんと癒すから、死ぬ一歩手前までやっちゃっていいわよ」とか「よく今まで我慢してたな。明日は発散してこい」とか、いろいろ好き勝手なことも言われた。


 よし、明日はフルブーストの魔法ありありでやらせてもらおう。

 当然だ、本気だし。



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