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呪われ姫と浄化の悪魔  作者: 華
序章
2/48

命令

 エントリア王国の都グランツェから見て真南に位置するハーリントン侯爵家は、グランツェにほど近いためか道路もよく整備され、人も多く行きかう。屋敷の周りは青々とした木々で覆われ、美しい花々が咲き誇っていた。


 そんな屋敷に住まうハーリントン伯爵の長女であるルミナス・ハーリントンには、『呪われ姫』という奇妙なあだ名がつけられている。貴族の、それも貴族の中では二番目に位の高い侯爵家の娘になぜそんなあだ名がつけられているのかといえば、それはひとえに、彼女の体質のせいだと言わざるを得ない。


父の書斎に行く間にも、それら(・・・)は周りにいた。

 首のない男が窓の外を歩き、羽の生えた小さな人間がくるくると宙を舞う。足にすり寄ってきている愛らしい子猫も、きっともうこの世にいるものではない。

 昔からそうだった。いやおうなしに死者が見えた。


 これらの大半は無害な霊だが、一、二年に一度くらいの割合で凶暴な霊が現れてはルミナスを襲う。そのたびに命の危険にさらされては、何とか生き延びてきた。 ぶっちゃけてしまえば、同い年の男の子たちと同じくらい強いという自信がある。自分で護身術を軽く身に着けるくらいはしておかないと、と思ったのがわずか十歳のころで、独学で護身術を学んだ。さすがに男の子たちに混ざって剣術などを習う気にはなれなかった。

 そして、なぜかパーティーに出たりすると、何かが飛んできたり、ワインをひっかけられたり、シャンデリアが落ちてきたりする。そのせいで、『ルミナス・ハーリントンは呪われている』という噂が瞬く間に国中に広まってしまったのだ。そしてその噂はあながち、というより絶対的に、嘘ではないのだ。なにしろどうして幽霊に襲われるのか誰にもわからないため、その本人のルミナスでさえも、自分が呪われているのではないかと疑っている。


 だから侍女は目を合わせないのだし、自室に基本一人でいるのだ。本が大量にあるのは父の自分に対するほんの少しの愛情なのだとも知っている。

(いえ、憐憫(れんびん)かしら……?)

 それともただ体裁を気にしているだけなのかもしれない。父がルミナスのことを疎んでいるとはいえ、まさか自分の娘を監禁しているなどとは世間には言えない。だから、国中の本を読んで勉強中なのだとでも言っているのだろう。女性としては珍しい、学者になるためだとでも(うそぶ)いて。


 しかしそれにも限界というものがある。


 嫌な予感というものが胸のあたりをすでに支配している。少なくともいい話ではないことは目に見えていた。

 しかし時間というのは非情なもので、足を動かしていればいつかは目的地に着いてしまう。

 荘厳(そうごん)な雰囲気を漂わせたドアの前で、ルミナスは居住まいを正した。

 震える手で、ドアを三回ほどノックする。


「入れ。」


 低く、重く、お腹の中にずっしりと響く声。その声に従って、ルミナスはドアノブを回した。


 ゆっくりと開いたドアの向こうに、一人の男性が座っていた。明るい茶色の髪によく似合う青い瞳を合わせ持ったその姿は、実の父親ながらあまりルミナスに似ていない。ルミナスは外見のほとんどが母親譲りなのだ。

 黒檀(こくたん)で作られた父の執務机には、多くの書類が散らばっていた。ほとんどが外国の言葉で書かれているのは、彼が優秀な貿易商だからである。


 彼はその中の一つを手に取って見ていた。嫌な予感が増幅する。

 

「ああ、来たか」


 ちらりと目線を上げてこちらを見る彼は、当然のように目を合わせようとはしない。

 自分の精神を安定させるため、ルミナスはできるだけ無表情で、冷たい瞳で父を見る。そういう仮面を被っているということにした。そのおかげで、少しだけ頭が冷静になる。

 しかし次の瞬間、ルミナスは早々に仮面を外すことになった。


 「お前を呼んだのは、嫁ぎ先が決まったからだ」


 ぎょっと目を見開く。その事実にも驚いたが、彼の平坦すぎる口調に最も驚いた。それは、「今日のランチはサンドイッチだ」という口調と全く変わらなかったのだから。

 それに比べたら、自分の無表情など彼の足元どころか、つま先にすら及ばなかった。


 「……お相手は、どなたですか」

  

 やっとのことで出した声は、少し震えていた。


 父は相変わらずの口調で淡々と答える。


 「メテルヤード公爵だ。彼が求婚してきたのだ」

 

 なるほど、と思った。彼なら自分に求婚してもおかしくないだろう。『呪われ姫』と呼ばれる自分に求婚することなど、すでに『浄化の悪魔』の異名を持つ彼にとっては容易(たやす)いことなのだから。


 現メテルヤード公爵ーーーーーーーーその正体は国一番の『浄霊屋』であり、血も涙もない方法で国中の幽霊を討伐しているという『浄化の悪魔』である。


 『浄霊屋』というのはその名の通り、この国にいる霊を浄化する仕事である。低級霊や妖怪などを使役(しえき)して行う仕事で、優秀な浄霊屋ほどレベルの高い霊や妖怪を多く使役しており、メテルヤード公爵は国で一番多く幽霊を使役している浄霊屋だ。その数が多すぎて、メテルヤード公爵家の召使いたちの数よりも多くなってしまったらしく、今では幽霊たちを召使にしているらしい。本物の『幽霊屋敷』というわけだ。


(そもそも、浄霊屋の仕事を始めたのは、メテルヤード公爵家の方たちだったような……)

 体質のせいで、そういう情報には事欠かない。たしか、国王が幽霊に取りつかれたときにその幽霊を浄化させたのがメテルヤード公爵家の先祖だったと何かの本で読んだ記憶がある。その時に爵位を(たまわ)って、今の公爵家になったのだとも書いてあったような気がする。

 そのときから浄霊屋は増えてきているが、メテルヤード公爵家は今も昔も変わらず「国一番の浄霊屋」だ。一度たりともその称号をほかの浄霊屋に譲ったことのない、不動の一位なのだ。感服せざるを得ない。


「メテルヤード公爵家の(パワー)を途絶えさせることがないように、霊感の強い女性が当主の花嫁になる……のでしたよね?」

「そうだ。お前は自他共(じたとも)に認める相当な霊感持ちだからな。くれぐれも公爵の名に傷をつけるんじゃないぞ。そんなことをしたら、すぐさま勘当してやるからな」

「……」


 何かがすとん、とはまった気がした。

 父は喜んでいる。成功しても、失敗しても、娘が自分の手元に戻ってくることがないという安心感に(ひた)りきっているのだ。

 冷静な自分が、当たり前じゃないか、と呟いた。

 自分が愛されているとでも思っていたのか、と。


 妙に空っぽになってしまった頭で、必死に言葉を紡ぐ。


「嫁ぐのは、いつでしょうか」

「明日だ」


 間髪(かんはつ)入れずに帰された答えに、一瞬眩暈(めまい)がした。

 どうにか踏みとどまる。


「あ、明日、ですか?」

「そうだ。ああ、それと、婚約の儀は省略して、結婚の儀を上げる。といっても、これは公爵から提案されたことなんだが、結婚の儀は相手のしきたりに(のっと)って行いたいそうでな。そのしきたりによると、結婚の儀に出席するのはメテルヤード公爵とお前だけだそうだ」


 立て続けに言われた言葉に、なんだかもうわけがわからなくなった。

 そういえば、メテルヤード公爵家の結婚の儀はいろいろと特殊で、外部には一切分からない方法で行われていると聞いたことがあるが、いくらなんでも結婚の儀に花嫁と花婿しか出席しないなんて型破りもいいところだ。それ、許されているのだろうか。

(まあ、いろいろ考えたところで結果は変わらないのよね……。)

 だったら素直にうなずいてしまったほうが楽だ。あれこれと考えていても始まらない。

 そうきっぱりと諦めて、父の言葉に従うことにする。


「分かりました。では早速準備をしてまいります」

 すると何故か、父が驚いたように目を見張った。

「……お前、嫌がらないのか?」

「……はい?」

 不思議そうに首をかしげると、彼はハッとしたように目線を下げた。

「いや、何でもない」


 何かおかしいな、と思い、さっきの父の言葉を頭で反芻(はんすう)してみた。

 嫌がらないのか、と言っただろうか?


(ああ、なるほど)

 再び、何かがすとんとはまった感覚がした。

(私が反対すると思って、わざわざ結婚の儀の前日にこのことを伝えたのね)

 まさか昨日今日決まった話ではあるまい。少なくともひと月ほど前から決まっていたはずだ。

 しかし当の本人が全く反対しなかったため、逆に拍子抜けしたということだ。


(……まあなんというか、可笑(おか)しいわね)

 反発したら自分の身が危なくなるということくらい、しっかり学んでいるというのに。


 それとも、自分たちがルミナスに向けているノミを見るかのような視線に、気づいていないとでもいうのだろうか。

 皮肉気に心の中で呟いてから、何でもなかったかのように続ける。


「では、私はもう行きますね。準備もあることですし」

「あ、ああ」


 戸惑うような視線を背中に感じながら、ルミナスがドアノブに手をかけた、その時だった。



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