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エターナリア  作者: たつみ暁
第1章『赤色の出会い』
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1-2

 帰って来たあたしの姿を見たフェリオは案の定、長い茶髪をかきあげて、

「また随分、でっかいお土産持って来たわねえ」

 と、ころころ笑った。

 でも、ひとしきり笑った後はすぐ、一部屋にベッドと医療品を用意して、てきぱきと、あたしが連れ帰って来た男の子の手当てをしてくれた。

 その時のあたしといえば、フェリオの指示でばたばた走り回り、後は、彼女の手際の良さをそばに突っ立って見ていたばかり。

 さすが、ひとくせもふたくせもある連中が住むザスの人間が集まる食堂を切り盛りする女将。怪我人の世話は慣れっこだ。

 手早く治療を終えると、

「あんたが拾って来たんだから、後はきちんと面倒見なさい」

 と言い残して、フェリオは部屋を出て行く。後には、あたしと、ベッドに横たわる男の子が残された。

 立ちっぱなしも何なので、とりあえず手近な椅子を引っ張って来て、ベッドの脇で腰かける。

 そこでようやく初めて、男の子の顔をまじまじと眺める事ができた。

 歳の頃はあたしより少し上、十七、八歳くらいだろう。血を拭った顔は絆創膏がぺたぺた貼られまくって痛々しいけど、それが取れれば、金の髪とあいまってそこそこいい男……なのかもしれない。目は閉じられたままなので、瞳が何色かはわからない。

 しばらくは目を覚まさないかな。

 そう思ってその場を離れようとした時。かすかに呻き声が聞こえて、ほとんど椅子から立ち上がりかけてたあたしは、視線をベッドに戻した。

 男の子がうっすらと目を開いている。その瞳の色を見た時、あたしは驚いて、目をみはってしまった。

 そんな色の瞳をした人を、あたしは十五年の人生の中で見た事が無い。

 燃えるような、赤色、なんて。

 ところが、あたしがぱちぱちとまばたきしている間に男の子は目を閉じて、再度開けた時には、そこいらの誰もが持っているような、何の変哲も無い褐色の瞳になっていた。

 あたしが見間違えたんだろうか?

 首を傾げている間に、男の子はぼんやりと辺りを見回して、それからがばりと起き上がり、

「――痛ッ!」

 うずくまった。

「駄目だよ、まだ寝てなきゃ。酷い怪我してたんだから!」

「怪我?」

 予想したよりもやや高い声で彼は呟いて、自分の身体に巻かれた包帯を見回す。それから、不思議そうにあたしに訊ねた。

「……ここは?」

「ザスの街。君がルグレット平原に倒れてたのを、あたしが見つけたの」

 答えても、彼はどこか納得がいかない様子。

「ねえ、君、何であそこに倒れてたの? 空を飛んで来たんだよね、どうやって? シェイドに追われてたみたいだけど、一体どうして?」

 あたしは馬鹿正直に、疑問に思っていた事をバンバンぶつけてみる。だけど彼は、あたしの質問の嵐に眉をひそめて。

「どうやって? どうして……?」

 うつむき、独り言のように呟く。

「あ、答えたくないならいい。無理には聞かないよ」

 あたしが慌てて両手を振ると、彼はのろのろと顔をあげて、自分でも不思議だというようにぎこちない笑みを浮かべた。

「いや、答えたくない訳じゃなくて、答えられない、かな……」

 その台詞を聞いて、あたしもやっとピンときた。

 これは、もしや。

「もしかして、記憶が無いとか?」

「どうやら、そうらしい」

 他人事みたいに彼は答えて、それからしばらく考え込み、

「……セレン」

 いきなり呟いたので、何かと思ったら。

「セレン・アルヴァータ・リグアンサ。オレの名前らしい」

「らしいって」

 思わずあたしは笑いを洩らし、それから訊ねる。

「他に何か思い出せない?」

 その問いに、彼――セレンは首を横に振った。

「そっか。でも」

 あたしはぱんと両手を打って、彼の顔をのぞきこむ。

「しばらくしたら何か思い出すかもしれないね。それまではここにいなよ」

「いいのか?」

「うん。ここの女将のフェリオも、まさか記憶喪失の行くあても無い人を放り出せとは言わないだろうし」

 そう言うと、セレンは、「すまない」と頭を下げた。

 そこで、あたし達二人のお腹が、ぐぎゅるるう、と音を立てる。

 そういえば、彼を見つけてからこっち、何か口にするのさえ忘れてた。

「ち、ちょっと待ってて! 今すぐ食べるもの持って来るから」

 慌ててベッドから離れて部屋を出て行こうとし、あたしは、礼を欠いていた事に気がついた。向こうは自分の名前を言ったのに、あたしは名乗っていないじゃないか。

 たたーっと駆け戻り、褐色の瞳を真正面から見つめて。

「あたし、カラン。カラン・ミティア」

流星ミティア?」

 セレンが珍しそうにその名を繰り返した。この世界では、流星を苗字にするなんてそう無い事だと知ったのは、ここ数年だけど、いろんな人に名乗る度にそんな反応をされるので、もう慣れっこだ。

「うん、そう」

 笑顔でうなずいて、右手を差し出す。

「よろしく、セレン」

 彼は、差し出された右手をどうすればいいのかわからないらしく、しばしぽかんと見つめていたけれど、やがて、包帯の巻かれた腕をのろのろと上げて。

「よろしく、カラン。助けてくれてありがとな」

 握手を、交わした。

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