【設定編】9月18日 ホビットの国 魔女会社の魔女たちについて説明する
おそらく平成26年9月18日
剣暦××年8月18日
ホビットの国ムーンスレイブ
南西部 夜になると星の綺麗な草原
ホビット小屋
どこまでもどこまで、草原を歩き続けて、夕刻。
目的としていたホビット小屋に到着する。
宿場のない草原が続くホビットの国では、このような施設が数多くある。
旅をするホビットなら誰でも寝泊まり可能。泊まった人が、次の朝に薪の補充と掃除をして、旅立つ。共用施設。
伝説では、今は絶滅した旅小人が国中に500の建物を残したとされているが、現存するホビット小屋は78件。全てホビット観光協会の管理であり、1年に一度補修をして回っているのだとか。
ホビットではないが、今回は使わせてもらう。ここは人の臭いが強く野生生物が縄張りにしておらず、ホビットの仁義で盗賊も小屋を襲わないのが暗黙の鉄則になってるんだとか。
安心して、ぐっすり眠ろう。
しかし、疲れた。一日歩きっぱなしなのは、本当に久しぶり。
股ずれ起こして太ももの内側が赤くなってる。うう、痛い。
しかし、犬頭人は体の造りが違うのか、ユキくんは平気そうな顔をしている。まあ、いつも平気そうな顔しているのだけれど。
リーヨンちゃんはさらに頑丈なのか、にこにこと夕飯の準備をしている。竈に火を入れてなにやら沸かしている。
たくましいなあ、この子ら。
そう言えばジンさんとレンちゃんと、こういう正統派な旅をしたのは、いつだっただろうか。
夕飯を食べながら、今後の日程について打ち合わせ。
まず、最終目的地はここから北上した『南の森』を通って抜けた先の、どこかにある、『薄墨の村』。そこにエターナルウォーターが隠されている。
ただ、『南の森』は迷い森として有名で、僕達3人だけではとても抜けられない。さらに、その薄墨の村は、かのホビット忍者の隠れ里であり、どこにあるのかは秘匿され、よしんば辿り着いても罠と警備の前に追い返される。
そこで、南の森の中で生活をする、『紺碧の村』のホビットに挨拶をして、案内してもらう必要がある。
ここから南の森まで一日
南の森の内にある紺碧の村まで一日
村で滞在して一日
森を抜けるのに二日
森を抜けた後、薄墨の村で一日
同じルートを逆に辿ってオークの国に着くまで同じ日数がかかるとして。
二週間は見ておく必要がある。
キログラム氏からは、旅立つ前に一カ月はもたせると約束してもらっているので……。間に合うはず。
いつものごとく、困ったことが起きても、十分お釣りが……来るよね?
さて、明日も早いし、寝ようと思ったら、ユキくんから魔女について質問された。
この子は将来案内人を背負って立つ立場にいるのに、そういうこと教えられないのだろうか。いや、わざとまだ教えていないというのも考えられる。
どうしよう、僕が説明してもいいのだろうか。僕のおぼろげな知識を教えて、偏った考え方になったら嫌だしなあ。
でもま、彼も14歳。いろんな考え方をする人間がいるということを知るだけでも勉強だよね。
魔女の定義と、彼女らの組織について話をした。
日本語で喋ったから、リーヨンちゃんは何言ってるのかわからなかっただろうけれど、にこにこ聞いてくれていた。
※※
「ああ、なるほど。オークの国の魔女会社に行ったら、人間とか小人の魔女が働いてるのに面喰ったんだね。分断主義のオークの国で、なんで別種族の人が当たり前に働いているのかってことか」
「はい、ボクも父上から魔道具を扱う社会の枠の外にいる集団、だということは教えられていたのです。でも、どうしてあの国のオーク達は、魔女と言えども、見た目が人間や小人の女性達を受け入れているのですか?」
流石に、目ざといな。
「旅をしていたら、その内わかるんだけれど、魔女は、剣祖の加護を棄てているからね。剣祖文明人とも、獣頭人とも、ダークエルフとも違う」
「剣祖の、加護を棄てる……? 具体的にどういうことなのです?」
「まず、魔女というのは、『魔道具』を管理し、運用する集団だというのは知ってるよね。『空飛ぶ箒』や『火を吐く宝石』『他人と同じ顔に化ける化粧道具』『鍵をかけた人にしか絶対に開けられない金庫』『異常によく効く薬』など、現在の剣祖文明圏の技術力では再現不可能な効果を発揮する道具が、世に出回らない様に管理。自分達の活動資金を手に入れるために、その魔道具を利用しての商売。その二つの活動のために組織されたのが、魔女会社」
「空飛ぶ魔女郵便、お金を預かる魔女銀行、護衛を行う魔女傭兵、全部魔女会社の一部、ということです? でも、何のために? お金を手に入れる方法ならもっと簡単にたくさんあるのです」
「だよね、まるで見せつけるみたいに魔道具を利用して、活動している」
「なんでなのです?」
「全ての魔道具は、何百年も前に、一人の魔法使いが作ったんだよ。多分、僕みたいに他の異世界からやってきた、別の文明を持った人だったんだろうね。その人は、この世界のために便利な道具をたくさん作った。でも、そのチートじみた便利さのせいで、それを欲しがる国同士が争って、世界中を巻き込んだ戦争が起きた」
「……!」
「ひどいひどい戦いになってね、その戦禍の中で生き残った色んな種族の戦災孤児達を魔法使いは引き取って育てた。戦争が終わって、一年もしない内に魔法使いは死んでしまった。よかれと思ってしたことで、たくさんの悲しみを生んでしまったことが、とても悲しくて、悲し過ぎて魔法使いは死んでしまった。その人に育てられた子供達は、どう思ったんだろうね。ただ、結束して一つの組織を作り、世界中に散らばった全ての魔道具を集めることにした」
「……」
「そして、長い年月をかけて、魔道具を使って社会を支える技術集団になったんだ。魔道具は、決して戦争の道具でないと証明するために。正しく使えば、人を幸せにできるんだと、世界中に見せつけるために」
「……」
「その時は魔道具を悪用させないために闘うただの武装集団だったんだけれど、何十年か前にある異界漂流者がね、彼らの理想成就のために、会社形式の組織を作ることを提案したんだ。魔道具の種類能力をリストアップして、世界情勢と見比べて需要があると思われる仕事を開発してた。そして、部門別に魔道具とその使用者を分けてイメージ戦略のために、平和的な業務をPRし、女の子を前面に押し出した、非武装集団としての顔を持たせて今の魔女会社ができたんだ」
「……」
「その活動のために、どの国にも属さない中立の集団である必要があった。だから、魔道具を扱う技術者は、人であった頃の記録をすべて抹消している。全て抹消できる者だけが魔女になれる。人間も、ホビットも、オークも、エルフも、ドワーフも。家族からもらった名前を隠し魔女名を名乗り、衣服を脱いで魔女の黒衣に身を包み、先祖から受け継いだ言葉を潜めて神語(日本語)で話す。剣祖から与えられた剣祖文明人としての立場をなくし、魔女会社だけを唯一の所属とするんだ。それはもはや人ではない。姿形以上に、かけ離れ過ぎているから、魔女が国にいても、誰も異和感をを持たないんだろうね」
「……それは、とても悲しいのです」
「うん、悲しい。でもね、魔女達は結構楽しげにやってるよ。勤務時間終わったrら元の姿に戻って自宅に帰るし、子育てのために片手間の人もいる。結成理由は深刻でも、やってる人はそれなりに楽しんでる。ほら、魔女ってさ、皆笑顔じゃない」
「……彼女達は、僕達を守ってくれているのですね」
「僕は、そう思ってる」
「でも、あんな女の子達だけが、そんな仕事に……、何か特別な資質が必要なのです?」
「いんや、イメージの問題で現場作業魔女が女の子で統一しているだけで、上層部とか営業担当は男だよ。あと、資質っていうか、魔道具って癖が強くて使いにくいんだよね。前に『魔女の箒』乗らせてもらったんだけれど、一秒も宙に浮いてられなかった。箒にまたがって飛んだ瞬間地面に体打ちつけて痛かったよ。他の道具もそう、手先の器用さとか、運動神経美的センス、そういうのは必要とされる仕事だね。だから、魔女郵便とか魔女傭兵みたいな人目に着く仕事は人間とかエルフが多いけれど、魔女探偵とか魔女工房みたいな手先の器用さを求められる部門には、ドワーフ魔女とか、ホビット魔女も多いよ。そうそう、ただ一つだけ、災害現場復旧業務に携わる魔女建設はオーク魔女だけで構成されてるってさ」
「でもカンテラさん、今の話に出て来た魔法使い……? それって、もしかして僕達が伝承に聞く『魔王』のことなのです? すると、魔女は魔王の一派ということに、なるのです? つまり、伝説の魔王って、実在したってことなのです? それって、魔王は実在すると主張する世界廃滅主義者が正しいってことなのです? 歴史的にものすごいこと言っているのでは……、カンテラさん、そもそもなんでそんなこと知っているのです?」
「全部、魔女会社の代表取締役から教えてもらったことだよ、その真偽は定かじゃない。僕の言ったことが、どこまで本当で、どこから間違ってるのかは、ユキくんのこれからの人生で、確かめてくれたらいいと思うよ」
あ、このことは言いふらさないほうがいいよ。信じてもらえないと思うけれど、と付け加える。