8月25日 草原の国 イオちゃんと酒場に繰り出し夕食 ジンさんの言ってたことと違う話
おそらく平成26年8月25日
剣暦××年7月25日
夜に、たまに一人でぶらりと城下町に行くことがある。
そこで、ふらふらと来たことのない酒場に繰り出して、そこにいる人達と飲み交わしたり、一人で静かに飲んだりする。
しかし、今日はひと悶着あり、イオちゃんを連れて今まで行ったことのある店で比較的客層が荒くない酒場で夕飯を食べることになった。
女の子を酒場に連れてくなんて、非常識かなと思ったが、ここは日本じゃないし、こちらの国の倫理と法律では、いいらしい。
僕も今日はお酒飲もうという気分じゃないし、ご飯だけ食べることにする。
飯だけ食べて帰っても、大丈夫そうな店を知ってるから。
店でソーセージの山盛りを食べてると、いつか見たホビットの行商人と再会する。「カンテラァ! カンテラァ!」 といつものように絡まれるが、僕がイオちゃんを連れているのを見て、すごい眼をひんむいて「コブツキィ!」とか言ってる。どこでそんな言葉おぼえた。使い方間違ってる。
流石、イオちゃんは動じず剣祖共通語で自己紹介していた。
いつものように、無理やりビール6杯飲まされた。
ちなみに、昨日の今日なので、商売の話を聞かせてもらう(いつもは言葉もわからないので、飲んで歌って終わりだが、今日は通訳できるイオちゃんが横にいる)。
商売は、大成功して笑いが止まらんらしい。
いつも、全然儲からなくて、破産して出戻るって聞いたんだけれど。
イオちゃんが聞きとってくれた限りをまとめると。
①稼いだ大量の外貨を、ゴミ捨て場で拾った壺とか、粗悪品の箱に入れて台車に乗せて引いて帰るので、傍目にはごみを持って帰ってるように見える。金を稼いだように見えないらしい。
②また、草原の国ではごみみたいなものでも、小人の国に持って帰れば高値で売れるため、拾い物のごみも売って払って足しにする。
③故国に帰るホビット達の顔がいつも暗いのは、旅立つ前日の祝勝会の酒が残ってるせい。
④あんまり儲け過ぎてることがばれ、法的対処をされると困るので、入国管理官には、国外持ち出し物を過少に申告してる。
⑤欲をかいて安全対策費用を出し渋ったマヌケは、獣にやられたり、盗賊に襲われるが、それは自己責任である。
あれ? ジンさんが言うような悲惨さを感じないぞ?
その日は、遅くまで飲み騒いだ。
イオちゃんも、いつもの仏頂面だったが、二回笑ったところを見れた。
連れてってよかった。
帰宅すると、お留守番をしていたデミトリから、「若い娘を酒の臭いをさせながら連れまわすのは如何なものか」と苦言を言われたが、あれは多分自分も行きたかったからだと思う。だって、行きはノリノリで送り出していたのに。やっぱりさみしくなったか。
「次に伴まわりが必要な場合は私が行きますので」と念を押された。
※※
今日の昼間に、急に、ぶらりと出かけたくなった。
イオちゃんを呼びつけて、今日の夕飯はいらないよ、と言おうとしたら、開口一番
「お兄ちゃん、夕飯 何がいい?」
と先に言われてしまった。
もしかして、感づいてる?
なんか、いらないと言えなくて、『夕方出かけたいから早めの時間に軽めのものを食べたい』と片言で説明。
すると、イオちゃんは付いて来るつもりだったのか、
「どこ 行くん? お伴します」
と、僕が仕事か何かで出掛けるのを想像してるみたい。
どうしよう、一人で酒場に繰り出したいなんて言ったら、何か怒られないだろうか。
……、いや、いいんだ。だって、僕は主人で、イオちゃんメイドなんだし! わがまま言ってもいいよね。
『外出したい 一人で』
イオちゃんの挙動が止まる。
なんか、息というか、体が一瞬硬直してた。
「どこ行くん?」
『散歩』
嘘ではない。ぶらつきたいのだ。
「なんで嘘つくん?」
『嘘 違う』
「どうして、どこ行くか言わないん?」
もちろん、後ろめたいことがあるからです。
『目的 ない 歩きたい』
「私も 行きます」
『一人 行く したい』
すると、僕の行動パターンを読み切ってるイオちゃんは察したのだろう。
「旦那さん 食べたくない時は いらない 言うてください」
なんか、声がちょっと冷たかった。
『食べる! 食べる! イオちゃん! 食べる』
「デミトリと 二人で 食べます。好きなところへ 行けば」
『食べたい! イオちゃん作る! 食べたい!』
反応してくれず、部屋を出て行った。
そ、そこまで怒るのか。
やっぱり、当日言われたら、食事作る方の都合もあるよなあ。
どうしよう、このままだとご飯抜きだろうか。
罪悪感に苛まれ、イオちゃんに謝りに行こうかと腰を上げたところで、デミトリが入室してきた。
「旦那様、イオが何かしましたか? どうも旦那様に嫌われたかもしれないと、落ち込んでいるようなのですが」
やめて、僕の罪悪感を増幅しないで!
恥を忍んで、デミトリに説明すると、ジンさんみたいに露骨に呆れられはしないが、窘めるような声色が混ざった口調で、説明してくれた。
「おそらく、イオは旦那様が別の女性と夕飯を取るとでも邪推したのでしょう。それで、自分が必要なくなってしまったのでは、と不安にかられたのです」
「イオちゃんが必要ないわけないじゃん……。いや、彼女にそう思わせてしまったことが問題なのか」
親元離れて出稼ぎに来ている女の子。
やっぱり、ちょっとしたことでも不安を感じたりするんだろうか。
「今まで、旦那様はイオに甘いところがございました。初めて旦那様に否をつきつけられて、驚いた。それだけでございます」
「……イオちゃんと、話をしたいけれど、大丈夫だろうか」
「台所におりますので」
厨房に下りてみると、竈に火も入れず、水場で顔を洗っているイオちゃんがいた。眼鏡を外し、顔に水がめの水を叩きつけていた。うぅ、怒ってる?
『イオちゃん』
声をかけると、振りむいて、なんかすごい睨みつけられた。
イオちゃんは、ド近眼なので、眼鏡をはずすと人を睨みつけてるように見えてしまう。
シルエットで僕とわかったのだろう。慌てて眼鏡をつけて
『旦那さん ごめんなさい 私が悪……』
「イオちゃん 晩御飯 出掛ける 僕と」
最後まで言わせなかったのが、唯一の僕の抵抗。
そういうわけで、二人で行くことにした。
デミトリも誘おうとしたが、留守番役を買って出られた。ゆっくりしてこいとのこと。
メイド服以外にはろくな服を持っていないイオちゃんは外出に少し抵抗を示したが、『値札を付けて 歩く 違う イオちゃん 普通の服 よい』という説明に納得してくれたのか、二人して普段着を着込んで、外出した。
外出してから、『イオちゃん、デミトリの夕飯の準備してなかったよなあ』と気付いたが、気付かないふりをすることにした。
イオちゃんは外出中、事あるごとに「お兄ちゃん」という言葉を使いたがった。
やっぱり、家族が恋しいのだろうか。
また、長いお休みをあげなきゃ。