8月24日 紅蓮十字救命団の歴史について教えてもらう あと、魔王復活についてうっかり口走る
おそらく平成26年8月24日
剣暦××年7月24日
ジンさんに紅蓮十字救命団の歴史について訊く。
三百年くらい前に、剣の国チートブレード及び紋の国オーバーフラッグとオークの国オーバーラブが戦争になったことがある。
戦いが佳境に入ったその日、戦場では、剣の国で最も勇猛な将軍と言われた男が、数千の歩兵を引き連れて、オークの軍勢と正面衝突。
それはもう夥しい血が流れて、地面は赤く染まったという。
オーク軍は撤退し、そこにはまた大量の人間と大鬼の死体だけが野原を埋め尽くしたが、勝利を祝い、兵士たちは勝鬨を上げた。
将軍だけが、違うものを見た。
人間だった体から流れる赤い血。
大鬼だった体から流れる赤い血。
敵、異種敵、文化も知らない、分断された向こう側の化物にも、同じ赤い色の血が流れている。
そう思うと、もうその男は戦えなくなった。
彼は故国に帰ると、同士を募り、人種国家の違いなく、戦場で傷つく人を救護する団体を結成した。
縦一つ線は、人の流れる血
横一つ線は、異人に流れる血。
二つは、同じもの、等しく、交差するものであるはずだ。
そして、血色の十字を旗に掲げ、彼は行く。
今、世界に物議をかもす、融和主義の萌芽であった。
※※
「ただし、これがうまくいかなかった。自軍敵軍関係なく負傷者を助けるなんて、戦争中にやったら利敵行為と思われても仕方ない。そもそも、異国人だって、そんなものを掲げられても、信じられるわけない。だから、負傷者を保護しても治療を拒否されたりもした」
「悲しいね」
「それでも、その男は諦めなかった。結局、病気で二年後に死ぬんだが、生きている限り、世界の戦場を巡りに巡って、負傷者を助け続けた。男が死んで十年。仲間達が引き継いだその行為は、案内人に近しい物があるとして、枠外巡礼者不可侵協定の対象と判断され、協定締結国は、紅蓮十字を掲げるテントに攻撃を加えてはいけないという取り決めがなされた」
「素敵な話だね」
「それから百年。紅蓮十字が廃れた理由は、色々あるが、一番は、組織内で運営方針について意見が分かれたことだ。このまま維持するべき、方針を変え各国に戦争の停止を呼びかける団体になるべき、争う国々に対して、制裁を喰らえるべき、とかな」
「……おかしくなってきた」
「そうして、魔王を復活させて争いのない世界に作り直そうなんて言い出したアホどもが、世界廃滅主義なんてもんを掲げ始めた」
「……」
「でもな、俺はそもそも紅蓮十字に所属できるのは、チートブレード・オーバーフラッグ・グラスフィールドに国籍を持つ人間だけだというのに、問題があったように思う。何で、そこに拘ったのか、創始者が、何のために獣頭人や異人達を参加させなかったのか、その真意を知ろうとせず、紅蓮十字は人間だけの崇高な行為、だなんて本末転倒なことを言い出した奴がいた時、この組織は終わってしまったんだ。創始者は、人間を信じ過ぎた。自分がいなくなった後も、人は正しく活動してくれると。あの人は、もっと、人を育てることを考えるべきだった」
「なんか、実感がこもってる?」
「……、俺の祖先のムーゲン・メロディア族も、協力したからな」
「そっか……。こうして、この町にいると、異人同士がつながって、いい世界ができているような気もするけれど、百年後、どうなってるかはわからないんだね」
「紅蓮十字は百年の歴史。けれど、分断主義は有史以来。まだまだ根強い」
「その分断主義ってさ、どれくらい効力あるの?学校で教えてることと、立法府の基本方針であることは知ってる。けれど、この王都には、ホビットもドワーフもエルフも、皆来てるよ」
「この草原の国が特殊なんだよ」
「平行協定が結ばれる原因となった大戦争で、大陸の西端にあった草原の国はほとんど被害を受けなかった。だから、異人に対する恐怖が少ないんだよ。剣の国ではお前まで迫害受けてたのおぼえてるだろ、異人に対するスタンスは、基本あれが普通だ」
「うーん」
「お前が先日頼んだという墨豊も、実在する人間の代筆家の名義を借りて、名義使用料を払うことで、仕事の下請けをして書かせてもらってるという名目だ。城下町に行商に来るホビット達も、一攫千金を夢見て、結局失敗して、破産して故郷に帰ってる。帰り道に強盗や獣に襲われて死ぬのが一般的だな。融和の進む草原の国と言えども、あくまで人間の国なんだよ。分断ありきで全ては成り立っている」
「それでも、外国に行きたがる人はいるんだね」
「いるよ、だから国境警備隊がある。実際問題、異人が他国で生活できる環境は整っていない。法整備もそうだし、社会システムもそうだし、そこに住む人達の心も。まだ、融和することができないから、分断しているんだ」
「お互いを知らない内は、先走って交わってはいけない、と言うの?」
「戦争を起こさないためには、お互いを知るべきではないんだよ」
「いや、お互いを知らなきゃ、平和なんてないでしょ。ただ七国が接触したら魔王復活の条件を満たすから聖典は分断するよう警告を出しただけで」
……あ、やっべ
「おい、カンテラ、なんだその魔王復活って」
「な、なんでもないし」
「お前、今すごいこと口走ったぞ。なんだ聖典警告のことだよな。それは、どういうつもりだ、おい。俺がいない時に、誰とあった?」
「あ、それは『豊後』が言ってただけだから、ただのハッタリだよ」
「お、お前『ブンゴ』と会ったのか?! いつ、どこでだ!」
「ジ、ジンさん。多分これ知ってしまったらマジやばい話だから、聞かなかったことにして」
「カンテラ……。お前、隠してるな」
「言う必要のないことは言わない。言えるのは、それまで」
「『魔王』は、実在するのか?」
「いや、それイエスもノーも口にできないくらいにまずい」
「なら、なら! 『世界を滅ぼす獣』のいる位置もわかるのか?!」
あー、やめて。まじやめて。
「ジンさん、それ、一応この世界で僕と豊後しか知らないことになってるから、聞かなかったことに、聞かなかったことに! たまたま耳を閉じてたとかで!」