3月23日 追記
おそらく平成26年3月23日
剣歴××年2月23日
明日、詳しく書こうと思うのだが、どうやら日付を数え間違えていたらしい。
今日が平成26年3月23日の夜になる。
日が昇る度に、縄に結び目を作って日数を数えていたのに、どうして間違えたのだろう。
夕飯の時に、ジンさんと話をしていたのだが、ジンさんの記憶では、どうやら大鬼の国で、オークに捕まって連行されている時に、日数を数え間違えていたらしい。
オークの国と言えば、やっぱり、もう一度行かなければならないだろうか。
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ジンさんが言うには、僕が谷に落ちて流されていたところを、オークに助けてもらった時のやりとりがまずかったらしい。
「何日気絶していたのか?」を確認した時に「12日」とガゴンさん(僕を助けてくれた大鬼国の国境警備員)は答えてくれたが、実際には「10日」しかたっていなかったのだ。
オークは物を数えるのに、8進法を使うのを、僕は初めて知った。
と、同時に剣の国の伯爵が「オークは数字を3つも数えられない」と嗤っていたことの理由がわかった。
そうか、算数のルールが全然違ったのだ。
あの時、人間の町の市場で、リーヨンちゃん(オークと人間のハーフの女の子)と買い物をした時、簡単なお釣りの計算ができなくて、泣きそうになっていたが、そもそも数の数え方が違っていたのだ。やっとわかった。
そもそも、なんで攻城戦で、投石機の放物線の計算ができるオークがニンジンを買うのに手間取っていたのか疑問だったが、謎がわかれば単純な話だった。
しかし、そうすると一つ、頭を抱える問題が出てくる。
大鬼と人間は習っている算数が違うこともお互いに知らないのだ。
人間はそれを大鬼が知能が足らないからだと馬鹿にし、大鬼は人間が侮って数字をごまかしているのだと思っている。
「ねえ、ジンさん、やっぱり王様は僕に大鬼の国に行けって言うのかな」
不安になって、ジンさんに訊いてみた。
ジンさんは両手で皿を掴み、顔にひっつけるようにきれいに舐めている。
相変わらず、ナイフとフォークを使わない犬頭人だ。
皿を置いて、ナプキンで口元を吹くと、ワンとは鳴かずにダンディな声でジンさんは答えてくれた。
「それ以外にあるまい」
「でも、すっごい怒られるんだろうなあ」
「それはな、お前公文書を偽造したのだから。もし、『麗』『鬼』二国間の戦争を止めたという功績がなければ、首が飛ぶ」
「偽造したのは、僕じゃないのに」
「お前が唆したんだろうに。それよりもカンテラ、お前はもっと考えるべきことがあるだろう」
僕の名前は観照 だから、友達は読み方をもじってかんてらと呼ぶ。
「リーヨンだったか? あのクォーターオークの娘を大鬼の国に連れていくのか?」
悩むところである。
「灰色の肌、怪力、あの大柄な体。しかし、顔はまさに人間のそれだ。人の生活圏で育ち、見た目も人間の色が濃く出過ぎているあいつを、故郷のオーク達が受け入れてくれるかどうかは、誰にもわからん。だがな、きっと、あいつはお前に連れて行ってほしいと、思っているぞ」
悩むところである。
「出発までに、お前が決めろ。我らのリーダーはカンテラだ」
悩むところである。
「……答えは、出ているのだろう?」
そう言って、不敵に口元をゆがませるジンさんだけれど、僕は悩んでいることを、伝える。
「でもね、ジンさん。実は、王女殿下や、エルフ軍戦士長の娘さんやら旅芸人のサンドラさんやらレミィさんやら、あと猫頭人のタマちゃんやら、あと竜王様んところにいた、あの巫女さん? 皆に次の旅に連れていくって約束をしてしまったんだ」
「……何してんだ」
「なんか、今回のクーデター阻止の協力をお願いしたら、皆交換条件にそれを」
「……全部、受けたのか」
「だ、だって。時間がなかったから、嘘でもなんでもとにかくわかったって」
「嘘なのか」
「う、嘘じゃないよ」
「全員、連れていくのか」
「……無理、かなあ」
ジンさんは、器用に頭の上についた両耳をパタンと閉じた。
「俺は、何も聞かなかった」
「ジ、ジンさん」
「知るか、あほ。お前一人で悩め。この好色」
ひどすぎる。それが世界の危機を救った男への言葉だろうか。
まあ、いいや。いきなり明日出発しろと言われるわけじゃないだろうし、ゆっくり考えることにする。