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かんてらOverWorld  作者: 伊藤大二郎
死霊祭が終わった!草原の国自宅での日々編
45/363

8月19日 チャームプライド公爵主催舞踏会にてごちそうを食べてダンスを踊り女の子に恥をかかす

 おそらく平成26年8月19日

 剣暦××年7月19日


 草原の国

 僕の家にて、筆記



 チャームプライド公爵とか言う、この国で五本の指に入るえらい貴族の家で舞踏会が開かれるらしく、何故か招待状が僕の手元にある。

 面識は、まったくない。何回か姫様に呼ばれて城には行ったけれど、会話らしいものは一度もしていないはず。

 デミトリは、一体どんなコネを使って招待状なんて手に入れたのかはしれないが、せっかく老骨がムチ打って手に入れてくれた機会だ。行きたくないとも言えず、床屋さんで入念に髭を剃ってもらって、密かに用意されていたタキシードっぽい服に身を包み、迎えの馬車に乗って、一路会場へ行く。


 一人では不安なのでメイドのイオちゃんに着いてきてと頼んだら、にべもなく断られた。イオちゃんはダンスも踊れるし、周りの眼を気にするタイプでもないと思っていたけれど。

 デミトリに言ったら「イオはドレスなど持ち合わせておりませんから、旦那様に恥をかかせると思ったのでしょうね」

 しまった。僕のがイオちゃんに恥をかかせてしまったのだろうか。それなりのお給料は出してると思っていたのだけれど。いや、給料のほとんどを家族への仕送りにしてるんだったか……。

 また、服を買いに連れていかなければならない。多分、連れて行かないと自分のものを買わないタイプだ。

 仕方ないので、デミトリに付き添いをお願いする。まあ、最初からそうすればよいのだけれど。

 嫌な予感が的中して、行く途中の馬車の中で今日舞踏会に参加する独身女性の。年齢、髪の色、趣味、家柄を延々と説明された。

 なんとか話を遮ろうと、今日の主催であるチャームプライド公爵について、教えてもらう。

 リベラル派で、僕に対しては好意も悪意も持っていない人だから、お邪魔しても怒られたりはしないだろうとのこと。しかし、今日は、先日の死霊祭に対して準備に奔走した人々を労うためのパーティだろうから、僕の手の者が王都で破壊活動の限りを尽くしたという噂(半分事実だが)を知っている人たちの印象は、最悪だろう。

 とりあえず、主催者に挨拶したら、飯だけ食って、さっさと帰ろう。



 と思っていた時期が、僕にもありました。



 デミトリを公爵邸の前に待たせて、会場に入ると、広がる光景に足が止まってしまった。


 結婚式場の披露宴くらいでしか見たことのないような豪華でとにかく広い部屋に、見たこともないごちそうが並んでいる。

 部屋の片端では、公爵家お抱えの楽団が、僕の知らないメロディの室内楽を奏でている。

 壁から天井まで、天使みたいな美しい女神達の絵が一面に描かれている。

 部屋中に、豪華で、おしゃれなドレスに身を包んだ女性達がパートナーを連れて闊歩してる。


 まさに、映画か漫画の中でしか見たことのないパーティというものが、そこにはあった。

 隣のここよりも一回り大きなダンスホールでは、年若い男女が相手を見つけてダンスとしゃれこんでいる。



 こ、これは……。

 この世界に流れ着いてきてから、いろんな風景を見てきた。

 

 緑生い茂る山々がひたすらに大地を埋め尽くす山脈

 千年前からあるという巨木と、それを巣にする一体の竜

 たとえどんな日照りであろうと、水を湛え続ける滝壺

 初代オーク王が所持していたという7振りの棍棒

 異界ラドゥバレトフ唯一のトランペッター、シャック・ジョリーン・シックス

 忘れられた獣頭人の祭壇が安置されたストーンサークル


 この世界にあふれている美を、いくつも見てきた。


 けれど、こんな美しい建物が、美しい絵画が、美しい音楽が、すべてが調和してそこにある、人工の美。贅沢な美。

 

 圧倒的な活力。

 こんな世界があったんだなあ、と庶民としては、なんとも言えない感慨を味わう。


 何より、飯のうまいことうまいこと。

 多分、サーモンのマリネだと思うが、二皿食べてしまった。

 こんちくしょう、白飯が欲しい。



 一番、恐れていた僕を白眼視する皆の視線というものも、なかった。

 普通の人より一回り高い身長と、二周り以上大きい体重に、最初は皆戸惑って距離をあけていたが、主催者であるチャームプライド公が品のない大声と笑顔で僕に近づき、肩をばんばんと叩き『ゆっくりしていきたまえ』と言ってくれたのを見て、皆ある程度警戒を解いたのだろう。色々を声をかけてくれた。

 僕は僕でここにいる人たちの言葉を片言でしか使えないし、難しい単語もわからないので、子供みたいな喋り方だったのだろうが、それが逆に受けたらしい。

 つまり、裸の大将みたいなものか?


 特に、年配の女性や、年若い青年位に、僕の話はうけた。

 そうか、この人たちは僕が当たり前に見てきた外国のことを何も知らないのだ。下手をすれば、オークやドワーフなんて一度も見ることなく人生を送る人達なんだな。

 そう思って、僕の中ではベストエピソードだと思う、エルフ飲み比べ祭りにおけるきゅんらぶ大合唱か、国王陛下ビア樽大爆発事件について話そうと思ったら、竜山脈戦争の話を求められた。

 正直、大して僕の活躍のないエピソードだから、飛ばしたいんだけれど。

 

 なんでも、噂が広まって、僕が竜を退治したことになってるらしい。

 んなわけねーだろ、レミィちゃんとシャラクさんが倒して、ドワーフ王が止めさしたんだよ。で、僕が看取っただけ。



 まあ、それなりに盛り上がってよかった。 



 ※※



 さて、帰ろうと思ったけれど、一応みやげ話にと、ダンスホールを覗くことにした。

 若い男女がめいめいに踊ったり、語り合ったりして楽しそうにしている。

 全員、美男子美少女だ。

 そうでないのもちらりほらりだけれど。


 しかし、ここにいる誰よりも背が高く、ここにいる誰よりも腹の出ているトトロ体型の僕がでしゃばるのは、ちと難しそう。

 この中に入っていって、そこらへんの女の子に声をかけて一曲踊る。

 おい、すげーハードル高いぞ。

 何しろ僕は剣祖共通語で『お嬢さん、一曲踊っていただけますか』を何と言うのかも知らないのだから。


 確か、壁際の椅子に座ってる女の子に声をかけたらいいんだったろうか。



 ……いた。



 南側の壁に、いくつも並べられた椅子の、一番端の椅子に座ってうつむいている女の子がいた。

 いかにも、場慣れしていない様子。

 

 そう言えば、デミトリが行きしなに説明していた独身女性リストの中に、あの子の説明もあったような気がする。

 

 声をかけようかと思ったが、なんかそれは違う気がしてやめて、ごちそうを食べることにした。




 三十分後、もう一度ダンスホールに行ってみると、やっぱりあの子は部屋の片隅でうつむいて座っていた。


 ……。


 気が付いたら、彼女の前に立っていた。


 僕の気配に気付いたのか、彼女は顔をあげた。そして面喰っていた。


 まあ、いきなり目の前に今まで見たことのない肥満の男が立っていたら、ね。


 まあいい、振られるのも土産話だし、デミトリにも言い訳が立つ。


 横の男性が言っていた言葉を聞いて、多分あのフレーズが誘い文句だという言葉を意味もわからずに使う。


『お嬢さん、私と一曲踊っていただけませんか』と言ったつもり。


 ビンタされたら、嫌だなあ……。いや、無言で怯えられる可能性も……。ああ、やめときゃよかった。

 彼女は立ちあがった。 


 驚いた。立ちあがった彼女と眼が合う。

 僕と視線が合うほど、彼女の背は高い。おそらく180近くあるんじゃないか?

 もしかして、そのせいで誰も声をかけなかったのだろうか。

 周りがざわめいた。

 もしかして、僕は彼女の嫌がることをしてしまったのでは……。 



 五分後。




 僕はその女の子と、ダンスホールの真ん中で踊っている。


 あれー?


 ちょうど会場に流れていたのは3拍子の曲で、こちらの世界のワルツみたいなものだ。

 社交ダンスの経験はないのだけれど、高校の文化祭とか大学時代の演奏会などで、人前で踊る機会はたくさんあったので、練習すれば大体なんとかなる。

 ここに来る前に、イオちゃんに練習相手をしてもらってしっかり覚えてきた。


 初歩中の初歩の、子供でもできるようなステップだけだが。


 やばい、これはこの子に余計に恥をかかせてしまうのでは……。


 なんだか、周りの僕達を見る喧騒も、僕よりも、この女の子への視線のが多い気がする。

 もしかして、この子は社交界で有名な、いわゆる『壁の花』という奴なのか? なら、悪目立ちも甚だしい。

 どうしよう、と不安げな眼をしていたのだろうか。


 女の子は、僕に『大丈夫 私に任せて』と言って、ゆっくりと僕の手を引っ張った。



 驚いた。


 簡単な初歩ステップしか踏めない僕が、ちゃんと踊れている。 

 というか、踊れるように、この女の子がレベルを落としてくれている。

 僕が揺れる方に体を揺らし、彼女が揺れたい方に、僕を連れて行ってくれる。

 僕は身をほとんど委ね、彼女の示す方に、無駄に自信を持って足を進めるだけ。

 それだけで、なんかちゃんとリードできているように周りにも見えているんじゃないだろうか。

 踊ってみてわかった。ダンスは、コミュニケーションだ。二人の心が一緒に揺れる。

 こんな、楽しいものだったんだ。


 そして、ふと疑問が湧く。なんで、こんなダンスの上手な人があんな部屋の隅っこに?


 多分、彼女の身長が180m近くあり、ここにいる僕以外のすべての男性より高いせいだろう。その上、ダンスまでうまくちゃ、リードできる自信もなくて、誰も声をかけにくいと、そういうことなのだろう。

 女性にリードされることに定評のあるカンテラには、何の問題もないのだ、やったね。



 演奏が終わる。お互いに一礼して、少し見つめあう。

 彼女の顔が、上気していた。踊るのが、好きなんだなあ。彼女は言った。

『あの……、よろしければもう一曲』

 僕は、なんと言おう。

『この ステップしか できない』

 彼女は笑顔で何か言った。早口過ぎて、聞き取れなかったが「大丈夫 私がリードしますから」的なことを言ったのだろう。


 二曲目が始まり、また体を組もうとして壁の柱時計を見やり……。



 僕は、彼女の掴もうとする手をすり抜けて、彼女から離れた。

 彼女は不安げに、僕に何かを訊こうとするが、それを遮って、僕は謝る。

『ごめんなさい!』

 謝って、その場を走り去る。

 演奏が始まったダンスホールの真ん中で、女の子は一人取り残された。





 走った。

 あれを見ては、こうせざるを得なかった。

 僕は、本当にあほだ。


 

 部屋の北側にかかる大きな柱時計の下、年老いた女性が、椅子に座り、その孫娘らしい年齢の少女が付き添っている。一瞥した時は、家族で来ているのかな、くらいに思ったが。

 その老婆が、胸を押さえてうずくまるのを見てしまった。

 周りに人は少なく、老婆に気付いていない。

 眠そうに窓の外を眺めていた孫娘が、老婆の異変に気付き、その体をゆすり、名を呼ぶのと、僕が全力疾走のスタートを決めるのは、同時だった。


 ああ、馬鹿だ。

 僕が行っても、何にもなるまいに。

 僕はこの国の言葉で「大丈夫ですか?」も言えないのに。

 残された女の子は、どう思うだろう。ああ、結局恥をかかせてしまった。

 この屋敷に医者はいるのだろうか。医者ってなんて単語だったかな。とりあえず大きな声で『医者!』とか言えばいいのかな。

 あの子は孫娘か、必死に肩を掴んで揺らしている。いや、それ逆効果だから、安静にしてあげて!

 周りの人は突然のことに膠着している。まあ、普通は体動かないよね。

 でも、使用人はさすがプロ、動きだしている。

 でも、一番最初に老婆の元にたどり着くのは、僕のようだ。


 たどり着いた。孫娘(仮)が、眼をひんむいて僕を見ている。

 ううむ、ただしい反応だ。 

 とりあえず、老婆を抱えあげる。どこか、横になれるところ。

『寝る 場所!』

 二番目に到着した使用人が「こちらです」という風に案内してくれるので、ついていく。

 人が一人寝転がれるくらいのソファがあったので、そこに寝てもらう。

 おばあちゃん、汗びっしょり。

 僕も、汗びっしょり。

 ポケットに入っていたハンカチでおばあさんの顔を拭く。

 しかし、汗は全然ひかないし、息も荒いまま。

 ど、どうしようジンさん。そっか、ここにはいないんだった。

 老婆の汗を拭く僕の右手も震えている。どうしたらいいかわからなくて、混乱してる。

 周りを見渡すが、皆おろおろしていた。

 誰か来てくれ。こういうトラブルに強い人。

 やばい、こんなとこ来るんじゃなかった。 


 と、一人混乱に陥っていると、誰かが、僕の額の汗をぬぐってくれた。


 ん?

 顔をあげると、先ほどまで一緒にダンスを踊っていたあの長身の女の子。

 右手のハンカチで僕の顔を拭き、左手で、不安で涙目になった孫娘(仮)の頭を撫でてあげている。

 そして、一言。

『大丈夫ですよ』

 美しい声だった。



 我に返ると、なんだか憑き物が落ちたようにさっぱりした気分。

 よし、落ち着いた。

 うん、わからないことはわかる人に訊けと言うが、誰に訊く?


 一人しか思いつかない。


 可能な限り息を吸って、彼の名を叫ぶ。



「デミィトーーーーリッ!」


 老執事は、その飄々とした老人ぶりをかなぐり捨て、全速で走ってきた。

「デミトリ、無茶しすぎ、体に気をつけて」

「旦那さま、ご用命でしょうか」

 息をはーはー言いながら、デミトリは答えた。

 周りのざわめきが一段増える。

 皆が口々に『デミトリだ……』『なんでこんなところに』『生きていたのか』なんていっているが、この際無視。

「デミトリ、こういう状況だから、なんとかして」


 執事は二度深呼吸をして息を整えると、僕を押しのけ、老婆の脈を測った後、そばでうろうろしている使用人に指示を飛ばした。

 使用人は背筋を伸ばすとダッシュでどっか走って行った。

 その後も言葉はわからないが、的確な指示を出し続けたのだろう。

 いろんな人が走り回って、老婆に何か薬のようなものを飲ませて、寝かしつけた。

 なんでも、もともと持病があって、はぐれていた老婆の息子から、老婆のバッグに入っている薬を教えてもらったという。最近は発作も落ち着いてきたので、久しぶりに孫を連れて社交界に顔を出したら、このようなことになったのだとか。使用人からその説明を聞くのに、10分かかった。

 本当、読み書きはできるけれど、聞きとりは全然できない。

 

 まあ、無事でよかったよかった。


 騒ぎを聞きつけて現れたチャームプライド公は、事情を聞くと僕の両手をしっかりと握ってしきりにありがとうありがとうと言っていた。確かに人命救助は嬉しいけれど、結局助けたのはデミトリ。 僕は走って慌てふためいただけ。

 なんだかなあ。




 帰りの馬車の中、デミトリと今日の反省会。

「あれだね、『大丈夫ですか?』と『医者を呼んで』くらいは公用語で言えるようになっとかないと話にならないってことだね」

「旦那様、要点がずれております」

 わかってる。

「大失敗だった」

「女性陣とお話が弾んだり、ホールの真ん中でどこぞの令嬢を踊りに誘ったと伺いましたが」

 女性陣と言っても、既婚のおばさん達ばっかりだし、踊りに誘った令嬢にはひどいことをしてしまった。

「踊りに誘って、ひどいことをしてしまった。もう合わせる顔がないよ」

「……失礼ですが、詳しくお話願えますか?」

 そこで、何が起きたかを説明する。

 一人でつまらなそうだから、踊りに誘ってみたこと。途中までは盛り上がったこと。苦しんで倒れた老婆を見かけたので、その場に置き去りにしたこと。

「落ち着いてから探したけど、いなかった。近くの使用人に聞いたら、帰ったって」

「……」

「恥をかかせてしまった」

「旦那様」

「……はい」

「その娘は、旦那様の後を追いかけて、旦那様にハンカチを渡したのですね」

「うん……」

 僕の左手には、それが握られてる。刺繍が施された高級品らしい。

 『ミシェール』と、書いてあった。あの子は、そういう名前らしい。

「旦那様、それは俗に言う脈ありというやつでございます」

「……そういうもんなの?」

「嫌いな相手に、ハンカチ渡したりしないでしょう」

「まあ、そうか」

「それに、旦那様と共に、老婆の介抱をしたと言うではありませんか」

「うん、勇気のある女性だったよ。あの場であんなことができるなんて」

「我が孫ながら、お誉めにあずかりまして、誠に光栄にございます。なにぶん、意気地の弱い娘でして、次の約束も取り付けられずに、逃げ帰ってしまったのでしょう」

「うん……、ん? 孫?」

 老爺は、にやりと笑う。

「ミシェール・バタリオン・フレイムロードは、私の孫にございます」


 ……、なんだそりゃ?




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