12月7日 草原の国 背中に翼の生えた女の子、子犬の散歩に行く。
おそらく平成27年12月7日
剣暦×○年11月7日
草原の国グラスフィールド
王都 僕の屋敷
飼い犬のクッキーの朝の散歩をしているのだが、現代日本のそれとの大きな違いが、糞の回収袋を持って歩かないことだろう。
町中でワンちゃんの粗相を放っておくのはいささか躊躇うが、一度袋に入れて持って帰った時に、メイドのイオちゃんから「旦那さんそんなもの持って帰ってどうするん? それで薬でも調合するん?」とかなり怪訝な眼で見られてから、止めた。
しかし、いいのかなあと悩んだりもしたが、下僕エルフのレンちゃん曰く「大通りのごみ拾いを生業とする者もいますから、気にしない方がいいと思いますよ」とアドバイスを受ける。
そういや、王都を行き交う馬車も、垂れ流してるもんな。
この国の人々がそう言うのなら、それでいいのだ。
さて、今朝は背中に翼の生えた女の子コイオリちゃんに一人でクッキーの散歩を任せた。言葉も喋れずどこから来たかもわからない明らかに異形な少女を子犬連れて歩かせるのはさすがにまずいんじゃないかとも思ったが、ちょうど今は冬で寒い。僕の上着を貸してあげると、体格差のせいで背中の翼もすっぽり隠れて、着膨れした女の子にしか見えない。試しに外を出歩かせてみることに。クッキーが僕の家の犬だって町の皆も知ってるし、多分『またカンテラが女連れ込んでるぜ』としか思われないだろう。それはそれで問題だけど。
普通にティフトン通りを一周して帰ってきた。騒ぎも起きなかったようだしばれなかったのだろう。
ただ、コイオリちゃんが犬のうんこを入れて袋を持って帰ったのには困った。
なんて説明したらいいんだろうか。
……いや、もしかしてコイオリちゃんは、飼い犬を散歩させたらうんこ持ちかえる文化のある世界からやってきたってことか?
※※
ブンゴ、来たね。
今日も話をする前に一つ頼みたいことがあるんだけど。明日から、コイオリちゃんに言葉を教えてあげてくれないかな。やはり言語を使ってコミュニケーションを取る必要がある。この世界で君よりこの世界の言葉を知ってる人間はいないから……、ありがとう。
えっと、確か昨日は初めてこの草原の国に来たところまで説明したんだっけ。
君が爆笑するからお開きにしたわけだが。
うん、ジンさんとはぐれて迷子になって、その後辻芸人の真似して稼いだお金で金髪縦ロールのカツラを被って歩いてたら、やっとこさジンさんに見つけてもらったんだ。僕の姿を見るや怒られたよ。『あれか、俺を試しているのか! 俺を困らせたいんだな?!』とか言ってさ。そりゃまあ、迷子になったのは謝ったんだけれど。
その後は、ジンさんの予約してくれた宿屋に泊ったよ。その頃はジンさんはまだ獣頭人と人間のけじめってやつを守ってて、僕と一緒に食事したりしなくてね。「明日迎えに来るから、絶対に動くなよ。絶対だからな」って念を押して自分は獣人宿に行ってしまったよ。
まあ、僕だってそれがフリだなんて思ってないから、大人しくするつもりだったんだよ?
それが、僕の泊まってる宿が火事になっちゃってね。
どうも火の始末を間違えたらしい。焼け跡見たら、台所が一番ひどかったから。
とりあえず、死人が出なくてよかったんだけれど、困ったことになってね。
せっかく買ったカツラが、燃えてしまった。しかも、宿屋の主人の足の悪いおじさんとその娘さんを抱えて逃げたら、自分の荷物とか明日城に着て行く服を持って逃げるの忘れてさ。全部消し済みと化してしまった。
財布はジンさんに預けちゃったから、一文無しでステテコみたいなぼろい一張羅。
明け方まで焼けおちる宿屋に皆で水をかけたり壁を打ち壊したりして、やっとこさ火が落ち着いてきたら、体が冷えて来てね。寒かったんでどこか寒さをしのげるところを探してちょっと歩いたら。
……迷子になっちゃったんだよねえ。
これは急いで元の場所に戻らないとジンさんに怒られる。って慌ててうろうろしてたら、もっと迷って。
なんか裏通りに迷い込んで。
ホビットに出会ったんだ。
ジンさんから分断主義について学んでいたから、なんでここ人間の国なのにホビットいるんだろう? とは思ったよ。その時はまだ草原の国がホビットの国と取り決めして、わずかな商人の行き来があるなんて知らなかったし。
ただ、そのホビット達は僕のこと知ってた。僕がホビットの国でハピナ王女とうろついていた時分に会ったことのある人達だったらしくてね。僕よりも先に旅だってこの国で商いをしていたようだ。
『カンテラァ! カンテラァ!』ってはしゃいでた。
どうやら、彼ら荷車の車輪が溝にはまって立ち往生していたようだから、荷車持ちあげたげた。力仕事は得意だし。
それだけだったんだけど、妙に喜んではしゃいでくれたよ。本当、ホビットは何でも楽しみたがる。その時、火事場騒動で疲れていたのかな。「そうだ、この人達は僕よりこの国の地理に詳しいよね」と思って、案内を頼もうとしたんだ。
けれど、ホビットはホビット語しか喋れないし、僕も当時は日本語しか喋れなかった。
だから、遠くに見えるお城っぽい建物を指さして「あそこに行きたい」ってニュアンスを身ぶり手ぶりしたんだ。お城に行くとジンさんいってたし、近付けば会えるかもと思ったんだね。
すると何か合点がいったらしいホビット達は4人がかりで僕を担ぎあげるわ、神輿みたいに運び始めた。
小人神輿にゆられて視える一番背の高い建物に着いたよ。
途中で街路樹の枝で顔を売ったり、二階の窓からおばちゃんが道端に捨てた水を頭から被ったり、ひどい目にあったけれど。
さて、そんなわけで王都の城に着いたわけだ。
門兵がこれ以上ない程眼を見開いて僕を見てたよ。
で、何を思ったのかホビット達は僕を担ぎあげたまま門に突っ込んでいった。
まさかそのまま入城する気かと、僕もこれ以上ない位眼が見開いたけど。
そこで後ろの方からジンさんの声が聞こえたんだ。宿屋に迎えに行ったら、焼けおちていた上に僕が行方不明だから、走り回って探してくれいたんだろうね。遠くからでもくたくたなのが見て取れた。
ジンさんが「止めろおお! なんでホビットに担がれてるのかとか無事だったのかとか訊きたいことは色々あるが! とにかく止まれ! その成りで城に入るな! 俺をこれ以上困らせるな!」とか必死に叫んだけれど、別に僕が行けと行ったわけじゃなくて、言葉の通じない友人達が僕を城に運び込んでいるのだ。
僕もジンさんに叫んだよ。「ジンさん! ホビット語で『止まれ』ってなんて言えば言いの?」
でも、ジンさんが事情を把握して暴走したホビット達のための言葉を吐こうとする前に、唖然とした門兵の横を通り抜けて。
通りかかりのメイド服を着た背の高い女性にぶっ飛ばされて止まった。
スノウさんだよ。姫様のお付きメイドで、僕よりも前の異界漂流者から学んだ柔道か何かを代々伝えているらしく、とても強い。
その人に取り押さえられた。ジンさんがジャンピング土下座で平伏しながら訳を説明して、やっとこさ僕が今日の客人、ホビットの国からやってきた異界漂流者『カンテラ』だと理解してもらった。
その後は、ブンゴも知ってるでしょ? 大臣が貸してくれたぴっちぴちの服を着て草王ギャリク陛下の前に出て、生活の面倒をみる代わりにドワーフの国へ行くように頼まれたって話。
そう。それで僕は次はドワーフの国に行くことになった。他にいくあてもなかったし、準備金ももらったから、断るわけにもいかなかった。ん? その金でこの屋敷を買ったのかって? それから半年先だよ。それまではずっと旅をしていた。いやね、ドワーフの国に行くためにもらった準備金は宿屋のおじさんにあげちゃったんだ。両隣の家も半焼しちゃったみたいだからさ。皆困ってたし。
で、ドワーフの国に行くことになって、ドワーフの国に詳しい案内人を雇わなければならなくなった。
ジンさんしかいなかった。そもそももらった準備金で、草原の国まで案内してくれたジンさんに案内料を払うつもりだったんだけど、全部人にあげちゃってさ。
ドワーフの国へのお遣いが済んでもらったお金で案内料を支払うから、それまで一緒に旅をしてくれるように頼んだんだよ。
ひどくねーし。
そりゃ、対価の支払いを滞らせたのは僕が悪いよ。でも、火事にあったおじさんの見舞いにこの準備金を使いたいって相談したら、ノータイムで賛同したのはあの犬頭人さんだからね。
流石に、全額あげたって言ったら眉間に皺を寄せてたかな、文句は言わなかったけれど。
準備金がいくらあったか? さあ、包みを開けないでそのまま宿屋のおじさんに渡したから。
ただ、この前その宿屋の跡地を通ったら、三階建ての超高級旅館が建ってたから、結構な額が入ってたんじゃないかな。二度と燃えないように、レンガ造りだった。




