11月22日 草原の国 レンちゃんの始末
おそらく平成27年11月22日
剣暦×○年10月22日
草原の国グラスフィールド
王都 僕の屋敷
姫様に会わねばならないが、ザ・平民であり異世界人の僕が会いたいからと言ってアポなしで王族に会えるわけもなく。
さて、どういう大義名分があればよいのかと無い知恵をひねるが、無い物は無い。無為に一日過ごしてしまった。
さてさて、話はまったく変わるのだが、恵から、僕がレンちゃんを甘やかしていると言われた。
そんな感覚全然ないのだけれど理由を訊く。
どうも、レンちゃんが無許可で僕の部屋に入っているのを見咎めたということだ。僕のいない時に入りこみ、僕の椅子に座って微動だにせずにしているダークエルフを見てちょっと怖かったとの感想も付け加えて。
言い分としては、恵やイオちゃんはそこだけは遠慮して僕に許可を取ってからでないと入室していないのに、レンちゃんだけが自由に出入りさせているのは腑に落ちない。もし、彼女が下僕であるから、人としてカウントしないから出入りも無視するというのなら、それも気に入らない。ということだった。
なるほど。
けれど、実は僕それ知ってるし、レンちゃんにも許可を出していると言ったら、烈火のごとく怒りだした。
僕がいいって言ってるんだから、いいじゃんとは思いながら経緯を説明する。
ある日、レンちゃんの姿が見えないなと思い探していると、僕の部屋で見つけたことがある。僕の椅子に座って微動だにしていないのは確かに怖かった。
なんでそんなところにいて、なんでそんなことをしているのかを訊き、もしかして自分の部屋と机が欲しいのだろうか? と確認してみたところ、回答はこうである。
「カンテラ様との旅を思い返していました。ここに座っていたのは、カンテラ様と同じ目線を経験すれば、同じ目線で物事を考えられるんじゃないかと思って……」
なんと答えればいいのかわからなくて「ま、まあ、いいんじゃない」とか言ったのだ。だから、僕が自由に時間を使うように命令した時に部屋にいない時は、大体入り浸っているようだ。別に僕が自室にいる時には座ったりせずに壁の隅に移動しているし、僕のプライベートに口を出さないし日記を勝手に読んだりベッドで昼寝をしているわけでもないのだから、いいかなと思っている。
というようなことを説明すると、恵はやっぱり劫火の如く怒り
「なんだよそれ、言ったもん勝ちなわけ? だったら私もあのふかふかベッド使わせてくれてもいいじゃない」
とかぷんすか怒る。君の部屋の布団と大して変わらないのだけれど。ベッド自体は、対荷重対策に豪勢ではあるけどさ。
まあ、その話は置いておいて。
今日、レンちゃんの使っているドワーフ語は古臭くてちょっと表現がまずいことを本人に説明した。
顔を真っ赤にして震えていたけれど、自決だけは踏みとどまってもらう。
とりあえず、落ち着いたレンちゃんに魔女郵便草国支部までおつかいを頼み、手紙を届けてもらい、帰りにお菓子を買ってきてもらう。
冬にしか売られていないお菓子がこの国にはあり、それがついに店先に並び始めた。
地球にいた時に食べたことがなかったのだが、果たしてこれって何が材料なのだろう? イオちゃんに『これ』作れるの? ときいてみたら「作れるけれど、旦那さんに食べてもらえるほど美味しくはできん」とのこと。結構驚き、イオちゃんでもそういう料理があるんだな。
まあ、そういうものは、お店で買って皆一緒に食べればよい。それだけの話。
※※
昼間、僕の部屋にレンちゃんを呼びだす。
呼びだすと言っても、僕が「離れていて」と命令しない限り、僕が気にならない死角に潜んでいるんだけれど。
誰もいない自室。椅子にどっかと座り、虚空に向かって「レンちゃん」と言えば、「はい」と声が突然聞こえ背後から現れる。
本当、忍者だよな。
「レンちゃん、そこの椅子に座って」
命令しなければ、「休め」の体勢も取らずに立ちっぱなしなので、いちいち指示が必要。なんだか、下僕になってからの方が面倒。まあいい。
言われた通り僕の向かいの椅子に座ったレンちゃんに、ちょっと挑戦的なことを言う。
「レンちゃん、腰に佩いたエルフ刀、外して僕に渡してくれる?」
以前、うちでメイドをしていたダークエルフ達にこれを言って真剣に断られたことがある。人を護衛したり、戦うことを生業とする彼女達はいかなる場合であろうとその武装を身から外すことに抵抗がある。ダークエルフという生物にとっては、刀はアイデンティティであるのだ。
「はい、どうぞ。お受け取りください」
即答で恭しく差し出された。あれ? 僕の疑問に気付いたのだろうか、レンちゃんは続けた。
「カンテラ様、私は今カンテラ様の命令を聞くために生きているのですから、刀くらい外しますし、浜崎あゆみだって歌えと言われたら歌います」
あ、そっか。物分かりがよくなって助かる。
刀を受け取り、大切に僕の手元に置く。
「他に、隠し武器とか持ってない?」
「ございませんが……?」
いぶかしむ。そりゃそうだよね、僕が今更レンちゃんに武装解除命令を出すのも意図がわからないだろう。
うん、本人に説明したらどんな行動を取るかわからないから、先に危ないものを手元から離しているだけなのだ。
「レンちゃん大事な話があるんだ」
少し深刻気に口にしてみたが、レンちゃんは平気な顔をしていた。僕が何を言おうと、受け止める覚悟はできているのだろう。
僕も意を決する。
「このまえ、レンちゃんに教えてもらって書いたドワーフ語の手紙なんだけれど」
「はい、カクリコ氏に手直しを依頼されて、全部書きなおしをされたのも存じております」
「なんで知ってるの?」
「カーテン裏の死角で、カンテラ様が夜通し描き直しの作業をされているのを見ていましたので」
あんなところに隠れてたの?!
「そ、そうなんだ?」
「? カンテラ様、私はそのようなことを気にしたりはしませんが。むしろ、私の説明が下手で、描き直しを余儀なくなれたのでは?」
どうやら、本気言っているようなので、僕も核心を話すことに。
「うん……その、レンちゃんの教えてくれたドワーフ語なんだけどね、どうも昔の言葉らしくて、今のドワーフに通じないそうなんだ」
「……?!」
流石に驚いたようだ。
「多分、ダークエルフの中でドワーフの通訳をした人って、少ないんじゃないかな。かなり昔の情報をそのまま使っているんじゃないかって話になって……それでカクさんに添削を再度お願いしたんだ」
レンちゃんの眼が少し泳いだ。
やはり動揺するよね。
「わ、私は……ご主人様になんと愚かしい真似を」
声も震えている。
「いやそれは別にいいんだ。言葉ってのは生き物だからね。実を言えば、ジンさんの方がもっとひどい間違いをしたことだってあるんだよ。それは僕はまったく気にしていないし、むしろ「気にするな」と命令する」
そうは言っても、やはり恥ずかしいよね。
……今からもっと恥ずかしいことを言わねばならない。
「レンちゃん、ごめん。レンちゃんの使っているドワーフ語は、現代は同じ言葉でも意味がまったく異なっていることがあって、少し卑猥な表現になるところもあるんだ。だから、もしドワーフ語をこれから使う機会を考えているのなら……」
「どこですか」
「え?」
「私の言葉の、どこら辺が卑猥だったのでしょうか。カンテラ様にどのような言葉を教えてしまったのでしょうか」
悲壮感がただよいはじめている。これ、説明して大丈夫なのだろうか。
「……」
「……私を想ってくださるなら、正直に仰ってください」
「……。【親愛なるレミィちゃん】のところ。あれね、あの言葉を現代のドワーフに読ませると【レミィちゃんスケベしたいでござる】になるらしいんだ」
……。
「……は?」
レンちゃんは、僕と同じリアクションをした。泳いでいた眼が、ぴたりと止まり、僕に救いを求めるようにまっすぐに、まっすぐに。
「カンテラ様」
「本当のことなんだ。僕もそんなので騙されるわけないと怒ったのだけれど……本当のことなんだ」
まっすぐを向いたレンちゃんの視線は、徐々に下に降りて行き、最終的に俯いた。
ああ、恥辱に震えるってこういう感じなんだな。もう見るに耐えられない様子でいた。
とりあえず、彼女の手元から自決用の刃物を離しておいてよかった。
「あの、レンちゃん死ななくていいからね」
「死にません」
震える声だった。
「私、カンテラ様が悲しむようなことはしません」
有難い言葉である。
「生き恥をさらし続けても、絶対に逃げません」
強い子だ。
「だからどうか、お願いです。笑わないでください」
笑えないよ。
「……やっぱり笑ってください。馬鹿話にしてください」
……どっちにしろ笑うテンションではないのであった。
レンちゃんが突然叫んだ。
「恥ずかしいいいいいいいいいいい」
ごめん、笑った。