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かんてらOverWorld  作者: 伊藤大二郎
旅の始末
321/363

11月19日 草原の国 カクさんの始末・2


 おそらく平成27年11月19日

 剣暦×○年10月19日


 草原の国グラスフィールド

 王都 僕の屋敷



 カクさんは今、エルフの国のオーガ女王陛下と契約を結んでエルフ領国土調査を行っている。『案内人』証明書である枠外巡礼証左を持つガマグ・ガーデニング族だけでなく、大陸中の豹頭人に協力を依頼し、いくつかの都市群とその間を結ぶ異常に厳しい自然環境の中で、まだまだ残る未開拓地域の探索や、開発地域と地図資料との照らし合わせを行っているようだ。カクさんからの手紙にはそう書いている。しかしあの人、可愛い字だよな。

 さらに、今日、草原の国の僕の屋敷に相談したいことが合って、代表者数名でくると手紙を寄越してきたのだ。

 多分、多くて4人くらいだろと思い、昨日はお茶受けになりそうな、1箱6個入りのチョコを買いに行ったのだが、そう言えばカクさんは変に気を使わずにオカワリができちゃう人なのを思い出し、もう1箱買っておいた。あと、家人へのおみやげも一つ、と計3箱購入。

 まさか、豹頭人14人で来るとは思わなかったが、お菓子は足りた。

 空いた口がふさがらないというやつだが、応接間に案内してぎゅうぎゅう詰め。大型の獣頭人14人も入れる部屋ではないのだけれど。椅子も足りないので、レンちゃんが屋敷中からお客様を座らせてるのに憚りのなさそうな椅子をかき集めてきてくれた。

 メイド長のイオちゃんは「旦那さん、御茶を入れるカップが足りん」と耳打ちしてくる。僕、食器にこだわらないからなあ。と困っていたら、恵が手をまわしてお隣のマダムニーヤンからティーカップを借りてきてくれた。マダムは獣頭人を愛人として囲うような人だから、豹頭人にカップ使わせても文句ないだろう。

 恵は「じゃあ、私はバイトに行かねばならないけれど、くれぐれもマダムには礼を言っておいてね。あと……もしエルフの国に来てくれと言われても、断りなよ。年末年始くらいは、この国で過ごそうよ」とか言って外出した。あの口ぶり、もし僕がエルフの国に行くとなったら彼女も付いて来るつもりなのかなあ。

 さて、そんなこんなてチョコを食べてお茶を飲んでなんで14人もいるのかそれとなく訊いてみると、彼らはカクさんに協力してくれる各部族の代表者達だとか。草原の国の僕の屋敷に誰が行くかという話になった時、ふだん案内人をやっていない各部族がみんなして行きたいと主張したらしく「みんなで来てしまいました。……ごめんなさぃ」とか小声で謝るカクさん。道理で周りの豹頭人たちは妙に落ち着きがないし、部屋の中に視線を泳がしているし、出されたチョコを見て「小さい……、人間はこんな量でお腹膨れるのかな」とか呟いたり、僕をこっそり見て「大きい……」とか口から洩れていた。

 さて、どうやらその他大勢は観光目的みたいなので、代表者であるカクさんに「で今日はどんな用事で来たの?」と訊いてみたところ、用件は二つだった。


①新しいエルフロードを開拓しようとしている。ルートが確定したら実地試験としてカンテラにそこを歩いて欲しい。

②そのルートに『カンテラロード』と名付けさせて欲しい。使用料払うから。


 どっちもなあ。

 即答はせずに、後日答えることにしてその日は終わる。

 相談が終わるとそのまま彼らは散り散りに王都へと消えて行った。どうやら、僕の屋敷を訪ねた後は初めての外国の見学のために、自由行動の時間を取っている。観光かよ。

 カクさんは外国慣れしているので、集合時間までゆっくりと時間を潰すつもりだ。僕の屋敷で。

 「獣頭人って、人に対して一線引いたような対応する癖に、一線を越えると図々しくなるよね」と軽口をたたくと、うつむいて無言で家から出て行こうとするので慌てて呼びとめて昼ごはんを食べさせてソファでのんびりさせた。余った最後のチョコをあげたら、ご機嫌の様子だった。



 ※※



 お昼ごはんも終わり、客間のソファが一番柔らかいとのことで、そこでくつろぐ。

 カクさんはそんな椅子に座っても背筋がよい。

 黒い毛並みは艶やかで、眼光の鋭いの獣人。けれど、細やかな色の小声が女性的。カクリコ・ガマグ・ガーニングさんは、前に会った時のキャラクターのままだった。そのせいか、僕もだらけて前に会ったままの続きみたいに、話ができる。気楽。

「カクさん、さっきは他の豹頭人さんの手前言わなかったけどさ。やっぱり新しいエルフロードを作ろうと言うのは、氷室山のことだよね」

「はぃ、エルフロードは閉鎖される予定です」

 小声で頷く。

 上級の案内人でも無事にエルフの国の王都まで辿りつくのは難しい。そこで、かつての豹頭人達は、比較的安全に進める場所を探し続け、一つのルートを作りだした。いつしかそれはエルフロードと呼ばれ、僕も今年の初めにエルフの国へ行く時に通った。このカクさんと。

 紋の国との国境から、エルフ領へ入り、ドラゴンモドキオオトカゲの縄張りをすり抜け、大鷹に運ばれ、谷底に落ち、漁師に助けられ、角ラクダに乗り、蟹の背中に乗って海を渡り、確実に殺しに来る平原を抜け、登ると風邪をひく山を越えて、王都へと辿りついた。

 今話題に上げている氷室山とは、その最後の山に入った途端に急激に気温が下がり、登ると風邪を引いてしまう小高い山のことである。

 なんで急にいきなり寒くなるのかわからなかったが、実はここ初代エルフ王の墓であり、魔道具『永遠に灯る炎』とそれを閉じ込める魔道具『溶けない氷壁』を守り続ける聖堂だったのだ。

 そうと知らず普通に土足で歩いていたことが発覚し、大問題になりそうだったので、本気で誤魔化したのも、遠い思い出である。

「確か、氷室山を迂回するルートを作らなかったっけ?」

 ここにいるカクさんが地図と3日にらめっこして見つけたはずなのだが。

「あのルートは、危なくて使えないことが判明しました」

 淡々と言う。

「そう言えば、何か毒性植物が繁殖してるとか言ってたね。焼き払って道を作ったけど駄目だった?」

「あの植物、毒ガスを噴出する特性があって、調査に派遣した私の部族の豹人が3人昏睡状態に」

 おっかないことを淡々と言う。

「大丈夫だったの?」

「毒と言っても、3日3晩笑い転げる笑気ガスでしたから」

 それはそれでまずいよね。

 ふうむ。するともしかして

「そこ以外に通れる場所はないんだね?」

「はぃ」

「……もしかして、エルフロードは使う許可が下りなくなったんじゃなくて」

「はぃ、安全な通路としての意味をなさなくなりましたので、廃止します」

 ……淡々と言うなあ。

 カクさんは、エルフロードに思い入れがあるはずなのだ。先祖を誇りにして崇拝している獣頭人で、しかもその先祖が人やエルフと力を合わせて見つけ出したルートなのだ。以前の旅で目印の杭が引っこ抜かれているのを見ただけで一時間「報いをくれてやる!」とキレるくらい、大切に思っているはずなのに。簡単に、棄てられるんだ。

「依頼人の生命には変えられませんから」

 カクさんは、当たり前に当たり前のことを口にした。

「……カクさん、お菓子食べる?」

「ぃただきます」

 15個買ったチョコの最後の一個を食べてもらうことに。そう言えば、僕は食べなかったな。

 イオちゃんを呼んで、最後の一個を持ってきてもらう。もしかしてイオちゃんがつまみ食いしてるかも、と思ったりしたがそんなわけもなく取り置いてくれた最後の一個を持ってきてくれる。カクさんは受け取ったチョコを手にとって口に入れようとして、そして僕の顔を覗く。ん?

「……カンテラさん、半分こです」

 チョコを二つに分けて、小さい方を僕にくれた。

 ちょっと驚いた。どちらかというと食い意地が張ってるカクさんが、わけてくれたよ。

「……カンテラさんと旅をして、一つわかったことがあります」

「これ以上何をお悟りに」

「ご飯は、皆で食べるとおいしぃのです」

「大発見だね」

「はぃ」

 アラサーの男女の会話ではない。

「僕との旅も、そんなに無駄ではなかったね」

 結局人見知りは治らなかったみたいだけれど、とか内心考えながらチョコを一口。うまい。プチ高級な味がする。

 苦いお茶でも入れてもらおうかな。

「カクさん、御茶飲む?」

 ……カクさんは、僕の顔をじっと見ている。

「……何?」

 それでも、無言で見つめている。眼が合う。最初は怖かったけれど、今はこの黒豹の顔が美しく思える。

 しかし何故に無言なのだ。

「カクさん?」

 三秒程見つめ合い、カクさんはやっと眼をそらしてくれた。

 なんだったんだ?

「お陰で……」

 ?

「お陰さまで、人と眼を合わしても3秒くらいなら我慢できるくらい、人見知りも治りました。ありがとうござぃます」

 小声でぼそりと言って、チョコをもぐもぐし出した。

 なんてツッコめばいいんだろうか。


 その後、御茶を飲み切ってから、カクさんにあれを見てもらうことにした。

「カクさん、これを見て欲しいんだけれど」

 手渡したのは、先日レンちゃんに教えてもらったドワーフ語で書いた、レミィちゃんへの手紙。レンちゃんの教えてくれたドワーフ語は古臭いらしく、現代ドワーフには読めないらしく、その上単語によっては卑猥な表現になっているものもあるのだとか。

「これ、手直ししたいんだけど」

「……」

 カクさんは、便箋を一通り読み終えると。

「……あの、どこからツッコめばいぃのでしょうか」

 そうだよね、そう思うよね。

「特に冒頭の【レミィちゃんスケ……」

「音読しなくていいから!」

 カクさんは、少し悩んで。

「カンテラさん、今晩空ぃてます? 多分、手直しに一晩かかります」

「え、手伝ってくれるの? 集合時間はいいの?」

「出発時間は融通ききますので、連絡しておきます」

「……なんか、ごめんね」

 謝ると、カクさんは少し、ほんの少し口元をゆるめて

「カンテラさん、そういう時は『ごめんね』じゃなくて『ありがとう』です……にゃ」

 その語尾なんなん?

「カンテラさんは、語尾に「にゃ」がつく雌を好まれると」

「誰だよそんなデマ流したの?! あと雌って言わない!」

 僕も笑って

「ありがとう、カクさん」

「大切なカンテラさんの頼みですから」

 そして、いつもの仏頂面で

「晩御飯は、マカロニサラダが食べたぃです」

 イオちゃんに作れるか訊いてみなければ。 

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