11月17日 草原の国 リーヨンちゃんの始末・2
おそらく平成27年11月17日
剣暦×○年10月17日
草原の国グラスフィールド
王都 僕の屋敷
朝、ぼろぼろになった恵が帰ってきた。
昨日、美術館で偉そうに600年前に見た歴史的事実を偉そうに講釈垂れていた不老不死の少女は、目を血走らせた学芸員に連行され、貴賓室で夜通し近代美術史について質疑応答をさせられていたらしい。
彼女を置いて先に帰ったことの文句を言われた。
「君、友達が権力者に不条理に囚われていいようにされているのに、どうして迎えにこないわけ? そういうのノータイムで助けに来るのがカンテラでしょ?!」とかぶーたれる。イオちゃんと買い物しなければならなかったんだから仕方ないじゃないか。
「情報提供代に、いくらもらったの」と訊いたら「これが驚くほどケチでこれしかくれなかった」と言って見せたのは、博物館の関係者入場券。
美術館は午後からの開館だが、このチケットを見せれば午前中から入れる。ほぼ貸切で今日から公開される『リーヨン1世龍臨図』が見れるって寸法だ。
恵は「その場に這いつくばって『どうかこの卑しいブタにそのチケットを譲ってくださいブヒ』って言えたらあげるよ」とかほざくので、その場に這いつくばって『どうかこの卑しいブタにそのチケットを譲ってくださいブヒ』と言ったら、戸惑いながらもチケットをくれた。
「プライドとか、ないの?」と訊かれたので、答えた。
「無い! そんなもん持ってて、世界中のトラブル解決できるかってんだい」
恵はこめかみに手をやって「私は、こんなのに負けたんだなあ。いや今更言い訳だけれど」とかぼやいていた。
※※
画家という職業を端的に表せば、絵を売って生計を立てる人のことだ。
だから、依頼人の望む絵を描くという仕事もあるだろう。
オーク国リーヨン王女殿下が龍の背に乗って凱旋する瞬間の絵など、どう考えたって政治的意図を持つ。それは精魂込めた絵に仕上がっていた。
美術館で一番大きな窓のない部屋。壁一面を支配する壮大な情景。部屋の中、一人きりでその絵に相対すると、その場に居合わせているような感覚に襲われる。
王宮のテラスから、睥睨するオーク王アイスバイン。
空より舞い降りた、人と大鬼の混血の美女、王妹にして騎士リーヨン。
蒼穹には、竜王グーガガメルディナン
リーヨンに従い、膝をつく犬頭人
絵の中心にはこぶし大の青い宝玉が輝きをたたえて浮いている。
そして、それらを崇め讃える大鬼達が、宮殿の庭を埋め尽くす。
よく見れば、エルフ刀を振り上げて鬨の声を上げるダークエルフ達までしっかり描写されていた。
おお、話に聞いた通りの情景が、そこにしっかりと描き表されていた。
もちろん、脚色はある。確かリーヨンちゃんが持ち帰った宝玉は指輪サイズにまで小さく加工されていたはずだし、犬頭人のジンさんは和犬っぽい顔しているが、絵画に描かれた犬頭人はシーズーだ(おそらく宮殿にいた別の犬頭人をモデルにしたのだろう)
何より、その場にいたダークエルフ達は確かメイド服着たまんまだった。
まあ、恰好いい絵を残す為にある程度違うように描いても問題はないと思う。それが絵画商売だ。
ただ、なんでこの絵の中に僕の姿があるのかは、理解できない。
あの絵の右側のすみっこの周りのオークに比べて一回り小さい人間にしては巨漢の男、僕にそっくりなんですけど。
……この絵に注文が付けられるくらい権力あって、僕を登場させておきたい。なんて心当たりは一人しかいない。
リーヨンちゃんめ……。
溜息を一つついて、もう見なかったことにして絵全体を眺めていた。
どれくらいの時間が流れただろうか。
「高町君、そろそろ一般の会場時間だ。皆なだれ込んでくるだろからそろそろ出よう」
と、同行していた恵が言って来たので、出ることにした。
「恵、どこにいたの?」
「君の後ろで絵を眺めていた」
「なんだい、いやに静かじゃないか。もっと色々訊いて来るのかと思ったのに」
すると、微笑んで
「あの絵を眺めている君が、愛おしそうに鑑賞していたから、邪魔したくなかった」
君、そんなキャラだっけ?
「そんなに大事な光景だったのかい?」
「そりゃね、実際に僕は見れなかった光景だから、目に焼き付けときたかったの。しかしオークの画家もいい仕事をするね」
「この世界で一番繊細な種族だからね。どうだい、御茶でもしていく?」
「僕のお金で?」
「君の奢りで」
呆れた。
その後、先ほど見た絵について恵と語りながら博物館外にあるカフェへと向かう。
「あのたくさんいたモブオークってさ、一人ずつ持ってる装飾品とか、服が違ったよね。あれ300人くらい描かれていたのに、一人ずつ違う個性出すって大変だよね」
「むしろ僕はオークが全員違う顔をしていたのに驚いたけれど」
「いやいや高町くん、全員同じ顔で描く方が難しいだろう。私小学生の時の写生大会で近くのお寺の六地蔵描いたけれど、全部違う顔になったよ」
「それは別問題……っていうか、君小学生だったころあったんだ」
「あるよ、私だって元地球人だし、そもそも高町君とおなじ時代の大沼県の出身だって言ったじゃない」
「ああ、そうなんだけどさあ」
「私知ってるんだからね、『おにぎり六個の高町』」
?!
「……え? ちょ、なんでそれ知ってるの」
「私、虎ヶ南中のブラス部でクラリネット吹いてたんだよ」
「え、まさか」
「県大会で君が萩中学校の部長に啖呵切ってるとこも目撃した」
汗。
「……うっそお、もしかして君僕と同級生なの?」
「正確には、私の方が1年上だよ。今日からは恵先輩って呼びなさい」
知りたくなかった事実。
「なんで言わなかったの」
「だって、面識はないもん。君が目立ってたから知ってただけだし」
もう、この世界に来て一番恥ずかしい思いを今している。
「もう、いいから! 地球の話はやめ! オークの話しようぜ!」
恵先輩は、にたにた笑ってる。不快。
「しかし高町くん、あの絵の真ん中にいたリーヨン王女殿下というのは、ちょっと脚色し過ぎじゃないかな?」
恵は何故か不満そうに言う。
「いや、実際あんな感じの顔してたよ。人の血が入ったオークで、肌と髪の色以外は人間と同じだからね」
「全然人間と違う!」
否定された。恵は、怒っている。
「なんだいあの胸の大きさと腰のくびれは! ボンキュッボンにも程がある。あんなグラマラスな人間いてたまるか!」
「実際いるんだから仕方ないじゃない」
なんてくだらないことを言っているとカフェについた。
そんなに混む時間帯でもないはずなのに、満席。やはりみんなあのリーヨンちゃんの絵を見るためにやってきたようだ。
相席してもいいと言う人達がいたので、礼を言って座る。
恵め、なれなれしいにも程がある様子で相席して、向かいに座る黒いショールを羽織って、少しうつむいた女性に剣語でまくしたてる。
『お姉さん、リーヨン王女殿下ってのはそれは美人らしいですよ。私ツテがあってさっき絵を見てきたんですけどね、そりゃ揉みしだきたくなるようなすごい胸してたんだから』
セクハラをやめろおっさん少女。何、初対面の人にわけのわからんことを……。
「美人って言われるのは嬉しいですけれど。私、そんな胸してます?」
目の前の女性は、顔をあげて『日本語』で応えた。
……え?
目の前にいた女性は、黒づくめの服で、その素肌は病的に白い。いや、あれは灰色がかった大鬼の肌だ。そして、とても健康的な表情をした……綺麗な……え?
なんでリーヨンちゃんがここにいるの?
「り、リーヨンちゃん、いつの間に日本語そんな上手に?!」
人間、混乱するとまともな質問ができない。
リーヨンちゃんはいつものようににこにこしながら
「こちらのジンさんに、付きっきりで教えてもらいました」
……え?
リーヨンちゃんの横に座るフードを深く被った人の顔を覗く。
「ジンさんじゃん」
ジンさんだった。リーヨンちゃんと個人契約することになって、オークの国にいるはずなのに。
「久しぶりだな、カンテラ。また違う女を連れて歩いてるのな」
それは誤解だ。
「二人とも、何してんの!」
リーヨンちゃんはにこにこしたまま、「カンテラ様、お茶が来ましたよ」と勧めてきた。
……。
気が付くと、恵は逃げていなくなっていた。あの女。僕にこの事態を押し付けて帰って行きやがった。
なんか、きまずい。なんでだろう。
そりゃ、僕の同行者のあの下品な娘がリーヨンちゃんのことをおっぱいでかいと連呼していたからだ。あいつ、さっさと廃滅しておけばよかった。
「カンテラ様」
「は、はい」どもる。
「実は私、私用でこの国にこっそりジンさんと二人で来たのですが、私の絵が飾られるというので、試しに来てみたんです」
「私用ですか」
無茶するなあ。ジンさん止めなかったのだろうか。まあ、リオロック最強トーナメント4位のリーヨンちゃんを止められるような生物は、最早世界に3人程度しかいない。
「でも、先ほどのお連れの方の様子だと、あまりいい絵では……」
「最高にいい絵でした!」
そこは否定である。本当に、いい絵だった。
「……ボンキュッボンがですか?」
「そこじゃない! あの絵描いた人は、リーヨンちゃんの本質をきっちりと描いてる。僕も本当にあの場でアイスバイン陛下とリーヨンちゃんを讃えている気分になれたもの」
「……カンテラ様にそう言っていただけるなら、幸せです」
よし、なんとか誤魔化せた。
「ところで、カンテラ。さっきの下品な女、ありゃなんだ?」
ジンさんが被せてくる。
「なんだも何も、豊後恵先輩だよ」
「……ああ、ブンゴか」
あれ? 思ったより動じないね。
ジンさんはそんな僕の顔を見て、言いたいことに気付いたのか。お茶をふーふーしながら言った。
「リーヨン様は、お前より無茶されるからな。最早何にも動じなくなってしまった」
リーヨンちゃんに聞いてみる。
「ところで、今日はどんな無茶をしに草原の国まで?」
リーヨンちゃんはにこにこ答える。
「草原の国で一人暮らしを続けている私の母を迎えに来ました」
……ああ、そうか。そうだったな。リーヨンちゃんのお母さんもハーフオークの美人な女性で、オーク王の子を身ごもって、草原の国に亡命したんだったな。
「母は私を勘当しました。私がオークとして生きることの足かせとならないように、私との繋がりを断とうと。でも、そんなのやなので、一緒に王宮で暮らそうっていいにきました」
「お母さんは、なんて」
「『帰れ』って、家の鍵閉められて、顔も合わせてくれませんでした」
……
「仕方ないから、扉をけ破って、母を抱き締めて簀巻きにして今オークの国に輸送中です」
うおーい! なににこにこしながら言ってるんだこの人。
「お母さん、私より頑固だから、こうでもしないと、私と一緒に暮らしてくれないから。致し方なしです」
「……そ、そっか」
「私、自分に無駄に自信をもって生きることにしたんです」
その言いまわし、僕に似てるね。
「カンテラ様に張り合える人になるために」
……へえ。
「カンテラ様、崇拝して後から付いて来るような女よりも、自分の生き方に自信と責任を持った対等な女が好きなんですよね」
そうだったの?!
「私、そうなります」
背中に、汗。
「それを言うのも、カンテラ様に会うのも、この旅の目的です」
あ、わかった。
リーヨンちゃん、にこにこしているけれど。
目が笑ってない。
リーヨンちゃんの教育係であろうジンさんを見やる。
なんて教育を施してくれたんだ。
しかし、犬頭人はどこか諦めたような達観した目をしていた。ああ、彼も振り回されてるんだろうなあ。
「カンテラ様、オークの国にも、遊びに来てくださいね」
うんと言うしか、なかったのである。