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かんてらOverWorld  作者: 伊藤大二郎
旅の始末
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11月12日 草原の国 ウルケさんの始末

 おそらく平成27年11月12日

 剣暦×○年10月12日


 草原の国グラスフィールド

 王都 僕の屋敷



 レミィちゃんへの手紙を書くのは非常に難航し、結局昨日の夜更けまでずっと便箋とにらめっこ。

 今日も昼頃までぐっすり眠る。

 最近、また朝の散歩をサボるようになってしまった。

 レンちゃんは僕の下僕になった割に、朝起こそうという気が全くない。

 今までなんだかんだ言いながら僕を叩き起こしていたメイドのイオちゃんも、最近は朝起こしに来てくれなくなった。どうやら、最近飼い始めた犬の散歩があるから、少しくらい僕が遅く起きた方が都合がいいようだ。

 僕も運動のために犬の散歩手伝おうかなと思ったけれど、イオちゃんは世話をするのに夢中みたいなので、取ったら悪い気もするしな。


 昼ごはんに、ホットケーキ試作2号が出る。

 今度は味がまったくしなくて、ソースをかけて食べる。

 玉ねぎを飴色になるまで煮込んだ、肉汁ソースをかけて食べる。

 ううん、確かに甘みがあって美味しいのだけれど、違うんだよなあ。

 お昼を食べにバイトから帰ってきた恵に「どんなレシピを彼女に教えたんだい」と訊かれるので、説明。

 彼女は呆れて「そんな雑な説明でホットケーキわかるわけないだろ。もういい。私が教えるよ」

 とか行って、厨房に走って行った。


 おやつ時につまみ食いに行こうと厨房によると、恵とイオちゃんが二人並んで厨房でお菓子作りをしている不思議な光景を見ることに。

 とりあえず、棚に何かたべるものないかなと思ってうろつこうとすると、イオちゃんが飼ってる子犬がいて、吠えられた。どうやら番犬らしく厨房に入ろうとすると吠えるようにしつけたみたいだ。1週間程度で、よくしつけたな。

「旦那さん、つまみ食いはあかん。ちゃんと作りよるから」

 窘められる。

「そうだぞ、旦那さん」

 恵も便乗。

 君が旦那さん言うなって話。


 

 ※※



 食堂。

「しかし、イオという娘は本当に優秀だね。一を教えれば、きちんと一を理解する。あの子の創作料理が失敗するのは、ご主人様がフィーリングで注文をつけるからだ。本当、どこに出しても問題ない聡明な娘なのに、こんなのにしか仕える気がないって言うのだから、世の中は何か間違っている」

 恵は一息に感想を述べたあと、フォークに刺したホットケーキを口に運ぶ。

「うんまーい。文化極まれり、だ」

 どうやら、ホットケーキは完成したらしい。

 僕としては「人の金で作ったホットケーキは美味しいかい」と言ってやるのだが、目の前の女は「最高に美味だね」とか返してくるキャラクターをしているのだった。

「まあ、完成したのはいいんだけれど、僕の分はないの?」

 せっかくナイフとフォークを準備してナプキンまでしているのに。

「君にゾッコンのメイドが今持ってくるよ」

 どうやら、この不老不死の少女は、分けてくれる気はないらしい。

 早く食べたいなあ、と久しぶりに食べるまともな地球料理に思いを馳せていると、レンちゃんが数枚の紙を持って入室してきた。

 手紙であった。差出人を見ると、びっくり。僕が余りに驚いているので、恵が興味深々といった様子で訊いて来る。

「今度はどこの女からだい?」

「紋国オーバーフラッグの尼僧院からだよ」

「尼さんにまで手をつけてるのかい」

 不謹慎なことを言う。

「手を付け損ねた人が、尼さんになったんだよ」

 軽口で返した。随分と、久しぶりな人からの手紙だ。

 ウルケ・チェッカー夫人からの、手紙だった。

「……、もしや半年前に君が紋王をしていた時に、世話役だったという」

 よく知ってるな。なんで知ってるんだろう。

「そうだよ、君が紋国を乗っ取ろうとしていた時に、僕を助けてくれた人さ」

 国王ゴダバ・オーバーフラッグの叔母。紋国最強の将軍夫人。喉の傷のせいで声を出すことができなくなった、少々エキセントリックなメイドさん。

 鋭利な刃物で僕の髪と髭を剃るのが大好きな人だった。

「確か、君に色仕掛けをしかけて、カンテラを紋国に取り込もうとしたんだっけ」

 よく知ってるね。なんで知ってるの。

「なんで知ってるんだい」

「私にだって、情報網はある。具体的に言うと、君の相棒の犬頭人に相談を受けてね」

 なんでジンさんこいつに言ったの?! え、ジンさんこれに相談とかするの?

「いつの間にジンさんと仲良くなってるわけ?!」

「私と獣頭人の相性の良さを舐めたらいけないよ」

 そういや、恵も獣頭十三部族全てと契約して世界を旅したんだったか。

 しかし、よりにも寄ってなんでこいつに話すかなあ。

「安心しなよ、誰かに言いふらす趣味はないし、ウルケとか言う人のことをどうこうも言うつもりはない」

 すると、身を乗り出し、ぐいと僕の顔を覗き込み

「ただ、興味はあるかな。ねえ、高町君。君はどうしてそのウルケという女性を、草原の国に連れて来なかったの?」

「本人が国境を超えることを望まなかったからだよ」

「なんで? ジンさんと、ウルケと君の3人で紋国王城から逃げるように去って、横一文字街道を旅行したんだろう。彼女は君に無理矢理付いてきただろうに」

「さあね。紋の国を通る間だけ、案内とお世話をしてくれるつもりだったんじゃないかな」

「とぼけるねえ」

「僕にだって言いたくないことはある。そういう話だよ」

「ふむ……。なら、無理強いして訊くのは止めとくかな」

 体を席に戻す恵に、僕もほっとしている。

「一つだけ教えてくれないかしら」

「何?」

「一夜の間違いとかは……」

「起きてない!」

 なんやかんやで喚いていると、イオちゃんが僕のホットケーキを持ってきてくれた。僕の前に置かれる大皿の上に、輝く分厚く丸いお菓子。ああ、なんて香ばしい匂い。

「イオちゃん、ありがとう。いただきます」

 食べようとすると、イオちゃんはひょいとその皿を持ちあげた。

 なして?

 ? マークを浮かべながらイオちゃんを見やると。

 冷たい眼をしたイオちゃんが言う。

「一夜の間違いって、何の話なん?」

 だから、何にもなかったっての……。

 


 ウルケさんが執拗にアプローチをかけてきたのは、ひとえに紋王ゴダバ陛下のためだった。オーバーフラッグ王家の秘密を知り過ぎた僕を処理する必要があった紋国。しかし顔が売れすぎているカンテラを口封じ殺すわけにもいかない。だから、自発的に国に残らせる方法を彼らは考えた。

 白羽の矢が立ったのが、ウルケさん。国内随一の美貌の持ち主であり、王家の血を引く彼女で、釣ろうとしたわけだ。

 結局、僕は彼女になびかず、草原の国へ帰るためにゴダバ陛下に王を返上し、城を逃げ出した。

 彼女は僕の旅に着いてきた。僕を引きとめるために。

 もし、僕が引きとめられないなら、国境を超える前に僕を殺す為に。

 けれど、彼女はそれができなかった。

 草原の国と紋の国の国境付近。

 ウルケさんの今は亡き伴侶の眠る地を、異界漂流者の血で汚すことが、彼女にはできなかった。

 おかげで、僕は今も生きている。

 あなたを殺さなくてよかった。

 ウルケさんからの手紙の最後には、そう綴られていた。


 ウルケさんの流行病で亡くなった旦那さん。チェッカー将軍は、僕に似たような体型で、よく笑う温厚な人だったそうだ。

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