11月11日 草原の国 レミィちゃんの始末・2
おそらく平成27年11月11日
剣暦×○年10月11日
草原の国グラスフィールド
王都 僕の屋敷
レミィちゃんが、今朝も僕の家に来た。
駐在武官の任が解かれ、本国へと戻ることになったらしく、その別れを言いに来たのだ。
凹む。そんな大事な用事の時に二日酔いで寝込んでいるとは。
それなら、せっかくだから今日は僕の家で御茶でもしてもらおうと思ったのだが、レミィちゃんは用件だけ言うとさっさと帰ってしまった。
レミィちゃんの用事。
それは、昨日レンちゃんから教えてもらって日本語で書いた手紙を僕に渡すことだった。
ちょっと、嬉しい。
嬉しいのだが、手紙の中味が困った。
だが、いかにもレミィちゃんらしい豪快な、手紙だった。
僕もレミィちゃんが大好きだ。
※※
濃く艶だしをされた革の鎧。
使いこまれた両手でも抱え切れない大斧。
工事用ヘルメットみたいな兜。
そんなドワーフ軍装を着こなすのは、栗色の髪の背の低い少女。
生まれつきのせいでヒゲはないが、同じくらいの年ごろと思われる少女に比べて、腕や足周りの筋肉の太さが段に違う。
早朝。日課の散歩に出掛けようと玄関の扉を開いたら、レミィ・アンダーテイカーが何故か戦装束で僕ん家の前にいた。
今からどこで一戦やらかすのか、と気が気でないままで近寄ると、緊張した面持ちで僕をじっと見ている。
……え? まさか僕に今から勝負を挑んだりすんじゃないだろうね。とちょと不安になったが、いつまでも反応をうかがっているわけにもいかず【レミィちゃん、おはよう】とドワーフ語で挨拶してみた。僕だってこの世界に来てもう長いのだ。全ての種族の言語で【おはよう】【ありがとう】【お勘定お願いします】くらい言えるようになっている。
すると、レミィちゃんよっぽど緊張しているのか、僕の言葉に目が泳ぎ出す。……どうしたのだろう? と心配になるほどである。
しかし、意を決したように一度体を震わせて、彼女は僕に何かを突き出した。
封筒?
無理矢理押し付けるや、そのままレミィちゃんは走り去ってしまった。
なんだったのだろう? そして、この封筒はなんだ? あんな勝負服まで着て渡しに来る程のものが入っているのだろうか。
とりあえず、部屋に戻り、中身を取り出す。
そこには四つ折りにされた紙が入っており、それを広げると、驚いたことに日本語の文字が書かれていた。
その瞬間、すべてが繋がる。もし、この手紙(?)がレミィちゃんの書いたものなら、レンちゃんに昨日何を頼んだのかも、想像がついた。わざわざ、日本語の手紙を書くために……。
胸が少し締めつけられながら、文面に目を通す。そこには、いかにも日本語なんて知らなそうな筆跡で、ひったくるように書かれたひらがながあった。
『 だ い す き 』
……。
え?
……。
……え? 四文字だけ?
レンちゃんを呼びだす。
「レンちゃん、昨日レミィちゃんに何を頼まれたの」
「神語(日本語)の手ほどきを依頼されました」
「レンちゃん、ここの手紙に何が書かれてるのか、知ってるわけだよね」
「もちろん。でもカンテラ様、中身を喋っちゃ駄目ですよ、それは秘密の手紙なんですから」
「ちゃんと日本語教えたの?」
「おかしなこと、書かれていますか?」
「いや、おかしくはないんだけれど……」
「【深い友情や、親愛、尊敬、それに愛情。全部ひっくるめたこの暖かい気持ちを簡潔に表す言葉】を教えて欲しいという要望でしたので『それならだいすきが一番しっくりくる』と思いまして。私もカンテラ様大好きですし」
それは非常に嬉しい言葉だけれど、でも、改めて文字にして渡されるとなあ。気恥ずかし過ぎる。
改めて、両手で広げるくらいの大きさの紙に書かれた文字を見つめる。
見つめていると、レンちゃんが僕の横から手紙を覗き込む。
「駄目だよレンちゃん、一応僕の手紙なんだから盗み見ちゃ」
「昨晩、きっとたくさん平仮名の練習されたのですね」
「……わかる?」
「はい、上達の跡がくっきりと」
そうなのか。
レンちゃんは、少し迷った風な顔をして、そして意を決したように口早に話しだす。
「昨日、レミィから聞いたのですが、彼女は本国へ送還されるそうです。去年の7月(平成26年8月)、この王都で騒乱が起きた時、ドワーフ国からの指令を無視しカンテラ様と共に大暴れしたことが今更になって蒸し返されたらしく……カンテラ様、レミィは自分の責任でカンテラ様を助けることを選んだのです。【それは私が決めたことだ。あいつのせいでもおかげでもねーよ】と、言っていましたよ。それで、もしかしたらしばらくカンテラ様と会うことはできなくなるかもしれません。ドワーフの国へ行くことがあっても会わせてもらえない可能性もあります。【だから、今の言葉を伝えたい。きっとあいつは自分のせいじゃないかって悩むだろうから、そうじゃないんだってことを言いたい。正々堂々と、私は自分で選んで、軍令をブッチしたんだ。それで処分を受けるのなら、ちゃんと受けたい。あいつが褒めてくれたレミィでいたいんだ】。そう言っていました」
レミィちゃん、そんな風に思っていたのか。
「その後、カンテラ様とレミィが初めて会った時のことから、色々教えてもらいました。腕相撲で負けて痛くて泣いたカンテラ様の話、ドワーフの国で温泉を掘った話、マクマホン陛下との決闘十三番勝負、月の帳の茶会。そして、竜山脈戦争。【ヒゲがなくて、ドワーフらしくない悩み癖のある自分でも、決して恥じることなく生きていきたい。誰にも言った事のないそんな決意まで、あいつには相談できた。本当、あいつは私の明かりなんだ。感謝してる。ただ、感謝し過ぎて、私はあいつを女として好きなのか、親友だと思っているのか、尊敬しているのか、よくわかんなくなった。多分、全部なのかもしれない……。なあ、こういう気持ちってなんて言えばいいんだ? あいつの世界の言葉では、どう伝えればいいんだ……?】」
もういいよ、十分にわかった。
「レミィは、私と同じ気持ちのようでしたので、私が知る言葉で教えました」
「わかったよ。ありがとうレンちゃん。それを聞いておいてよかった。レミィちゃんは、もう行ってしまったのかな」
「今日の早朝、出立と言っていましたから、手紙を渡してすぐに。……追いかけましょうか?」
「いや」
呼び鈴を鳴らし、イオちゃんを呼ぶ。紙とペンを用意させた。
そして、そばに控えるレンちゃんに命令する。
「レミィちゃんに、手紙を書きたいんだ。ドワーフ語を教えてくれないかな」
「畏まりました。ドワーフ語で【大好き】に最も近いニュアンスは……」
いやいや、普通に文章書くから。
イオちゃんは、一礼して部屋を出ようとするので、訊いた。
「イオちゃんさ、昨日、全部わかってて僕の意向を訊かずにレンちゃんを行かせたね」
「はい」
抜け抜けと答えよる。
「私も、旦那さん大好きだからよくわかります」
ちょ、やめてよ恥ずかしいから。




