11月5日 草原の国 豊後恵の始末・2
おそらく平成27年11月5日
剣暦×○年10月5日
草原の国グラスフィールド
王都 僕の屋敷
庭に、一本知らない名前の樹木が生えている。特に実を付けるわけでもないので、気にも留めていなかったのだが。
昼間、豊後恵がその樹木と屋敷の壁の雨樋に紐を括りつけてハンモックを作っていた。
この寒い風が吹く季節に、なんて季節感のない真似を、と思うのだが、今日のように日差しの強い日は、どうやら体感的には心地よく、樹陰で快適な昼寝ができるらしい。
ぼ、僕の屋敷でなんてことをするんだ。
お願いします。僕にも交代してください。
物欲しそうに眺めていると「その場で這いつくばって「お願いします僕にもやらせてください」と言ってみろ」とか言い出す。
その場で這いつくばって「お願いします僕にもやらせてください」と言ってみたら、すんなり代わってくれた。
どきどきわくわくしながら紐の寝床に体を預ける。
僕の体重でハンモックを吊るした雨樋がちぎれて、僕の体は地面にたたきつけられた。
ぐへぇ、と声が出て芝生の上に大の字。
恵は、お腹を抱えて笑っていた。
イラッ☆
その後、彼女も僕の横で大の字になり、空を見ながら会話。
僕以上に自由な人が、この世界にもいるものだ。
※※
「あぁ、笑った。ここまで『お約束』な人間がいるものね」
本当、彼女は楽しそう。地面に二人横たわる。顔が見えないが、楽しんでいそうだ。
「むすー」
僕としては、むすっとするほかない。ハンモック、ゆられたかった。
「言っておくけど、私が細工したわけじゃないからね。ちゃんと、自分の体重を支えられるように縛っていたから。君が重かっただけだから」
わかってるっつーの。
「わかってるっつーの」
ああ、平和だ。
「高町君」
恵は、続けた。
「もう、いつでもいいよ」
「主語と述語がないんですけど」
「あなたは、私のこと、いつでも殺していいよ」
……。何言ってるんだろうか。僕が何かを言おうとする前に、彼女は言いたいことを全て言う。
「君はこの世界を愛して旅をする異界漂流者。私は、世界廃滅主義者の最後の頭目、言わば『ブンゴの遺志』そのものだ。そんな物をいつまでも屋敷の中に飼っておけば、立場は悪くなるなんてものじゃない。このままでは、君が新たなブンゴにされてしまうよ。確かに私はチートブレードによって寿命を斬られ不老だが、殺し方はいくらでもあるはずだ」
「僕は君のこと殺したいなんて欠片も思ってないよ。そもそも、先代ブンゴのヒゲ野郎でさえ、なんとか死なずにすむ方法取ったってのに」
「私と君は共存できない。何故かって? ブンゴは、君を認めることができないからだ。君の理想と私の理想は……」
「それさあ、いつ理想なんてぶつけたっけ?」
「忘れたのかい? 最初に、誰かが君に言ったはずだ。『王権を宿す七つの秘宝は、すべて我々が集める。七つの国の王としての資格、そして魔王復活によってこの世界に統一国家を作る。それこそが異界漂流者に与えられた天命だ』と」
「……あー。そう言えばそんなこと言ってたね」
「君はそれを聞いてなんと言った?」
「(なんて言ったっけ)」
「『ほっとけそんなの。異世界人がすることじゃない』」
そう言えば、そんなこと言った気がする。いや、言ったっけ?
恵は、ずっと空を眺めている。
「あの時に、私と君は相容れないものになった。私の750年を否定する男を、受け入れるわけにはいかなかった」
そんな大仰な話でも……。
「軍団を率いてこちらはそっちの命さえ握っているというのに、犬頭人たった一人連れた男にそんな風に言い返されては、名目上敵にするしかなかったのさ」
なんか、僕が悪いみたいな言い方。
「……でも、負けてよかったよ。君のような男になら、負けがいもある。私のような悪は、倒されるべきだったのだろう」
「ブンゴの遺志は、ブンゴは、悪党だったの? あんまり悪人って活動はしてないような」
「武力や風説の流布を用いて、国を混乱に陥れたり国宝を盗もうとする行為は、悪だろう?」
「そりゃ、まあ」
「それに、君は私達に何回殺されかけた?」
「えっと、6……7回くらいだったかな?」
「だから、いいんだ」
なんか、釈然としない。
「ところで」
「ん?」
「魔王を復活させて、七つの国の王になって、統一国家を作って、それで。その後どうしたかったの?」
「ん? ああ。一つの国になれば、争いも起きなくなると思ったんだよ。本当、ただそれだけさ」
なんか、釈然としない。
「高町君、もしかして私が急にいい人になったなんて考えているのかい? 私は悪いよ。暴力を手段にして結果を求めた結果、人を何百年にわたって、何百人も傷つけた。だから、遠慮なく殺したまえ。私はすでに化物だ。『それ』は殺人にも、暴力にもならないから。君は十分に私に余生をくれた。もう、十分だから」
「嫌だよ」
「……!」
「さっきから聞いてれば、豊後。要は君が僕に殺して欲しいって話だろ。嫌だよそんなの。後味が悪い」
「……」
「その場で這いつくばって「お願いします、殺して下さい」って言えば……、やっぱいい。本当にしそうだから」
「私は、生きるべきではなかったのかな……」
「まさか。ブンゴ、君こそ、僕がブンゴの遺志に喧嘩売った言葉忘れたの?」
「なんて、言ったっけ?」
「『誰であろうと、人が幸せになりたいと祈る権利を奪うことはできない。それを奪おうと言うのならカンテラの価値観は、ブンゴの遺志の敵になる』」
「……そう言えば、言っていたね。ああ、覚えているとも」
「それは、君にも当てはまる。君が生きてることも、争いのない世界を作りたいと願うことも、否定しない。もちろん、そのせいで誰かが苦しむなら、僕は抵抗するけれど」
「……。高町君。私はどうしたらいい?」
「……」
ちょうどいい答えを、僕は持ち合わせていない。
二人で、少しの間空を眺めていた。
その内、日が雲に隠れて冷えてきたので、屋敷に戻って暖かいお茶を飲んだ。
夕暮れ時、外で体を冷やし過ぎたのか熱が出た。
不老の少女は、ぴんぴんしていた。
イラッ☆




