1月9日 獣頭人職人組合『元』副出納長 スケルツォ・フォン・レヴァンティン
おそらく平成27年1月9日
剣暦××年12月9日
紋の国オーバーフラッグ
横一文字街道 第12宿場町
昨日、飲み屋でノーズさんとスケさんが酔っぱらいと喧嘩になったということで、町中が大騒ぎになり、慌てて宿を引き払って逃げた。
詳しく事情を訊くと、隣の席で喧嘩が起き、1対4でリンチになっていたので、止めに入っただけなんだとか。
なんだ、それだけだったのか。
ただ、どうもスケさんが余計なひと言を言ったようで、酔っぱらい達の標的がスケさんに移ったようだ。
そして、やめればいいのに、きっちり相手をして全員ぼこぼこにしてしまったらしい。
おかげで、つるんでる悪い仲間という連中が続々集まってきて、やめればいいのに、きっちり相手をして全員ぼこぼこにしてしまったらしい。
スケさん、喧嘩強いんだね。
さて、そんなこんなで、夜通し歩いて、朝、第12宿場に到着する。もう、ここで体を休めて明日旅立とう。
しかし、ここは大国紋の国の13宿場の一つの癖に、妙に寂れている。
飯屋も宿屋も服屋も、大工も医者も樽職人も肉屋も、皆年配の人ばっかり。
平均年齢の高い町だった。
宿屋のおばあさんに何故か訊くと、ここの両隣にある13宿場と11宿場は慣れた人なら一日で移動できる程度しか離れておらず、ほとんどの行商人や旅行者は、事情がない限り、12宿場を素通りしてしまうんだとか。
だから、ここの若衆両隣の町に出稼ぎに出たり、そっちで店を出したりしているとかで、この町の施設や店は年寄りだけで切り盛りしているそうだ。
その説明を訊いて、スケさんは「ああ、そういうことであったか」と一人合点していた。何のことか訊くと、昨日の第13宿場町でリンチされていたところを助太刀した青年は、『余所者』と呼ばれていたらしい。おそらくここから出稼ぎに来ていたのだろう。
「スケさんやるねえ」と言ったら、なんだかドヤって顔をしてた。
さて、僕達以外誰もいないこの宿場。いざ泊まってみると、飯はうまいし、ベッドはふかふかだし、部屋全部に暖房があるし、部屋の調度品の趣味はいいし、買い物は安いし、いいことだらけだった。
一番よかったのは、村の年寄り連中の話を訊いて、紋の国に温泉があることがわかったことだろう。
三つ先にある第9宿場は、火山の麓にあるらしく、そこでは熱いお湯が地面から噴き出しているとか。
やっべ、楽しみ。
※※
獣頭人職人組合 『元』副出納長 スケルツォ・フォン・レヴァンティン。
通称スケさん。獣頭十三部族序列一位・獅頭人。
ライオンのたてがみをオールバックにした、ミドルに差し掛かった弱中年。
世界を滅ぼす獣と同じ名を持つレヴァンティン一族の次期当主、世界に散らばる案内人の元締めとなる男、であるはずだが、一度も世界を旅したこともなく、誰かを案内したこともない。
生まれた時から、剣語・ホビット語・オーク語・エルフ語・ドワーフ語・竜言語・古代獣言語などすべての言語に対しての教育、および各国の文化作法歴史を学び、エリート街道を直進し、獣頭人職人組合に事務職として参画。各国に散らばる案内人の動向確認、指導、助成金交付、各国への枠外巡礼者不可侵協定を元にした獣頭人保護のための運動に青春を捧げる。
放っておいても、偉くなる彼が、なんでまた今になってエルフの国への旅に同行を申し出たのか。
昨今のエルフの国に関わる情勢に、組合が直接介入するためとか、色々邪推はできるけれど、それはあくまできっかけで。
彼も、本当の獣頭人のように、旅をしてみたくなったんだと思う。
雄の獣人は、恰好つけたことをするのが好きだから。
宿について、夕食まで暇だったので、宿屋の居間で椅子を三つならべて簡易ベットを作り昼寝をしていた。うつらうつらとしていると、足音がして、居間に誰かが入ってくる。
目を開けてみやると、猫頭人のタマちゃんとスケさんだった。どうも口論しているのかな。
特に気にせずなんか言い合ってるなーと思ったら、タマちゃんがまた大きな声で怒りだしたから、体を起こす。またタマちゃんが掴みかかるようにスケさんに文句言ってた。
どうやら、スケさんが余計なことを言ったようだ。たぶん、昨日喧嘩していたところを助けた青年がこの12宿場出身だったことをドヤって顔で言ったんだろうな。
「んなの自慢になるわけねーにゃ! おかげで夜中に宿から逃げ出す破目になったんだにゃ!」
タマちゃんの言うことは正論であった。しかし、スケさんに突っかかるよなあ。スケさんはあんまり怒らないけれど、いったいどんな返しをするんだろう。(僕だったら平謝りだけれど)
「タタマよ、あまり君のような小娘が、オスを頭ごなしに怒鳴るものではない。それなりに、オスのプライドを傷つける行為なのである」
ぶっちゃけたな。
「だったら怒鳴られるようなことをすんじゃねーにゃ」
あ、正論きた。
スケさんはと言うと、なんだかため息をついた。
「しかし、不当な暴力を振われている者を見て見ぬふりすれば、それはそれで怒るのであろう?」
「当たり前にゃ」
当たり前なんだ……。
スケさん、本当に困ったような顔をしている。
「君は、吾輩にどうして欲しいのである。それとも、怒りたいだけであるか?」
「波風立てずに、穏便に解決する方法取れってことにゃ。枠外巡礼証左を持った、獣頭十三部族が、頭悪いマネするのは気分悪いにゃ」
スケさんの眼が、少し細まる。
「……、君は、確かアーラマ・マーマレード族だったか。枠外巡礼証左を持たぬ一族」
タマちゃんの目も、少し細まる。
「だったらなんにゃ」
何か、嫌な気配。
もし、これ以上話が変な方向に行く場合は僕が飛び出して話をつけようと、寝そべっていた椅子から足をおろし、カタパルトる。
しかし、大丈夫のようだ。
スケさんは深呼吸なのかためいきなのかわからん息を吐いた。そして
「タタマ・アーラマ・マーマレードよ。吾輩はスケルツォ・フォン・レヴァンティンである。確かに、レヴァンティンとアーラマ・マーマレードには数百年を超える確執がある。吾輩のことが、憎いのかもしれない。けれど、それはそれ。吾輩と君の友情とは別物には考えられぬか」
タマちゃんは、こういう時ツッコミを入れるようで、実は真面目に答えてしまう。雌の獣人は、情が深いのだ。
「私達の友情と、私が許せないあんたの性格とは別物にゃ。お互いの一族なんて関係ないにゃ。今は同じカンテラの獣。その強い獣が、暴力を人に振るうことの愚かしさ、わからないとは言わせないにゃ」
そこで、すべてに合点がいった。
獅子は、一礼して言った。
「そうか、君は吾輩が喧嘩をしたこと自体が嫌だったのか。済まなかった。以後気をつける。友に誓って、これからは、簡単に暴力は振るわないのである」
「うん……」
獣頭人と言う奴らは、真昼間から物凄い会話をするものである。
「ところで、私とあんたに友情なんてあったにゃ?」
「ないのであるか?」
「……いや、まあ。あんたがあると言うんだったら、あるでいいけど、にゃ」
獣頭人と言う奴らは、真昼間から物凄い会話をするものである。
とりあえず、聞いてないふりをして、もう一回横になる。
起きたら、夕方だった。




