1月6日 グラスフィールド国近衛兵団伝令騎兵レイ・アームストロング騎士
おそらく平成27年1月6日
剣暦××年12月6日
草原の国グラスフィールド
最東端の町ティフブレアにて宿泊
草原の国最後の町に着く。ここから一日も歩かない距離に、草原の国と紋の国の国境警備基地があり、そこで旅証に判をもらえば、入国できるようになる。
僕は紋の国に行ったことがない。以前、紋王ゴダバ陛下に不戦協定に印をもらった時は、僕には時間がなかったので、竜宮巫女のシズカちゃんとトモエちゃんに紋の国に吶喊してもらったので、実は面識もない。シズカちゃん達の言では「いかにも性欲強そうな禿頭のおっさんでしたわ」とのこと。
最東端の町ティフブレアも、特に何も変わったところのない普通の町だった。 そして、やっぱり仮面をつけた子どもたちが町中を走りまわっていた。
人見知りの精霊が安心して町中を歩けるようにはじめられたこの風習。
猫頭人のタマちゃんも仮面を被って混ざってみたらわからないかもよ? なんて冗談交じりで言ったら、「この猫耳で丸わかりだにゃ」と嘆息された。
意外だった。もっと罵倒されるのかと思ったのに、意義と真面目な返答。
……混ざりたいのだろうか。
今日の昼間、ティフブレアに向かって歩いている時、騎兵のアームさんと話をする時間が取れた。
なんでハーフルフのテトラさんに結婚を申し込んだりしたのか、何の気なしに訊く。
びっくりした。アームさんとテトラさんは昔あったことがあるんだそうだ。
運命を感じたと、アームさんは言っていた。
※※
グラスフィールド王国近衛兵団 伝令騎兵隊レイ・アームストロング騎士
第一印象は、「腕太い」だったので、つい名前でなく名字の方でアームさんと読んでしまう。
体つきのしっかりした、背の低いハンサムというのが、見た目。
声は大きい、力は強い。誰にも気兼ねしない豪快な男というであるのだが、ホビットの家で歓待を受けると恐縮しきって黙りこんだり、赤ちゃんをあやすのを頼まれてカチコチに固まって赤子を抱いたため赤ちゃんが余計に泣き出して凹んでしまうようなナイーブな面も持ち合わせている。
古き善き男、という奴だ。
そんないい男は休憩の度にノーズさんとスケさんが猥談を始める時には物陰で腕立て伏せしたりして体を鍛えている。
そんなストイックな一面は初めて見た。
休憩したら? と勧めたこともあるが、『俺兵士だから』とだけ返事が返って来た時に、余計なことを言うのは止めることにした。
しかし、今日の昼間。お昼ごはん休憩の時にまでなんか難しそうな体位で腕立て伏せをしているのを見て、やっぱり話かけた。
『ねえ、アームさん。腕立てしながらでいいから、一つだけ教えてよ』
『なん、だ』
腕立てしながら、鼻息荒いけれど、僕の質問に受け答えしてくれるアームさん。
『もしかしてさ、緊張してるの?』
『何に、だ』
『エルフの国に入るの』
『そりゃ、任務、だから、な』
腕を屈伸しながらなので、言葉が一々途切れる。
『いや、もう一つの理由。テトラさんのお父さんを探すんでしょ?』
『職務に、私事は、関係、ない』
なんか拍子取ってるみたいだ。
『あるある。だって、アームさんが腕立て好きだなんて設定僕初めて知ったよ』
『俺は、兵士だから、な。訓練、は、いつも、してた、ぞ、と』
そこで筋トレが終わったのか、立ちあがるアームさん。
冬だというのに、汗をかくわ、湯気が出てるわ。
白い呼気も、次から次に。動いていないと落ち着かないにしても
『お昼ごはんだよ』
『ああ、行く』
二人で歩いて皆の元に戻りながら、軽口をたたく。
『すごい一目惚れをしたものだね』
『結婚の約束をしたからな』
『まあ、あれ、約束と言っていいのかな、一方的だったけれど』
未だに覚えてる。あの天女亭で、僕らのテーブルの上で一踊りして降りてきたテトラさんに、詰め寄って『結婚してくれ』と叫んだアームさんを。それで、エルフの国にいるらしいテトラさんの父親に結婚の許可をもらいに行くというのだから、なんとも。
『「もしまた会えたら、結婚しよう」って約束したんだ。二十年前の話だから、お互い子どもの頃で、あいつは覚えていないだろうけどな』
?!
『それ、どういうこと?』
アームさんは、視線を合わせてくれない。
『あいつ、昔俺の家の近くに住んでたんだよ。俺は貧乏騎士の次男で、あいつは、屍街道って言う治安のよくないところをねぐらにしててな』
そういや、テトラさんのお母さんは、早くに亡くなったのだったか。
『どうやって知り合ったのかは忘れた。偶然、知りあって、気が付いたら、一緒に遊んでた。その後一か月の間に、何回かは会ったかな。でも、俺はすぐに騎士幼年学校に行くことになっていたから、家を離れることになった。それでもう遊べないことを伝えたら、そしたらさ、もし次に会えたら、結婚しようって話になった。なんでそんなこと言いだしたのか、忘れたんだけれど、確か、何かがあってそう言った。そう言ったら、あいつ、すっげえ嬉しそうに笑ったんだよ』
本当に、短い間しか一緒にいなかったし、子どもの戯言だから覚えてるわけない。俺が学校を卒業して家に帰ってきたときには、あいつはいなくなってて、その内俺も忘れてった。でも、先月あの店で偶然再会した時、思い出しちまったよ。と言って、嗤った。
『その約束を守るために、結婚を申し込んだの?』
『いや、まあ、一目惚れし直したのも、本当の話だけどな』
多分、アームさんは僕に隠していることがあるのだろう。本当の理由的なものを。
でも、言いたくないのなら、言う必要はない。僕はそう思っている。
『ありがとうな。俺一人だと、あんな高い店行くことなかったし、あいつに再会することもなかったと思うから。それに、俺をこうして旅に連れて来てくれた。感謝してる』
だってさ。
さて、僕はなんと返せばいいのだろう。
『アームさん、僕も助けてもらうから、アームさんも僕に助けを求めてね』
ああ、わかった。というところで、話は終わる。
この旅に来てから、こいつこんなキャラだったのか、と言うのが多い。