11月25日 草原の国 獣頭人普通に宿に泊まる
おそらく平成26年11月25日
剣暦××年10月25日
草原の国グラスフィールド
センチペドの普通の宿屋
朝、食事前に昨日のおしゃべりメイドさんと話していてわかったのだが、アルミナ公爵邸の皆さんは、僕のことを本当に熊頭人の亜種か何かだと思っていたらしい。
『え、人間でいらっしゃるんですか?』なんて確かめられたのは、生まれて初めて。
耳だって尖ってないし、爪も伸びてないじゃん。まあ、毛深いかもだけれど。
それで、その会話の中でメイドさんの言った一言が気になった。
『亜人と手なんか繋いでるから、人ではないのかと思いました』
昔、ジンさんが言っていたことを思い出す。そもそも獣頭人は異国を案内する異物である。そんなものと仲良くしている人間は、胡散臭く見える。
僕はそんなの関係ねーとばかりに振る舞っていたけれど、そういうものなんだな。
『別に、触ったからって噛みついたりしないですよ。試しに撫でてあげてみたらどうですか、かわいいですよ』と説明してその場は立ちさることにした。
後程、納屋にタマちゃんを迎えに行ったら、なんか複数のメイドさんに囲まれて頭撫でられたり顎ごろごろされたりしている猫頭人を見つけた。
いきなりかよ。
この子、行くところ行くところでいじられているな。
猫ってこういうところアドバンテージがあるのが得だと思う。
やっとこさ解放されたタマちゃんに声をかける。こみ上げる笑いを押さえながら。
タマちゃんは「まったく、ちょっと気を許したらズケズケと踏み入ってくる。これだから人間は始末に負えないにゃ」とか言いながら、髪の毛を直していた。
僕のせいだと知れたら何言われるかわからないので、苦笑いしてごまかした。
大番頭のホウザンさんに宿泊の礼を言い、アルミナ公爵邸を後にする。
一応、大番頭に「僕が人間だってわかってますよね?」と確認すると質問の意図がわからないという風に首を傾げた後「存じておりますが?」と言質を取れた。
とりあえず、よかった。
さて、アルミナ公爵邸を後にして、早速町中で聞き込みを始める。
町内は祭りの空気も大分静まり、人の流れも落ち着いている。
タマちゃんの話では酒の買い付けはほとんど終わり、商人達は自分の郷に帰り、残っているのは商いとは関係なく酒を飲みに来た旅人か、祭の片付けに雇われた人足くらいらしい。
そう言えば、屋台も大分片付き始めている。ピークも過ぎて、観光客相手に最後の一儲けを企んでる程度の賑わいである。これでは、件の探し人も、 (もし観光目的であるならば)帰ったかもしれない。
「これが、まさに後の祭だね」と言ったら、タマちゃんが「後悔したって遅いにゃ」とツッコんできた。
この子、ことわざもわかるんだ。
とりあえず、人を探す範囲が狭くなったのは好都合なのかもしれないと、観光がてらタマちゃんと歩く。
はぐれないように、手をつなぐ。
「嫌じゃねーのかにゃ」と訊かれたので「なら首に縄でもつけとく?」と返す。
すると、はんっ、と笑い「あんたの太い首につけられる長さの紐なんて、そう売ってねーにゃ」とか言われた。あ、僕がつけるんだ。
さて、屋台でご飯食べたり、新酒飲んだり、おみやげを選んだりしながら、道行く人の顔をのぞきこむ。
いないなあ、耳の長い人。
屋台のおばちゃんにも『耳の長い人通りませんでした?』と訊いたら、『あんたの隣にいる猫人のお穣ちゃんが一番長いよ』とか言われる始末。
……もしかして、もしかしてだけれど、この町にそもそも来ていないという可能性もあるわけか。
あっという間に日没。
晩の宿をどうするか悩んでいたら、タマちゃんに手を引っ張られて、普通の宿屋に連れていかれる。昼間屋台を練り歩く最中に買った帽子を、深く被って耳を隠すと、宿屋で二人部屋を取ってくれた。
普通に、取れた。獣頭人は、人間の宿に泊まれないのではなかったのか?
タマちゃん曰く「枠外巡礼者不可侵条約を結んでる国で、獣頭人だからって理由で宿断られたりしないにゃ。まあ、顔や耳を隠すマナーくらいはあるけどにゃ」
マジッすか?!
さらに曰く「あのワン公は人がいいから、夜吠えして迷惑かけないように人間の宿に泊まらないだけにゃ。あいつそんなことも教えていないにゃ?」
そうだったのか……。
そうして「だから、この前に連れ込み宿まで案内された時は、参ったにゃ。天然なのかわざとやってんのか、わからなかったにゃ」
あの時真面目な顔をしていたのは、そういう含みがあったのね。
凹む。
そうそう、寝る前にタマちゃんに説明を受けたが、おそらく件のエルフは、明日センチペドに現れるんじゃないか、とのことであった。
なんだ、だったらもっと観光楽しめばよかった。
※※
「だから、おめー、一度地図を見直せにゃ」
タマちゃんに、『もしかして探しているエルフはこの町に来ていないのだろうか』と疑問を投げかけたら、呆れた顔で上記の台詞。
言われたままに地図を開く。これはタマちゃんからのアドバイスで目撃証言を日付と共に書き込んだ地図。これを日付順に辿ると、一本のルートになり、どうやら次に目指すのはセンチペドだろう、という予測なのである。しかし、見たという噂をまったく聞かない。
「その地図見て、思うところは何かないかにゃ?」
タマちゃんは、地図を見詰めたまんま固まってしまった僕の後頭部にため息を吹きつけると、一番最後に目撃された場所を指し示す。
「この、一番最後に目撃された町から、その前に目撃された町までの距離と、その間の移動時間。それと、センチペドから一番最後に目撃された町までの距離、路面の状況を考えたら、大体のセンチペド到着予定日数が出るだろーにゃ」
ホンマや。そう言えば、ジンさんもそんなこと言ってた気がする。
「じゃあ、何日に到着するかもしれないの?」
「計算では、明日くらいにゃ。誤差を考えて今日も歩き回ったけれど、それらしい影は見当たらなかったにゃ。あの屋敷の大番頭にも、町に出入りする人の顔にそれらしいものがあったら連絡入れるように頼んでおいたけれど沙汰がないってことは、即近では、それらしい人物は入ってないってことにゃ」
「……タマちゃん」
「何にゃ。勝手に話をつけたこと、怒ってるにゃ? それは謝るにゃ。ただ、必要な措置だったにゃ」
「いや、怒ってないよ。ただ、ジンさんもだけれど、獣頭人って、こう、事後報告とかしないよね」
「わざわざ見つけてもいないこと報告して気を煩わせることもないと思っただけにゃ」
「案内人なんてする気ないなんて言って、ノリノリだね」
「うるせーにゃ」