11月24日 草原の国 アルミナ公爵邸に到着 リーヨンちゃんジンさん、オークの国に帰る。
おそらく平成26年11月24日
剣暦××年10月24日
草原の国グラスフィールド
センチペド アルミナ公爵家客室
・リーヨンちゃん、ジンさん。オークの国オーバーラブに帰国決定。
・アルミナ公爵家を訪ね大番頭に挨拶。
・リジー・アーマライト嬢の墓と庭園を参る。
・今日はアルミナ公爵邸に泊めてもらう
・タマちゃんは、やっぱり納屋で寝たがった。
※※
事態の進み方が半端ない。
今朝方、タマちゃんに連れられてリーヨンちゃんが帰ってきた。
もう怒っていないとのことだが、急に「オークの国に帰る」と言いだした。
……怒ってるじゃん。
タマちゃんにリーヨンちゃんとどんな話をしたのか確認。
詳しくは教えてくれなかったが「あんたがお姫様タイプの女の子が好きだって教えてやったにゃ。だから、姫らしく振る舞えるように国で修行してくるらしいにゃ」
……僕お姫様タイプの女の子が好きだったの?
「子供っぽい自分を鍛え直してくるってことにゃ。次にリーヨンがあんたの前に現れる時は、覚悟した方がいいにゃ」
覚悟って、何の。
「あんたを自国に攫ってでも一緒になる覚悟ができてら、会いに来ると言っていたにゃ」
タマちゃんには、リーヨンちゃんを止めて欲しかった。
「何言ってるにゃ。私はリーヨンの味方にゃ。その次にあんたの味方にゃ」
そう言えば、この子リーヨンちゃんと仲いいんだよな。
そうして、思い立ったが吉日とばかりに、ジンさんを引っ張ってオークの国へと帰って行った。
何の説明も聞いてないのに急に帰ることになったので、ジンさんも大分慌てていた。ほとんど別れらしい別れもできずにさよなら。
「いざという時の最後ってこんなもんなんだろうね」
と笑ったら、
「縁起でもないこと言うな。また会おう」
とか恰好つけて、首根っこひっつかまれてリーヨンちゃんと旅立った。
……。しかし参ったな。半分ジンさんをあてにしていたので、タマちゃんと二人で人探しなんてできるのだろうか。
左手に、感触。
見ると、タマちゃんが手を握っていた。
「とりあえず、これで私ら二人にゃ。はぐれたらおしまいだから、しっかり掴んでるにゃ」
この前は勝手に握るなと言ってたのに、自分からならいいらしい。
食事を取って、まずはできることからと、アルミナ公爵邸を訪ねてみる。
門番に不振がられて、追い払われる。
まあ、猫頭人と手をつないだ巨漢が正面から歩いてきたら、そうなるか。
再度訪ね、僕がカンテラであることを上の人に報告してもらう。
5分後門番さんは『失礼しました』と、最敬礼で通してくれた。
やっぱ持つべきものはコネだね。
応接間に通され御茶菓子と紅茶が出される。
ジンさんやユキくんよろしくフォークと使うことができないタマちゃんにケーキを食べさせてあげてると、初老の筋骨逞しい男性がやってきた。この人が主人が留守の館を取り仕切る大番頭ホウザンさんである (行きしなにタマちゃんから教えてもらっている)
「遅れて申し訳ありません。なにぶん商談が立て込む時期なもので」
驚いた。この人日本語喋れるんだ。
「日本語、お上手ですね」
「アーマライト家は来たるべき異界漂流者と対応するために、神語を伝授する家系ですれば、家人もある程度は」
それ初耳なんですけれど。
「公爵は、そのことを言われませんでした」
「この度の異界漂流者様には獣頭人や黒麗鬼が傍におられたので、不要と思われたのでしょう」
この度の異界漂流者様である僕としては、知己が増えることに何の抵抗もなかったのだけれど……。
するとホウザンさんはタマちゃんを見て目を細める。
「ルピコ嬢より聞いた案内人とは……若干違うようですが」
ルピコ? ああ、ピコくんの本名か。……そっか、こっちではまだ『娘』と思われてるのか。どう説明しよう。
タマちゃんが、また「私は案内人じゃねーにゃ」とか言い出したら話こじれるかなと思ったが、彼女珍しく、押し黙っている。ので、僕が説明。
「タマちゃん……、タタマは最近僕の旅に同行してもらっています。おそらく、ルピコが言っていたのは、以前案内人を頼んでいた犬頭人のジジン・ムーゲン・メロディアか、ジョリャ・ユユキ・メルクリでしょう」
「獣頭人の知己が、多いのですね」
たった3人だけれど。でも、そうか。国外に用事のない人間は獣頭人と接点ないからな。
もしかしたら、この借りてきた猫状態のタマちゃんを見て、何か得体の知れない枠外巡礼者として、興味深々という可能性もある。
話は進む。
そうそう、一番大事なピコくんとデミトリを迎え入れてくれたことへの礼を言う。
「その節は、ありがとうございました。僕の家族を、暖かく迎え入れてくれたと聞きます」
深く、頭を下げる。
「いえ、こちらこそ。楽しませていただきました。ルピコ嬢には、本当にこの町で暮らしていただきたかった……、そう、思います」
……。その暖かい言葉に、何も言えない。
実は男なんですが、とは、決して言えない。
「それに、歩く破壊衝動と呼ばれたあのデミトリ・フレイムロード様に宿泊いただいたとあれば、我らの館にも箔が着きました」
本当、ごめんなさい。あのじいさん、少し調子に乗る癖があるから。
その後、公が言っていた亡き娘さんが手入れしていたという庭園を案内してもらい、冬の花を楽しむ。
庭には手入れする人の性格が出るというが、寒空の下だというのに、寒さが薄らぐような気持ちに包まれる庭園。アルミナ公の気性が忍ばれる。
いや、手入れしてるのはマッチョなオッサンだったけれど。
その後、メイドさんの案内で館から少し離れたところにある公の娘さんの墓に案内してもらう。そのメイドさんはえらく饒舌な人で、目的の場所に向かうまでほとんど喋りっぱなしだった。口を挟めないし、そもそも半分くらいしか聞き取れなかった。
10分くらい歩いたら、一望できる、静かな場所に出た。
眼の前には小さな石碑。
文字がいくつも彫られているが、僕の知らない流暢な字体のため読めない。
でも、何を書き残してるのかは、わかる。
だから、手を合わせた。
両の掌を合わせて拝むなんて、この国ではしないのかもしれないけれど、タマちゃんも、メイドさんも、何も言わずに、僕の気が済むまで、そこにいさせてくれた。
帰り道、メイドさんはひたすらに饒舌だった。やっぱり何言ってるのかわからない。
途中で自分のボケに自分でウケて爆笑していたが、聞き取れないから何が面白かったのか不明、愛想笑いもできない。
するとメイドさん、突然タマちゃんに向いて、不思議そうに訊いた。
『ところで、さっきから手を繋ぎっぱなしだけれど、その猫頭人、もしかしてお客様の恋人だったりするんですか?』
そう言えば、朝から当たり前に握りっぱなしだった。何回も食事や、ホウザンさんとの会話や、墓参りの時は放していたけれど、移動するときにはつい自然に握り直していたから、うっかり忘れていた。
いや、迷子になるから掴んでただけです、と説明しようとしたら、それよりも前にタマちゃんが僕の手を振り払った。
『そんなんじゃないにゃ! こいつがいつまで経っても放さないから、放しどころがなかっただけにゃ!』
とか言い訳していた。移動するたびに、自分から掴んできたくせに、その否定はどうなのだろうか。
「手を放すのはいいけれど、迷子にならないでよ」
「ならねーにゃ!」
そんな僕達を見て、メイドさんはまた笑った。
何が面白いのか、よくわからない。
『そうそう、そう言えば、昨日も買い出しに町に出た時、手をつないでる姉弟をみたんですよ。仲睦まじくて、ほほえましかったです。あの子たちも旅行者かしら』
すると、僕らも兄妹みたいなもんに見えるだろうか。
「はんっ! 熊頭人と猫頭人の兄妹なんて聞いたことないにゃ」
豚頭人と言われなくてよかった。
なんか、僕といると悪態が冴えるな、この子。