11月11日 草原の国 久しぶりにジンさんと長話 エルフ調査のこと 予算要求のこと 人の多面性のこと
おそらく平成26年11月11日
剣暦××年10月11日
草原の国グラスフィールド
王都 僕の屋敷
ユキくんにも言われたが、僕は困ったときにはいつもジンさんにばっかり頼んでいるんだとか。
確かに、そうだ。会わなかった日にまで、ジンさんの話題を書くくらいだし。
なんと言うか、仲がいいと言うより、最早体の一部みたいなところある。
もちろん、最初から仲がよかったわけじゃないのだけれど、正式に契約した時には、ボケとツッコミが確立していた。
いつから仲好くなったんだっけ?
でも本人にそんなこと訊いたら、呆れるか、不敵に笑ってこじゃれたことを言い出しそうだから、やめとく。
さて、困った時のジンさん頼み、不法滞在エルフの調査について、ジンさんの意見を訊く。
できれば、屋敷の人間を使いたくないこと。国からは人材の協力は得られそうにないこと(ジジン・ムーゲン・メロディアとかいう犬頭人が僕の愚痴ばっかり言うせいだと付け加える)。
僕の要望を聞いて、ジンさんが出した結論は、『レンを連れて行け』だった。
理由は、ダークエルフのメイド業は、あくまで次の仕事のためのつなぎなのだから、本業に立ち返ることに何の問題もないから。何より、今の状況で一番信頼できる護衛はレンちゃんしかいないから。
「最も、お前がレン達に危ない橋を渡らせたくない、と言うなら、それもアリだ」
結局はお前が決めろ、と投げられた。
あと、「エルフとダークエルフの間には、お前が思っているような確執とかないぞ。もう何百年も前に分化した部族同士、ただ、溝があるだけだ。そのことを懸念してレンを置いて行く必要はない。むしろ、そんなことで遠ざけられて護衛もさせてもらえないとなれば、そっちのがレンは傷つく」んだそうだ。
そういうもんだろうか。
ジンさんが言うなら、そうなんだろう。
※※
いつものように、僕の部屋となった書斎で、ジンさんは向かいに座っている。
最近は、昼のお茶の時間になると僕の部屋に来るようになった。あの狭い部屋に飽きたのか? と訊くと「俺に相談がありそうな顔をしているから来たんだよ」とか返される。やれやれ、見透かされている。
おやつの時間だ。最近は完全にお茶係になったピコくんがお茶を運んできて、僕とジンさんの前に置く。猫舌のジンさんのために、熱々のお茶。
「いじめか?」
なんてジンさんは言うが、長話してたら冷めるんだから、いいだろう。
二人して、今度の不法滞在エルフについて話し合う。もし、本当にそんな人物がいるとして、何の目的があって、そんな不審な行為に耽っているのか?
世界廃滅主義者の協力者か? 草原の国へのスパイ行為なのか?
もしくは狩りの途中に獲物を追って、他国まで追いかけてきた可能性も。
証言から何かか、誰かを探している様子も感じられる。
「結局は現地に行くしかないかな?」
熱々のお茶を飲み干して、そう結論付けた。
「お前らしい、ぶっつけ本番主義だな」
お茶が冷めるのを待っているのか、ちらちらとカップを回数見ているジンさんは、少し身を乗り出して、不思議そうに訊いてきた。
「しかし、今回は随分慎重だな? いつものお前なら、俺とかリーヨン殿下を連れて、さっさと出掛けてしまいそうなものなのに」
あ、訊かれた。やっぱりわかるのだろうか。
「いやね、今回は法務卿の下で任務するじゃない。出発する前に必要経費を算出して申請しろと言われたのよ」
ジンさんの目が細まる。何しろ、今まで経費は僕持ちで、最終的に陛下から報奨金をもらうだけなのに、今回は経費を出してくれると向こうから言ってくれている。これは、初めての経験だ。
「ほう、今回は国費で賄ってくれるのか? 完全に国務だな。お前も信頼された、ということかな?」
「いや、法務卿がとかく真面目なだけだと思うよ?」
あの人、書類とか細かそう。帰ったら報告書書けと言われたらどうしようか。
「それで? それがなんなんだ? さっさと予定経費算出して、金をもらえばいいだろう? どうせ向こうはどれくらいの費用が必要なのかわかってないんだから、根拠適当に示して数字出したところでその通りの額が出るよ」
本当、獣頭人って書類の偽造をなんだと思ってるんだろうね。
まあ、国際情勢を安定させるために公文書を改ざんするなんて、お手の物なんだろうけれど。
「ジンさん、僕も異世界に来る前は公務員だったんだよ?」
「それが?」
「役所ってのはね、文書を何より重視するんだよ。それに、公費を使って仕事をするとなると、かなりデリケートになるんだ。きちんと、根拠は示したいし、行き当たりばったりには抵抗ある」
「役人が、か? あいつら程金勘定のゆるい奴らはいないぞ」
「役人が金勘定してるところ、見たことあるの? 芝居の見過ぎだよ」
……おっといけない、公務員談義してる場合じゃない。
「法務卿は、カンテラのずさんな仕事ぶりを知らないからね、普通に自分がいつもやってる通りのやり方を押し付けちゃったのよ。仕方ないから、ぼくも今回は計画性を持って活動したい」
そろそろ冷めたのか、ジンさんがカップを持ち、まだ出る湯気を鼻にあて「まだ熱いな」とか言った。そして
「そんなこと言って、いざ現場に出たら行き当たりばったりで予算のことなんかすっかり頭の中から抜けるのが、透けて見えるぞ」
いたたたた。
そこで、一度会話が終わる。
レンちゃんがカップを下げに入室してきたのだ。
まだ、口を付けていないジンさんのカップを見て、「新しい御茶を用意致しましょうか?」と確認する。ジンさんが猫舌なの知ってる癖に。いや、訊くのが礼儀なのか?
ジンさんは「いや、大丈夫だありがとう。……それよりレン別に俺にまで女中らしく振る舞う必要はないだろう。俺とお前の仲なのに」とか、ぶつくさ言ってた。
くすくすと笑い、一礼してレンちゃんは部屋を出て行った。
「……レンの奴、完全にメイド気分だな」
「刀振り回すよりは健全なんじゃない?」
しかし、レンちゃん、キャラ変ったよな。
前は、クールビューティを前面に押し出したこちらから話しかけなければ、寡黙に付き従うのみ、って女の子だったのに。いや、当時から笑う時は笑ったけれど。
あれは、8月14日のあの日から、なんか、感情を押し出すようになった気がする。
「ねえ、レンちゃん、よく笑うようになったね」
「そうか? 昔から笑う時は笑っていたぞ? ただ、違うことと言えば、そうだな、昔はいつも腰に佩いていたエルフ刀を、携帯しない時が増えたかな」
「武器を手放すと、性格変わるの?」
「そりゃ、武器を持ってる時と、持たない時じゃ気持ち変わるだろう。先月、オークの国にいた時、お前がちょうどいなかった時に、レン達が武装して来ただろう? あの時は、昔と同じ眼をしていたよ」
「そっか……」
「どっちが本性なのかね」
「どっちも、本性でしょ、人間皆、いくつも面持ってるじゃない。ジンさんだって現実主義者の割に、浪花節が好きだし。イオちゃんだってどんな難局でも頭を冷やして行動できる人だけれど、精神年齢低い。デミトリなんて最たる例さ、あのジー様、好々爺装ってるけれど、根は武人だよ。レンちゃんも、いくつもの面を持ってる。また、護衛として立ち帰れば、冷えた眼ができるんだろう」
「……よく、見てるんだな」
「見てない見てない」
「ちなみに、お前はどうなんだ?」
はい?
「ちなみに、お前はどうなんだ? 多面性を持ってるわけか?」
なんで二回言うの?
「ないない、裏表ない平面のような男よ、僕ぁ」
「嘘つけ」
「カンテラ ウソツカナイ」
「なんで片言になったんだ?」
あ、このネタ通じない?
さて、やっぱりレンちゃんに頼むのが、一番確実か……。
でもなあ、
無意識に、腹をさすっていた。
レンちゃんに、昔刺されたところ。
あんまり、あの子に刃物持たせたくないんだよなあ。僕の、気分の問題なだけなんだけど。