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かんてらOverWorld  作者: 伊藤大二郎
姫様とデートをすることに! 抱える頭 浮かれる心臓編
120/363

11月8日 草原の国 イリス王女とデート

 おそらく平成26年11月8日

 剣暦××年10月8日


 草原の国グラスフィールド 

 僕の屋敷



 イリス王女殿下の要望に合わせて、半日程、城下町を一緒に散策してきた。

 俗に言うデートである。

 無事に終わる。

 国王陛下より招請がかかる。次の『おつかい』が始まるということだろう。

 姫様も外遊に行かねばならないから、いつものパターンで言えば、旅先でばったり会うかもしれない。



 ※※



 今日は、イリス王女殿下とデートの日。

 別に、デートというような大層なことをするつもりはないのだが、姫様にとっては、デートと決めてでかけるのだから、デートなのだろう。

 この一週間に一生分のデートという言葉を使ったような気がする。


 昨日、皆にあれだけ心配されたので、ジンさんに「付いてきてくれないかなあ」と相談したら、怒られた。「やめろ、もしそんなことしたら、俺が王女殿下に殺される」と、とても真剣な目で言われた。

 それでも不安げな僕に、ジンさんは言った。

「精いっぱい案内して楽しませて、しっかり恥かいてこい。王女殿下も、それを期待しているぞ」

 とまあ、面白い励まし方をしてくれた。

 気楽に行こうかな。



 

 早朝、イリス王女を迎えに行く準備をしていたら、玄関にお客様が来たというので僕が出てみると、イリス王女が立っていた。

 何を言っているのかわからねーと思うが、僕も何をされたのかわからねー。

「おはよう、カンテラ」

 と笑う彼女は、平民の服装で、そこにいた。

「今日の私はイリス王女殿下ではないぞ、町娘のイリスちゃんだ」

 町娘のイリスちゃんはそんな男言葉使って、堂々としていないと思う。

 よく抜け出せましたね、護衛とか付かないの? と確認すると、視界に入らないように、近衛が見張っているとのこと。

「だから、私に変なマネはできないからな、残念だったな」

 元からそんなマネするつもりないってば。


 さっそく、イリスちゃんを連れて歩くことに。

 姫様も多忙で、イリスちゃんでいられる時間はあまりない。それに、体がそんなに強くない彼女を一日連れまわすこともできない。

 だから、一か所。城下町の中で、彼女が見たことのないものを見せて、どこかのカフェでも入ってお喋りするくらいがちょうどいいという結論に至る。


 最初に連れていったのは、朝のぼろ通り。

 月に数回、普段は交通の便確保のために市場を開くことが規制されている大通りに、誰でもテントをたてて市を開いてもいい日がある。偶然にも、今日はその日であった。

 一番近いのは、高知県の日曜市というやつだろうか。

 だから、普段以上に混雑している。

「目抜き市なら、見たことあるぞ? ……いえ、ありますわよ?」

 無理して、女の子っぽくふるまわなくてもいいですよ。

 僕が案内したのは、イリスちゃんも見たことあるような大通りの巨大市ではなく、それに便乗して離れた小さな路地等で開かれるぼろ市の方である。

 最早観光資源と化し、利権もからんできている大通りの市に参加できなかったり、場所取りに失敗した初心者は、こういう小さな道で路地を開いている。

 この大市の日には、王都の複数の通りでぼろ市が開かれる。意外にも、イリスちゃんを歩かせても問題ないくらいには治安はいい。そういう通りを選んだ。

 商品の質は玉石混合。とても大通りで出せないような粗末な品から、隠れた逸品まで色々だ。

 特に、行商に来たホビットやドワーフ達は、あまり人間の経済観念を理解していないため、『こっちのが空いてるし、店を出しやすいだろう』と、わざとこういう場所に店を開いたりする。人口が少ない田舎から来た彼らには王都の人口というものがうまく実感できず、いや、人目につかないと売れないじゃん? というのが、理解されにくいのだ。

 元々、人通りの少ない路地なので、ゆっくり姫様のペースで歩いても、迷惑がかからない。

 思った以上に、目を輝かせて市を冷やかして回るイリスちゃん。

「カンテラ、これ! これ面白い! 回すとでんでん音が鳴る!」と見せてくれたのは、取ってのついた手のひらサイズの太鼓の両端に、糸で重しをぶらさげたものである。回すと、重しが振り回されて、太鼓に当たって音が鳴る。

 つまり、デンデン太鼓だった。こんな文化が、この世界にもあったのか。

「これ、買おう買おう! お金私出すから! どうやって買えばいい?!」

 いや普通に店主にこれ買うって言って、お金払えばいいですよ。

 すると、イリスちゃんはホビットの店主に流暢なホビット語で【店主、これを一つ貰い受けたいが、いくらなら譲ってくれる?】とか言った。

 多分、ホビットの行商人もびっくりしただろうね、突然若い娘が子供のおもちゃ見てはしゃいだと思ったら、ホビット言語使って堅苦しいこと言い出したら。唖然としていたが、さすが商売人、気を取り直して値段を伝えた。

 イリスちゃん、少し首を傾げ、懐の財布から、金貨を一枚取り出して、【これで足りるか?】とか言って渡そうとする。

 慌てて止めた。

「姫さ……イリスちゃん! それ払い過ぎ! その金貨でデンデン太鼓5000個買える!」

 5000個もいらないなあ、と真剣に悩む金銭感覚のない町娘は置いといて、僕の財布から、ちょうどいいお金を出して、デンデン太鼓一個買ってあげた。

 大喜び。

 まさか、いきなり世間ズレしたところを見せてくれるとは思わなくて、びっくりした。


 その後、どこらへんが面白いのかわからないが、ひたすらデンデン太鼓を回転させて遊ぶイリスちゃんを連れて、市を散策。

「しかし、開放政策をとっているのは知っていたけれど、この国ってこんなに異人が多かったんだな」

 意外なことを言い出した。

 そっか、僕達には当たり前だったけれど、城の中にまで用のある異人なんて、獣頭人くらいしかいないもんな。8月に、一度城を脱出したことがあったが、その時は無我夢中で周りを見る余裕もなかったのだろう。

 城の外を見るのは、本当に久しぶりなんだと。

 ……よく周りが今回の外出許してくれたな。お小遣いまで渡されてるし。


 その後、次の目的地までの通り道になる音楽辻を抜ける。

 その路地裏では、商品を並べる代わりに、芸を売っている。

 まあ、つまり辻音楽家達が通りの壁に並んで、想い想いに音楽をかきならしている路地裏なのだ。

 職のない音楽家志望や、暇な芸人の修行の場として、毎日色んな連中がめいめいに楽器を持ち寄って音を鳴らしている。

 音楽と言えば、室内楽と歌劇、宗教的行事くらいしか縁のないイリスちゃんは、ここにも食いついた。

「皆、貧乏丸出しの格好で、いかにも安物の楽器ばっかりだ。けれど、活きた眼をしてる奴らもいたし、楽器の手入れだけは欠かしてない本物もいたよ」

 おひねりをあげるのは構わないけれど、また懐から金貨を取り出そうとしたので、止めた。

 じゃあ、代わりにと、ボロ布の裏に、イリス・グラスフィールド名義の紹介状を書くと、気に入った曲を鳴らしていた連中に渡していた。「宮廷楽長なら、私の筆跡わかるはずだから」との言。

 それはそれで気前よすぎだけれど、「宮廷楽長は私のことそんなに敬ってないからな、私の紹介程度じゃ縁故人事なんてしてくれないよ。テストくらいは受けさせてくれるだろうけど。チャンスをものにできるかは彼ら次第だ」とのことである。いや、それでも気前よすぎだけれど。

 そもそも町娘のイリスちゃんは、そんな権力持ってないから。

 もちろん、彼らだってそんなもの直接渡されても、信じない。悪質ないたずらだと思う。

 「だったら証拠見せてやる」とか言って、急に死霊祭で歌って見せたアメイジング・グレイスをその場で披露。

 その美声に、全員圧倒され、何人かはモノホンだと気付き、跪き始めた。

 やばい、連れて走って逃げる。



 いきなり走ったから、とても息切れ、僕を責める。

 僕にも反論はあるが、ちょっと息が、辛いので、休憩を取ることに。

 前にイオちゃんを連れて寄ったことのあるカフェが目的地。眼の前にある。

 来店。落ち着いた雰囲気の女中さんが席に案内してくれる。いつものように、窓際を。本当は人目につかない席がよかったけれど、そういう要求を言えない芯の弱い日本人カンテラ。勧められるまま。

 店員にお勧めを聞いて、紅茶を選んだ。この店の茶葉は高級な茶葉を利用していると店員さんが説明していたが、あなたの目の前のお客さんは、普段からその六等級くらい上の茶葉を愛用しているのです、とは言えず。

 出てきた、2杯の紅茶。

 嫌だなあ、一口飲んだ途端、「店主を呼べ」とか言い出さないか不安だったけれど、普通に「うん、おいしいよ」とだけ言って、味わっていた。

 意外だった。味にはうるさい人だと思っていたから。それが顔に出ていたのか「そりゃ、いつも飲んでいる茶葉の方が、深みのある味がするよ。でも、どんな茶葉でもおいしく飲んでこその嗜みだ」とか言って笑った。

 意外な一面を見た気がした。


 そこで、色々とお話をした。

 兄のリオロック王子は、好き嫌いのはっきりした人で、それを表に出すことに躊躇しない性格のせいで、味方も敵も多い。

 だから、敵側になった人間達の受け皿として、イリス派というものができていること。

 自分は亡くなった母と同じように病弱な体質なので、父も兄も過保護なところがあること。

 どうも自分が言葉遣いが荒かったり勝気なところがあるが、幼少の頃に同年代の友達がまったくおらず、読んだ本が兄のお下がりの、冒険ものだったり、王子向けのものが多かったせいじゃないかと思っていること。


 話しこんでいると、もうそろそろ時間である。

 昼食をどこで食べようかと話したら、「アレグロに作ってもらったんだ」と、手に持っていたバスケットを見せてくる。

 あえて無視していたが、やっぱりそうだったか。

 さあ、どこで食べようか、と相談したら、そこで提案を一つされた。



 私は、草原というものを見たことがない。



 今日の主役がそう言ったので、今、城門の外まで出て、見渡すかぎりの平原にいる。

 門の守衛さんは知り合いだったので、頼み込み、カフェでお土産に買った菓子を差し入れすると「すぐ帰ってきて下さいよ」とぶーたれながらも、通用門を通してくれた。

「賄賂をもらって、門を勝手に通らせる。あれはいかんな、綱紀粛正を図らねば」

 いや、君の我儘のせいだから。

 

 門の外、草原というものを生まれて初めて見た女の子は、これ以上ないくらい眼を輝かせていた。

「私は、実は土の上を歩いたことがないんだ。人生のほとんどは城の中。もちろん中庭には地面もあるのだけれど、そう、誰も手入れしない、緑が、石が、風があふれた大地というものを、知らなかった」

 印象に残った台詞ゆえ、つい覚えてしまった。

 両手をいっぱいに広げて、風を浴びながら、イリスちゃんは大地を13歩進み、そして振り返る。

「近衛が心配してもいけない、お昼を食べて、早く帰りましょう。城の外には、山賊とか野犬がいるのでしょう? 書物でしか読んだことないけれど」

 草原には山賊はいないよとツッコミ入れて、草の上に並んで座り、お昼のサンドイッチを食べた。

 やっぱり、アレグロさんの作ったものはおいしい。と思わずパクパクモグモグ。

 イリスちゃんにもおいしい? と訊かれて、おいしい、さすがアレグロさんだね、と賛辞。

「そっか、実はそのサンドイッチ、アレグロに教えてもらって私が作ったんだ」

 思わず、喉に詰めそうになった。

「まあ、サンドイッチなんて料理とは言えないだろうけれど」

 隣に座るイリスちゃんは、何が面白いのかけらけら笑って

「一国の姫様にお弁当作らせるなんて、この果報者め、喜べよ」

 自分も、ハムと野菜挟んだパンをかじり始めた。



 その後、元来たルートで城門内に入ると、姫様専用の王紋入りの馬車と近衛兵団が待っていた。

 イリスちゃんから、姫様に戻らなければならない。

「そろそろ、時間か。カンテラ、楽しかったよ、ありがとう」

 姫様は、そう笑った。

「楽しかったのはこっちの方です」

 僕も返す。

「これで、私も心おきなく旅立てる」

 そっか、これから各地を視察して回るんだっけ。生まれて初めての、外遊だ。

「最初に見る、外の風景は、お前と見たかったんだ。その願いが叶ってよかった」

「……」

「カンテラ、私は前に訊いたことがあるよな、私のこと好きか? って。お前、好きだって言ったよな」

 さらっと、えらいこと言われた。

「大事なこと言い忘れていたよ。私も好きだ。これが男女としてなのかは、わからない。本当のこと言うと、私もそういうことよくわからないんだ。それでも、お前のこと、好きだよ」


 彼女は、僕の横から離れて、自分に傅く者達の元へ帰る。


「カンテラ、旅先で私も手紙を書くから、読め。帰ったら、今度は私が会いに行く。お土産たくさん持って。私は忙しくてもそういうの忘れない性格だからな」

 うぐ。

「またね」

 そう言われたから

「ええ、また必ず」

 そう返す。

 男前の姫様は、馬車に乗り、城へと帰って行った。

 ぼくは、それを見送る。見送った。



 ※※



 一時間後、歩いて僕も自分の屋敷に帰宅。

 ジンさんが、出迎えてくれた。

「大丈夫だったか?」

 なんだか、僕以上に心配していのだろう。えらい不安げにこっちを見てくる。

「うん、楽しかった。姫様にもそれなりに楽しんでもらえたと思う」

「そうか……、しかしなんでそんなに呆けてる?」

「ん? ああ、姫様に、好きって言われたんだ」

「……そうか」

「あれ? 大げさなリアクションしないんだ?」

「今更わかりきったことだからな」

「……そうなの?」

「そうだよ」

「そっか」


 ジンさんは、言うべきか迷って、結局言った。

「カンテラ、ギャリク国王陛下よりの招請状が届いているぞ。多分、次の『おつかい』が決まったということだろう」

 そっか。もう、次の旅か。


 でも、今の僕には契約案内人がいないのに、どうやって旅しようかな。

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