3月30日 草原の国 イリス・グラスフィールド王女殿下より命令
おそらく平成26年3月30日
剣暦××年2月30日
場所 草原の国 王城内
体の具合が治って、粥をもぐもぐ食べていたら、イリス王女が見舞いに来てくれた。
一緒に食卓についていたジンさんやレンさんが椅子から立ち上がり、その場で膝まづいたもんだからびっくりした。
ああ、そういやこの人この国の姫様だもんな。
僕もやっぱり同じようにした方がいいのかと思って腰を浮かそうとしたら
「反応が遅すぎるわ、気にせず粥をくちゃくちゃやってろ」
相変わらず口が悪い。すると、王女は膝まづいて頭を垂れる二人にも声をかける。
「そなた達も気にせずともよい。食事中に済まなかったな」
なんか、ぼくの時と対応が違うんじゃね?
イリス王女殿下はこの草原の国の第一王女。二人の兄がいて、少し痩せているけれど母親に似て美人で、教養があり、異人にも優しいということで、人気のある姫様だ。
しかし、近しい者はしっているが、実はかなり性格が悪く、野心家で、自分の野望を果たすために大臣や、次期国王になるお兄さんと派閥争いをしているというきな臭いお人。
誕生日は僕と同じ3月11日(と言っても、剣暦の3月だが)で、今度18才になるのだとか。
生まれつき内臓が悪いらしく、美食は好まない。そのせいか、やせ気味。コルセットをつけなくても、十分細い。趣味は珍しい物語を聞くことと、諜報活動。特技はほほ笑むことと、カリスマ。自分を善と悪に例えるなら即答で善と答える性格のよさ。王女殿下と呼ばれるのを嫌う。
なんとも、精神的な豪快さにあふれたお人だ。
「カンテラ、小人の国に行くぞ」
食事が終わるや、突然切り出された。
何を言っているのだろうか。
「大鬼の国との国交を結ぶために、フレイムロード侯が代理の特使として派遣されたが、あれは駄目だ、失敗する」
何故そう思うのか? フレイムロード侯爵は僕よりもしっかりしている人だと思うのだけれど。
「大鬼は信頼を重視して物事を決定すると散々吹聴したのはお前だろうに」
呆れたような、嗤ったような顔と声色だった
「そんな連中が数百年、断交していた国と結ぼうとしているのに、途中でぽんぽん使者を変えたりしてみろ。そして、貴族精神の権化みたいなフレイムロードの当主が相手のそんな感情の機微に通じると思うか?」
オークも侯爵も、そんな気難しい人達じゃないと思うのだけれど……
「それはな、歌う小さな大鬼ミキテル・タカマチ相手だったからだ」
僕そんな二つ名ついてたの? とは思ったけれど、何も言わずにおいた。
「ま、お互い国を背負ってるんだ。たたき返すだとか、いきなりドンパチ始めたリはしないだろうが、こじれる。こじれて、どうしようもなくなって、兄上や宰相どもが泣きついてきたら、カンテラの出番だな」
なんだかんだで、やっぱこの人も僕を自分のもの扱いか。
「不服か? 自分の運命を他人の都合にいいようにされるのが」
姫様は、結構僕の心がわかる。
「顔に出ているよ」
だから、読まないで。
「他人の都合で自分の立ち位置が変わるのなんて、世の常だ。されっぱなしが嫌なら、うまく乗りこなして見せろ。五種族二竜十七部族と乙女を一人、籠絡してみせたその手癖でな」
乙女って誰?
「ばかもの」
だから、心を読まないで。
会話がはずんでいると、部屋の隅でジンさんとレンちゃんがなんか笑おうとして笑えなかった時の顔でこちらを見ていた。
場が落ち着いた後、姫様より命令が下された。
「というわけで、体調が整い次第、お父様は出国命令を下すだろうが、それよりも先に、密命を出してカンテラを国外に出しておく」
「こじれさせるために?」
「こじれさせるために。その方がこちらが後々大きい顔できるしな。第一、一まで頑張ってきたのはカンテラなのに、美味しいところだけ向こうに持ってかれるのは癪に障る」
僕は気にしないのに。
「小人の国に、ホビットパンの研究のために密入国した料理人が一人いる。向こうの王とは話をつけてあるから、表沙汰になる前に、とっとと連れて帰ってこい」
いよいよ「おつかい」か
「あ、やっぱり私もつれていけ。お前が寝物語に話してくれたホビットの国。ぜひ見てみたい」
ちょ、まじやめて王女殿下。
「いつも言っているだろう。姫様と呼べ」