11月5日 グラスフィールド最強。オリガ・レギオン・フレイムロード侯爵夫人
おそらく平成26年11月5日
剣暦××年10月5日
草原の国グラスフィールド
王都にあるフレイムロード侯爵の屋敷 長子の部屋
色々と、思うところはあるが、何から書こう。
うん、リーヨンちゃんと、デミトリを連れてフレイムロード侯爵の屋敷を訪ねたことだ。
3か月前のダンスパーティで、初めて一緒に踊ったミシェールさん。
突然倒れた見ず知らずの老婆を介抱するために、僕にハンカチを貸してくれた彼女にお礼がてら借りたハンカチを返すのが今回の主題。ついでに、リーヨンちゃんと波長合いそうなので、二人を会わせるのも目的。
今日の昼間に、フレイムロード家を訪ねる。
フレイムロード侯爵夫人オリガさんと、ミシェールさんが迎えてくれた。
すごい歓待を受けて、夕食までごちそうになって、今、フレイムロード家に泊まっている。
イオちゃんに泊まるって言ってなかったから、心配してないかなあ。
一応、使いをやって今日は帰れないことは伝えたけれど。
しかし、あのオリガ夫人、この世界で初めて見るタイプのキャラだった。
※※
フレイムロード候は自分の領地を持っていて、実家もそっちにあるのだけれど、当主は将軍になったり、使節団の代表になったりと外務系エリートの家系なので、王都にいることも多く、こっちにも屋敷がある。
候がオークの国使節団の代表として任地に赴き、当主不在のフレイムロード家を現在取り仕切っているのが、当主夫人オリガ・レギオン・フレイムロード侯爵夫人35歳である。意外と若いな。
今回は、この人に挨拶をするついでに、王都の学校に進学しているため王都屋敷に住んでいるミシェールさんに会うという筋書きである。
僕はデミトリを介してフレイムロード候ジョージ2世の知人として、リーヨンちゃんは僕のお付きとして。
お日様が真上に来るかという時間に、玄関に迎えの馬車が来た。馬12頭引きの黒塗りの馬車であった。こっちの世界でいう『リムジン』級の扱い。
まさか、送迎の用意をしてくれているとは思わなくてびっくりした。デミトリに「僕のことなんて紹介したの? なんでビップ扱いなの? 侯爵夫人に僕のことなんて教えたの?」と確認するが「いえ、ただ当主と私の孫が世話になった異世界人とだけ伝えましたが」とのこと。
ここで、嫌な予感がしたが、僕はもっと気付くべきだった。
馬車に揺られ、20分くらいだろうか。意外と僕の屋敷から近いことに驚きながら到着し、停車した馬車から下りる、僕、リーヨンちゃん、デミトリ。
僕達の姿が見えた途端、楽団のファンファーレが鳴った。
?!
眼の前に、すごい歓待があった。
屋敷の正門、どこから準備してきたのか、大規模な楽団が並べられた。
紙吹雪が舞っていた。
極めつきに、昼間なのに花火があがった。
よく見ると、門の上に横断幕がついている。剣祖共通語でデカデカと。
『歓迎! リーヨン・オーバーラブ王女殿下』
だから、お忍びだって言ってんだろうが。
『歓迎! タカマチ・カンテラ・ミキテル卿』
ちょっと違う。まずカンテラはミドルネームじゃないし、僕は『卿』がつく身分ではないのだ。
おそらく屋敷中の家人とメイドと思われる人間達が、僕達の歩く道を示すように、左右に並ぶ。その道の奥。
正門のど真ん前に、2人の女性がいた。
一人は知っている。あの背の高い、けれどちょっと頼りなさげにたたずむ雰囲気。ミシェール・バタリオン・フレイムロード嬢。
なら、もうひとりのあれは、誰だ?
長いウェーブのかかった金髪で、体のラインがわかるようなドレスを着てるせいか、全体的に丸みを帯びたグラマラスな女性。えらい、にこにこしている。
ファンファーレが終わると、二人がこっちに向かって歩いてくる。その足取りのぽわんぽわんしたこと。
小声で後ろに控えるデミトリに確認。
「デミトリ……、あのミシェールさんの隣の、足音がぽわんぽわん言ってそうな女の人、誰? フレデリカさんのお姉さんとか?」
そして、僕は初めてデミトリの苦渋の声を聞く。
「いえ、あれがフレイムロード家の当主夫人オリガでございます」
「当主夫人って、えらい若いけれど」
あれ、絶対30来てないだろう? (後で、僕は実年齢35歳であることを知る)
女性の実年齢なんて、訊かないのがマナーだけれど、思わず口にした。が、それについて会話する前に、彼女らはすでに僕の前に立つ。
にこにこした金髪の女性がその豊かな髪と胸をふわふわと揺らしながら近づいて、剣祖共通語で第一声を口にした。
『あら~、いらっしゃい~。よく来てくれたわね~』
僕の下手クソなヒアリングでも、甘ったるいのがわかる口調だった。
『お初にお目にかかります。異界漂流枠外巡礼者、高町観照と申します』
僕の公的な身分で、挨拶をしてみたところ
『あら~、そっちのおっぱい大きい子がリーヨンちゃん? あら、オークの国のお姫様にちゃんは駄目かしら。初めまして、王女殿下』
話聞けよ、フレデリカ嬢と言い、お前ら一族は社交辞令スキップすんの好きだな。とは口には出さない。
突然話を振られて、リーヨンちゃんも緊張しながらも挨拶。
夫人はうんうん、と頷いて、リーヨンちゃんの腕を掴み『さっそくお庭にどうぞ~』引っ張っていく。リーヨンちゃん、まさかの展開に困惑したまま連行される。
圧倒されっぱなしで着いて行く。
呆気にとられている僕を見て、いつの間にかいたミシェールさんが『ごめんなさい、伯母さまいつも『ああ』なんです』とか謝ってきた。いや、いいのいいの。
『お久しぶりです。ミシェールさん』
『?! あの、剣祖共通語、御上手になりましたね』
わーい、褒められた。
『それほど、言葉は増えていませんが。それに、聞きとりもまだまだで』
『発音が、とてもよろしいですよ。自然にお話できています』
『先日は、僕の家に来てありがとうございました。今日は僕がお邪魔します』
『はい、こちらにどうぞ』
ああ、癒される。
僕のまわり、なんと言うか、攻めの姿勢強い女の子ばっかりだから、こういうミシェールさんみたいな受け答え、すごい久しぶりな気がする。
『ほら~、カンテラちゃん~、ミシェール~、早く~!』
『ベルラ・カンテラー! ビア・ビキー! (カンテラ様ー! 早く来てくださいー!)』
門の前で話しこんでいたら、屋敷の方から、夫人の甘ったるい催促と、思わずオーク語で助けを求めるリーヨンちゃんの悲鳴が聞こえた。
慌てて、入庭。
しかし、だだっ広い屋敷で、だだっ広い庭だった。フレイムロード家って、金持ちだったんだなあ。
庭に、僕とリーヨンちゃんのためにビュッフェが用意され、昼食というか、宴会のような有様。
まあ、二人でほとんど平らげてしまったけれど。
食べ過ぎて、二人してベッドで休ませてもらう。
結局『夕飯も食べていきなさいよ~』という夫人に押し切られて、屋敷で泊めてもらうことになった。
リーヨンちゃんとミシェールちゃんは、同じ部屋で寝ることになり、なんかガールズトークしてるようだ。いいことだ。
僕は、なんか人が使っている様子はないけれど、手入れが行き届いている部屋を宛がわれた。
夜中部屋を訪ねてきたオリガ夫人に訊くと、ここは普段は領地を預かっている長男が王都に来た時に泊まる用の部屋らしい。というか、ネグリジェで男の部屋に入るな。
駄目じゃんそんな大事な部屋を不審者に使わせたら。
文句を言うと、長男は王都に用事があっても屋敷によらずホテルを勝手にとって宿泊して仕事だけ済ませて帰ってしまうらしい。部屋が無駄になるから使える時に使えばいい、との事。
まあ、息子ってそんなものよね。
明日、帰ることを告げると、もっとゆっくりしていけばいいのにと甘えられた。
やめれ、やめれ。
誘っているというより、世間ズレして無防備なだけの見た目30オーバーに見えない人妻なんて知り合いに持ったら、またジンさんが発狂するから、やめれ。