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当作品はサイトからの転載です。

 今、俺はすっごくのんびりしてる。ソファーに身体を沈め、ホラー映画を観ながら、チーズバーガーをつまみにバドワイザーを好きなだけ飲む、至福のひととき。

 いつもならレイの奴が睨みを利かせているからこうはいかない。だが、今日は奴はいない。勤めているバーの女マスター、バーバラとその息子クリスと共にニューヨークに旅行に出かけたからだ。用心棒役ってことでバーバラから同行を頼まれたらしい。賞金首の身で旅行ってことで奴も最初は躊躇してた。だから俺は奴にこう言ってやったんだ。

「俺達の暮らしだって以前は旅行と変わらなかったじゃねえか。たまにはのんびりしてきたらどうだ」

 レイは少しの間、黙って考えていた。そこで俺はもうひと押し。

「お前、メトロポリタン美術館、見たがってたじゃねえかよ。それにあの二人だけじゃ何かと危険だと思うぞ」

「そうだな。じゃあ、お言葉に甘えるか。デビィ、お前も行かないか?」

「いや、俺は遠慮しとく」

「一人で大丈夫なのか? ベビーシッターでも頼んでやろうか」

「大丈夫に決まってんだろ。ってか俺はガキじゃねえっ!」

「まあ、俺が頼まなくったって、無駄にナイスバディなベビーシッターがやってくるんだろうけどな」

 そう言いながら、レイはくすくす笑ってやがった。まあ、図星だけどな。

 

 そういうわけで一週間前、迎えに来た二人と共に奴は旅立っていった。長い金髪を茶色に染めてサングラスを掛けたレイは、涼しげな麻のジャケットを羽織って上機嫌で出て行った。窓を開けて三人の姿を見送りながら、俺はちょっと思ったんだ。彼が人間なら、今頃はあんな家族に囲まれていたかもしれないってな。それは中途半端なゾンビになっちまった俺にも当てはまることではあるけど、少なくとも今の生活を不満に思ったことはない。


 さあて、鬼の居ぬ間のなんとやら、俺は仕事が終わった後にカフェの新しいバイトの娘を誘って甘い一夜を過ごしてみたり、デートに出かけたりと好き勝手なことをさせてもらった。明日、奴は帰ってくるけれど、それまではまだまだ自由だ。そう思った矢先だ。

「よお、元気だったか? レイ、デビィ!」

 いきなりドアを開けて入ってきたのは無精髭の中年私立探偵、ケント・ジョーク。相変わらずくたびれたグレーのスーツだ。

「おあいにくさま。レイは旅行に行ったよ」

「なんだって? お前を置いて旅行だって? 何だ、何があった。夫婦喧嘩か」

「だからそういう関係じゃねえって!」

 こいつは来るたびに俺達の関係を疑っているんだ。いくらレイがそこらの女より綺麗な顔をしていたって、料理が上手くたって、俺は男と肉体関係を持つつもりは更々ない。ないったらない!

「そいつは残念だ。せっかく仕事を依頼しようと思ったのに。いや、待てよ。デビィ、お前も鼻が利くのか?」

「人間よりって意味なら利くよ。レイと同じくらいかな」

「それならお前でも構わない。とにかく依頼人に会ってくれ」

 ケントに促されて部屋に入ってきたのは、クラシックなキモノ(紋付き袴と言うらしい)を着た白髪のジャパニーズだった。白い髭を蓄え、凛とした佇まいの老人は、俺に向かって丁寧に頭を下げた。

「初めまして。私は鈴川と申します」

 ジャパニーズらしからぬ流暢な英語だ。

「ええっと、俺はデビィです。よろしく。で、あなたはケントに何を依頼されたのですか?」

「それは俺から話すよ、デビィ。とにかくお掛けください、汚いところですが」

 おい、ここは俺の部屋だぞ! それに汚くねえ!

「この方の名は鈴川荘次郎。あの『おいしい、楽しい、低カロリー』で有名な鈴川ドーナッツの代表取締役だ」

 ドーナッツ? ああ、そういえばこの間付き合ってた女に奢ってやったな。俺には甘さが足りなくて物凄く物足りなかったけどな。

「お孫さんが誘拐された。お前は俺と一緒に彼女の行方を探しだしてほしいんだ」

「なんだって! だったら警察に届けるのが先だろうが」

「それは出来ないんだよ、デビィ」

「その理由は私からお話ししましょう」

 鈴川氏の声は苦悩に満ちていた。

「孫のナオミは……その……既に死んでいるのです」

 死んでるだって? いったいどういうことだ。

「でも、誘拐されたって……」

「ナオミの両親は彼女が一歳の時に外国でテロに巻き込まれて亡くなりました。私は彼女を引き取って今まで育ててきました。だが、ナオミは先天的に心臓の病気を持っていたのです。病気を治すには心臓を移植する以外に方法はありません。でも、移植は順番待ちで、いつになったら手術を受けられるのかさえ判らない。だから私は知り合いのマフィアの幹部に相談し、心臓の提供を依頼してしまいました。もちろん、法に触れることは判っていました。でも仕方がなかったんです。数ヶ月前、紹介されたドクター・ウォーケンから、事故に遭い、昏睡状態の身寄りのない少女がいるとの連絡を受け、すぐに彼の経営している病院にナオミを転院させ、三百万ドルを払って手術を受けさせました」

 鈴川氏はふっと言葉を止めると、深く溜息をついた。

「手術後は完全な面会謝絶状態で、私はまったくナオミに会わせてもらえませんでした。数週間後、ナオミは退院したのですが酷く顔色が悪く無表情で、まるで別人のようでした。問いかけに対する反応も鈍く、意味のある言葉も発しなくなりました。野菜は一切口にしなくなり、肉ばかり食べるようになりました。ある日、寝ている孫の口の周りが血だらけになっているとメイドから報告がありました。キッチンの冷蔵庫にあった生肉がなくなっていたそうです。私は夜中にナオミの部屋に入り、ふと手を握り、気が付いたのです。脈がありませんでした。胸に耳を当ててみると鼓動の音も聞こえなかったのです」

「じゃあお孫さんは……その……ゾンビに?」

「そう。つまり、手術をした医師はわずか七歳の少女に人間ではなくゾンビの心臓を移植したってわけだ。ひでえ話だろ?」

 ドヤ顔で口を挟んできたのはケントだ。

「ここからは俺が説明するよ。鈴川氏はすぐに病院を訪ねたが、既にそこはもぬけの殻で、ドクター・ウォーケンも行方不明。マフィアの幹部も知らぬ存ぜぬで埒があかない。でも警察に届ければ、お孫さんはすぐに殺処分されてしまう。そこで、彼女を地下室に移し、そこでずっと養っていくことにした。だが、昨日、氏が地下室に降りてみると彼女の姿は消え、脅迫状が置かれていた。そして、彼女の専属だったメイドが行方をくらましたそうだ」

「ふ~ん。メイドが彼女を連れだしたってわけか。鈴川さん、その脅迫状はお持ちですか?」

 俺は鈴川氏から脅迫状を受け取った。何の飾りもない白無地の便せんには、孫を返してほしければ、今日から三日以内に下記の口座に五百万ドルを振り込め。もし振込みがなければ孫を処分すると書かれていた。

「鈴川さん、お孫さんがゾンビになっていることを他に誰が知っていましたか?」

「いなくなったメイドです。ステイシーには……メイドの名前です……ナオミの面倒を全て見させていましたから」

「そのメイドはいつ雇われたんですか」

「ナオミが退院した時です。医師の紹介で口の堅い女性ということで雇い入れました。医師が失踪した時、そのことを問い詰めましたが知らないと一点張りでしたし、他の人物に今のナオミを見せるわけにもいかず、仕方なくそのまま雇っていたんです」

「そうですか。間違いなく医師とメイドはグルでしょうね。とにかくお孫さんを無事に保護することを優先しましょう」

「ですが、まず金を振り込まないと」

「でも、そうするとお孫さんは帰って来ないかもしれませんよ。金だけ受け取って、殺してしまうことも十分考えられます」

 いや、もう彼女は殺されていると考えたほうがいいかもしれない。「生きた」ゾンビを傍に置くことは大変な危険を伴う。それは俺自身が一番よく判っていることだ。

「私達にお任せください。必ず、お孫さんを見つけ出してみせますよ」


 翌日、俺達はさっそくナオミを探しに出かけた。

「おい、あんなこと言ったけど、何処をさがせばいいのか当てはあるのか?」

「いや、ないよ」

 ケントは俺と表通りを歩きながら、涼しい顔でそう答える。

「お前さんの鼻が頼りなんだ。頑張ってくれよ、デビィ」

「いや、いくらなんでも当てもなく街中を嗅ぎまわるのは、無理がありすぎるだろう」

 俺は、鈴川氏から借りた、彼女の大好きな小さなウサギのぬいぐるみの匂いを嗅ぎ、周囲の匂いを探ってはみた。だが様々な匂いが混ざり合い、嗅ぎ分けようとすればするほど眩暈がしそうになる。

「この人形、いつも抱いてたのか?」

「入院前はね。退院後はまったく興味を示さなくなって、触ってすらいないそうだ」

 何だろう。何かが引っかかる。

「いや、俺も全く当てがないわけじゃない。昨日、鈴川氏から依頼を受けて、メイドの写真を借りて調べてみた。どうやらこの女は行方不明の医師の愛人だったようだ」

「まあ、それは間違いねえだろうな」

「ドクター・ウォーケンは人身売買の臓器を移植に使っているとか、以前から黒い噂が絶えない奴だったらしい。とにかく奴らは一緒にいると思うし、そう遠くには行ってないはずだ。ゾンビが一緒だしな」

 ああ、そうか。大事なことを思い出した。

「なあ、ケント。人間はゾンビになると匂いが変わっちまうんだよ。だから、確実に彼女を探し出すために出来れば今の彼女の匂いがするものが欲しいな」

 俺の前を歩いていたケントは突然立ち止って振り向いた。

「おい、そういうことはもっと早く言えよ! 仕方ない、待ってろ。鈴川氏の滞在してるホテルに行って何か他の物を借りてくるから」

「ああ、頼むよ」

 俺は行きつけの小さなカフェに入り、窓際の席でケントを待つことにした。

 休日の午後とあって、人通りは多い。ナオミくらいの女の子が母親の手をしっかり握って嬉しそうに笑いながら通り過ぎる。ぬいぐるみと一緒に手渡された彼女の写真を取り出してテーブルの上に置く。綺麗な黒髪だ。今はもう、腐って濁ってしまっているに違いない薄い茶色の瞳は病弱な少女とは思えないほど、希望に満ちて光り輝いて見える。可哀想に。ゾンビの心臓を移植されるなんて、こんな悲劇があるだろうか。もう一枚写真を取り出して横に置く。こっちはメイドの写真だ。燃えるような赤毛に巨乳が目立つ挑発的な黒いドレスを着て、媚びるような視線を送ってくる。なかなかいい女だが、メイドってタイプじゃねえ。どちらかといえばコールガールだ。そう、ちょうど、今、俺の横を通り過ぎていった女のような……って! 

 俺は急いで席を立って女の後を追った。ベージュのトレンチコートを着た巨乳女のほうからは、ほんの微かだが生前のナオミの匂いが漂ってくる。こいつは間違いねえ。

 店を出た途端、小柄な眼鏡の青年に正面からぶつかってしまった。そんなに強くぶつかったわけじゃないのによろけて尻もちをつき、今にも泣きそうな顔をしている。

「すみません」

 そう言って、手を伸ばし、立ち上がらせようとするといきなり細身マッチョなイケメンが俺の目の前に立ちふさがった。

「てめえ、俺のハニーに手を出す気か!」

「え? ハニーって、この眼鏡か? 悪いけど俺はストレートなんでそんな気はねえし急いでるんだ。どいてく」

 言い終わらないうちに鋭いパンチが頬を掠める。こいつ、人の話を聞いてねえ。男の肩越しに赤毛が道の角を曲がって行くのが見えた。

 俺は奴が襟首を掴んできた瞬間に鳩尾に思い切り拳を食いこませてやった。膝を折り、崩れ落ちる男に慌てて眼鏡が駆け寄ってくる。

「ダーリィーン!」

「ハニー!」

 人目もはばからず抱き合う二人を残して必死で女の後を追ったが、既にその姿は何処にもなかった。どうしようか。いや、とにかくこの角をまがったのは間違いない。さっき覚えた女の匂いを辿って行けば何とかなりそうだ。俺は携帯でケントに連絡すると歩を早めた。

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