殺しの青さ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
青年。いざ文字として書いてみて、「ん?」と思わなかったかい。
おおよそ若い世代を意味する言葉だろうけど、なぜ若年という言い方とは別に青の字を用いたのだろう。
理由はいくつかある。純粋にものごとに対する未成熟具合をあらわすから、青春の青の部分のはつらつとした部分を表現するから、そして青は「漠し」という言葉を元にしているから、というものも。
漠は漠然という言葉としてなじみがあるだろう。ぼんやりとしていて、しっかりとした形が定まっていないこと。いかようにでも変わっていくポテンシャルを帯びたワードだと、私は考えている。
ポテンシャル。潜在能力。
これほど大きな期待と不安を同時に抱けるものは、そうそうあるまい。何をしでかすか分からないというのは、想定できる最高を越え、最低を割る可能性を含んでいる。
いくらでも染まることができる力を帯びている、というのがこの青の字に期待されているんじゃないだろうか。
私の昔の話なのだけど、聞いてみないかい。
あれは中学生のときだったかな。
とある歩道を歩いているときに、ふと後ろから自転車が迫ってきたんだ。厳密には車道を走るべきだろ、と突っ込みたいものの、バイクより若くて軽装な運転手も自転車じゃ珍しくない。そのあたりは現場の判断と暗黙の了解ってやつだ。
その自転車に、ぶつかられたんだ。厳密には、ハンドルの先端部分を腕にね。
追い越し際の自転車は手放し運転はしていなかったが、ハンドルをかなり内側寄りに握っていた。そのあらわになったグリップが見事、私をとらえたってわけ。
不意を突かれたこともあって、呼び止めるのが遅れた。
自転車はもうだいぶ前を走っていたし、もし私の声が聞こえていたとて、止まってくれる確率はほぼなかったと思う。面倒から逃げ出してうやむやにできる機会があるなら、たいへいの人がそうするだろう。
けっきょく逃げられてしまい、私はぶつかられたところを確かめた。
右の上腕、その真ん中あたりにさっそく青あざができている。肌が弱めの私だから、このような擦過や衝突のたぐいだと、まず赤くはれそうなもの。それを通り越して、いきなり青みが浮かんだから、よっぽどでかいダメージかと思ったよ。
けれどね、奇妙なことにできたてのそのあざに痛みがなかった。
何もしなくても痛みを感じないばかりか、指などで強く押してみても、なんともない。
――これ、けがしたって感じじゃないなあ。汚されたって方がまだ近い。
家へ帰って、念入りにその場所を洗っては見たものの、色が薄まる気配はこれっぽっちもなかった。石鹼やボディソープのたぐいを、何種類試してもだ。
幸い、袖の内側へ隠しやすいところだし、目立たなきゃいい。
そのような考えも、次の日の目覚めには吹き飛んじゃったよ。
例の青あざ、というより青い汚れは両腕に飛び火していたんだ。
上腕などといわず、肩から指の先までぽつぽつとまだら模様となって現れ、それこそ長袖プラス手袋といった、完全武装でなくては隠しきれない。それは夏に差し掛からんとしている今の時期では、不自然極まりない。
真っ先にこれを知られる家族へ、朝の食卓を囲みながら相談してみたよ。両親とも、ぱっと見は驚いた顔をしたものの、ほどなく意外にも二人とも心当たりがありそうな表情へ変わる。
「その自転車に乗っていた人、時季外れの厚着に野球帽をかぶっていなかったかい?」
そう尋ねられて、なんとか昨日の運転手の姿を思い出そうとする。
だいぶ離れてしまっていたから自信はないが、水色の野球帽をかぶっていたのは、かろうじて覚えていた。
「そうか……なら、ちょっと珍しいケースに出くわすことになるかもな、今日あたり」
「なにせ、モスキート・キラーになったみたいだしね」
モスキート・キラー。その名の通り、蚊殺しということだろうか。
私がぶつかられたそれは、おそらく疫病神のたぐいだという。ただし人ではなく蚊にとってのだ。私は一時的に、その影響を受けたと目されるらしい。
「これは若いうちにしか、まず起こらない。神様の影響さえも受けやすいほど、人として確立しきっていない間じゃないとな。少なくとも今日一日、お前を狙う蚊はとことん不幸になるだろうさ」
言葉の意味はすぐ分かった。
その日は学校、あえて肌を出すかっこうで登校したところ、普段なら考えられない頻度で蚊が私へ寄ってきたんだ。しかも、腕の例の青みへ向かってだ。
あえて手でたたいたりせず、そのままにしておく。やがて蚊は私の血を吸わんとするのだが、その針を刺さんとすると。
たちどころに体が膨らんでいき、はじけてしまう。
まるでゴム風船を膨らませていったかのようで、身体が無数の断片となって粉々に。しかも残った体液はわずかに青みを帯びているときた。
その日だけで3桁はくだらない蚊たちが私へ寄ってきて、そして死んだ。文字通りに自爆をしていきながら、私はその手を汚すことはなかったよ。
そして夕方ごろには、例の青みたちはあっという間に引いていったんだ。
天敵のひとつとして、蚊を間引く必要のあるなにか。
私のぶつかられた相手は、そのようなやつなのだと両親は話していたよ。




