社長令嬢の可愛らしい悪い癖
【作者より】
拙作は「過去編」として投稿しております。
本作品の登場人物(簡単な設定)
・富永 有紗
現在はまだまだ発展途上の日用品のプライベートブランド「トーミー」の社長令嬢。
食べることが大好きな中学二年生(十三歳)。
・来栖 直
有紗の専属執事になってからまだ数ヵ月しか経過していない新米執事。(十九歳)
その裏の顔も存在するが、拙作には出てこない。
・杉山
有紗の母親である富永 まどかの専属執事。
拙作では泊まり番の使用人として登場。
この話は富永 有紗が中学二年生、来栖 直が彼女の専属執事になってまだ数ヵ月しか経過していない頃の話である。
ある日の夜、彼女はベッドに横になって眠っていた。
「……うーん……」
寝返りを打ったと同時に有紗の腹の虫がぐぅー……と鳴く。
「あっ……お腹すいてしまいましたわ……」
しかし、真夜中に目覚めても食事は出てこない。
彼女の専属執事である来栖の姿は愚か、使用人の姿は何処にもない。
「確か……冷蔵庫に……」
何か食べ物があるはずと思った有紗は自室の冷蔵庫を見てみる。
「がーん……食べ物がなんにもない……」
それを見た彼女は愕然としていた。
冷蔵庫には食べ物はなく、ペットボトルに入った飲みかけのお茶、未開封のコーヒー牛乳、残量が少なくなったであろう豆乳といった飲み物しか入っていない。
有紗の腹の虫は鳴り続ける――
「そうだ! キッチンに行ったら、何かあるかもしれませんわ!」
懐中電灯を片手にキッチンへ向かう彼女だが、カチャと使用人専用玄関の鍵が解錠され、少し身構えた。
扉が開くと、有紗は足元からゆっくりと灯りとともに視線を上げていく。
「お嬢様? こんな時間にどうされたのですか?」
「……く、来栖……?」
この屋敷の使用人の中で真夜中に出歩く者は一人しかいない。
彼女はその人物を知っていた。
有紗の専属執事の来栖 直である。
彼は白いパーカーを羽織り、目深に被っていたフードを脱いだ。
インナーとして黒のロングTシャツ、同色のスエットパンツを着用している。
何時も見慣れた目つきは少し悪いが、黒髪で清潔感のある短髪。
しかし、伊達メガネをかけていない代わりに両耳にピアスを片耳につき複数個つけていたこともあり、彼女は少し違和感を感じた。
『ドラッグストア タンポポ』と可愛らしい丸ゴシック体の文字が書かれた半透明のレジ袋を提げており、その中には牛乳二本と朝食用シリアルが一袋入っていた。
「はい。私は来栖 直です」
「し、知っているわよ! 貴方の名前くらい!」
「お嬢様、お静かに! 貴女が騒がしくするとみなさまを起こしてしまいますよ?」
来栖に注意されたと同時に、有紗の腹の虫がぐぅーと鳴る。
「はぅっ!?」
「ん?」
「く、来栖。実は……わたくし……お腹すいているのです……」
「そろそろ巡視の時刻になりますよ? 本日の泊まり番は確か……」
「そんなの知っていますわ! もう、お腹すいた! お腹すいた!! お腹すいた!!!」
「はぁ……仕方がありませんね……」
何度も彼に空腹を訴える彼女。
来栖は呆れながらも玄関を施錠し、スニーカーからルームシューズに履き替え、有紗をキッチンに誘導した。
「こちらにかけて少々お待ちください。すぐにできますので」
「はーい」
彼女は彼の指示に従い、キッチンの調理台の近くに置いてある椅子に腰かける。
来栖は石鹸で手を洗い、購入してきたものが入っているレジ袋を調理台に置き、牛乳を棚にしまってあった水色の耐熱用マグカップに注いだ。
電子レンジに入れて一分程度、温める。
「確か……冷蔵庫の中にハチミツがあったはずなのだが……」
ハチミツを探している間に電子レンジのアラームが鳴り響くが、冷めぬよう入れたままにしておく。
「ハチミツが奥の方に入っているとは……時間がある時に整理しなくてはな……」
彼はようやくハチミツを見つけた。
冷蔵庫の奥の方に入っていたよく冷えたハチミツを電子レンジから取り出した温めた牛乳の上に垂らして完成。
「はい。どうぞ」
コトンとマグカップが有紗の前に置かれた。
「これは……ホットミルク?」
来栖が彼女に提供したもの――
それはハチミツ入りのホットミルク。
「ええ。牛乳は温かくなっていますが、ハチミツは冷たいので、スプーンでゆっくり混ぜながらお飲みください。ホットミルクには安眠効果やある程度の満腹感が得られます。あと、温かいので、お腹にも優しい。お嬢様は明日も学校があるのですから、しっかり身体を休めないと……と言いつつも私もですけどね」
「美味しい! わたくしが寝る前に毎日作ってほしいわ!」
「ならば、他の使用人たちにも伝えなければなりませんね……」
彼にとっては貴重なプライベートの時間なのにもかかわらず、有紗との主従関係は忘れない。
その時、キッチンの扉が開く。
「有紗お嬢様!? な、何故、キッチンに!?」
「杉山、ごめんなさい。ちょっとお腹すいちゃって……」
本日の泊まり番は彼女の母親、富永 まどかの専属執事である杉山が入ってきた。
有紗はマグカップを持ったまま俯き、謝罪をする。
「一緒にいらっしゃるのは……!」
「あっ、杉山さん。すみません。お疲れ様です、来栖です」
「えっ!? 来栖さん!? お、お疲れ様です。よかったぁ……何時もと雰囲気が違うからつい不審者かと思った……」
彼は警戒していたようで、来栖が名乗るまで私服姿に気がついていなかったようだ。
杉山はすっとんきょうな声をあげている。
「来栖がね、わたくしにホットミルクを作ってくれたの!」
「有紗お嬢様、それはよかったですね! ところで、来栖さん」
「はい?」
「私服でパーカーだし、メガネかけていないので、全く気がつきませんでした。ピアス、開けていましたっけ?」
「ええ。こちらに雇っていただく前から耳にいくつか開けていますが、透明ピアスをつけて執務にあたっています」
「へぇー……気がつかなかったです――」
二人が話している間に有紗はホットミルクを少しずつ飲み進めていた。
数分後には飲みきってしまい、美味しかったと言わんばかりの笑みを浮かべ、ペロッと口の周りを舐めている。
「来栖、おかわりちょうだい!」
彼女は空になったマグカップを上に挙げたが、来栖は「もうございません」と速やかに回収した。
「えーっ。ケチッ!」
「ホットミルクは一杯分しかご用意していません。お嬢様は杉山さんと部屋に戻って、しっかり休みなさい」
不満げな有紗に対し、マグカップを洗浄し、冷静に対応する彼。
杉山は「有紗お嬢様。そろそろ戻りましょう」と声をかける。
「はーい。おやすみなさーい」
「来栖さん。プライベートの時間にご対応いただきありがとうございました」
「いいえ。私は偶然、出先から戻ってきたところでしたので、タイミングがよかったです。夜遅くに騒がせてしまいすみません」
「では、失礼いたします」
彼は彼女を連れて部屋へ戻った。
残された来栖はマグカップを片付け、作業台に放置されたレジ袋と開封済みの牛乳を片手にキッチンの電気を消し、静かに部屋へ――
今回の出来事がきっかけで夜間は屋敷のキッチンも施錠することになった。
有紗の本当の悪い癖は彼女を仕えはじめて数ヵ月しか経過していない来栖にはまだ分からない――
最後までご覧いただきありがとうございました。
2026/07/20 本投稿




