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婚約破棄される令嬢。

「──私こと、シグヴァルト・セラージャ・ファン・ヘルブランディは、グルストランド公爵令嬢、エルネスティーネ・ステファニア・ファナ・グルストランドとの婚約を破棄する」


 よし!と心の中で同意して、エルネスティーネはシグヴァルトを見つめた。傍から見れば、「突然のことに呆然としている」ような演技も忘れない。


「王太子殿下!?」


 異を唱えたのは、グルストランド公爵だった。


「公爵。正式に婚約の儀を済ませた上での破棄だ。申し訳ないとは思うが──男として、これだけは譲れない」

「解消ではなく破棄とは! 我が娘にどのようなご不満が!?」


 父に根回ししなかったのは正解だった。怒り沸騰の様は、演技で出せるものではない。エルネスティーネは満足しつつも、扇で顔を覆った。心得たアスターが、傷心の姉を支えてくれる。


「アルムストレーム男爵令嬢、マリー=ルイシア・ティルダ・エッダ。……私は、彼女に恋をした」


 そう言って、シグヴァルトは隣のマリー=ルイシアを引き寄せた。衆目を受けて、マリー=ルイシアは瞳を伏せ、少し怯えたようにも見える。


「それを知ったエルネスティーネが、彼女にどんな仕打ちをしたか……」

「……殿下が、そちらの令嬢にお心を奪われた。それはわかりました。ならば愛妾として囲われればよろしいだけのこと。エルネスティーネとの婚約を破棄する必要は……」

「公爵。あなたは、エルがマリー=ルイシアにどれほどの行為をしたかを知らない」

「エルネスティーネが、何を……」


「他に好きな女ができました」と、自身の不貞理由の婚約破棄を一方的に告げたわりに、毅然とした態度のシグヴァルトに、他の貴族達も訝しむように続きを待った。


「王太子妃として、王妃として、最低限このくらいはやれと、毎日毎日、休みなく正妃教育を叩き込んだ。病を得ても、ルイシアが泣いて頼んでも休ませなかった」

「……っ」

「ルイシアの持つ装飾品を、安っぽいと叱りつけ、意匠はそのままにして宝石を高価なものに交換してあてつけた」

「…………」

「取り巻きといえるほど友人はいなかったようだが、他の貴族の令嬢方を使って、ルイシアに嫌がらせをした」

「……エルネスティーネ! 殿下のお言葉は、本当のことか!?」


 貴族達のひそひそ声が、非難の声に変わり始めた時、堪えきれなくなった父が、エルネスティーネを振り返った。


「──はい、お父様。事実です」



求婚される令嬢。

「すべて、シグヴァルト殿下のお言葉に相違ありません」


 扇を閉じ、優雅に一礼しながら自らの非を認めたエルネスティーネに向けて、貴族達の批判と非難の声が突き刺さる。


 ──公爵家の令嬢ともあろう方が、なんとあさましいことか。

 ──確かに男爵令嬢に殿下の寵を奪われたとあっては、屈辱でしょうけれど……なさり方が卑劣ですわ。

 ──王家の血を引く姫君が……


「婚約破棄、謹んでお受け致します」

「そうか。──では、エル。君への処罰だが」

「シグヴァルト! エルネスティーネは婚約破棄を受け入れたのです! 処罰は必要ありません! 元々は、そなたが他の娘に熱を上げるから!」


 それまで人形のようだった王妃陛下は、息子を批判した。確かに、エルネスティーネの「仕打ち」のきっかけはシグヴァルトの不貞だ。


「そなたこそ詫びねばならぬ立場でしょう! それを──!」

「はい、母上。ですから……エル。君への処罰は、私との結婚だ」


 シグヴァルトの言葉に、エルネスティーネは扇をぽとりと落とした。


「………………はい?」


 訊き返した途端、マリー=ルイシアがシグヴァルトから離れ、下段に降りて臣下の礼を取った。


「おめでとうございます、王太子殿下。エルネスティーネ様は、殿下の求婚をお受け下さいました」

「ありがとう、ルイシア」


 つい先程まで、睦まじい恋人同士のように腕を絡めていた二人は、にこにこと笑い合っている。エルネスティーネだけでなく、全員がついていけない。


「エル。ルイシアを正妃に相応しくしようと、君は自分の睡眠時間や自由な時間を削って、ルイシアを淑女として教育してくれた」

「はい。ご無理がたたったのか、体調を崩された時も、私がどんなにお休み下さい、自習しますからお眠り下さいとお願いしても、時間は有限、危機の時に体調が悪いと言って相手が考慮してくれるわけではない、と……」


 え?と貴族達がエルネスティーネを凝視した。エルネスティーネはぽかんとしている。


「装飾品も、アルムストレーム男爵が用意した悪趣味……下品……流行遅れの安物を、男爵に気づかれないよう意匠は少しだけ変え、宝石を上質のものに交換して、ルイシアが恥をかかないように調えてくれた」


 そういえば、マリー=ルイシアの髪飾りは、昨今の流行りの意匠ではない。だが、アンティークな造りで、上品かつ愛らしい繊細さが、マリー=ルイシアによく似合っている。宝石も小ぶりだが最高級のものだ。


「正妃教育の仕上げにと、エルネスティーネ様に関係なく、私に嫌がらせしていらした方々に改めて依頼して、私の対処能力を高めて下さいました。私が対処しきれなかった時は、支援して下さいました。その後で、どこがいけなかったかを指摘下さったり、対処例を説明して下さったり……」


 マリー=ルイシアは、ぱっと顔を上げて、エルネスティーネを見た。


「エルネスティーネ様こそ、真の淑女です! 私のような取るに足らない者を、見下すこともなく、対等に扱って下さいました」

「ルイシアから聞いた時は、嘘だろうと思った。だが、毎日の訴えに加え、確かにルイシアは淑女の嗜みを身に付けていったのは事実だ。だから君達の様子を確かめて──理解した。エルは、本当にルイシアの為に……」

「はい。それも、すべては王太子殿下の御為」

「ああ。……エル、私は……俺は、長い間君を誤解していた。──改めてお願い致します、父上。私がグルストランド公爵令嬢に求婚するお許しを。命じられた婚約ではなく、自らの意志で、エルネスティーネに求愛したいのです」


 男としてそれは譲れない!と言ったシグヴァルトに、一も二もなく国王陛下は頷き、王妃陛下がマリー=ルイシアに「あなた、わたくしの女官になりなさい」と相好を崩している中で。


 ──エルネスティーネは、静かに卒倒した。

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