諦観の令息。
エルネスティーネは、マリー=ルイシア嬢の情報を集めることにした。シグヴァルトの情報は十分ある。
一日と言わず半日で、かなりの情報が集まった。屋敷の自室で整理することにして、夕食はいらないと侍女に告げた。時に、寝食を忘れて勉強に励むエルネスティーネだけに、侍女は心得たもので、「軽食をお持ちいたしますから、お召し上がり下さいね」と念を押してきた。
情報を整理し、合間に軽食を済ませた後、エルネスティーネははたと気づいた。
「……うっかりしていたわ……。婚約破棄されるのなら、私に非がないといけないわよね」
シグヴァルトが婚約解消したいなら、父はともかく、エルネスティーネは異議はない。王妃になりたいわけではない。ならなくてはいけないと言われていたから、努力していただけだ。王太子との婚約が解消されたところで、王家の血を引く公爵令嬢であることは変わらない。弟が結婚するまで行かず後家で家を守り、その後は領地に引きこもってスローライフ……何だか楽しそうである。
しかし、婚約破棄されなくてはならないのだ。婚約解消には相応の理由が必要だ。国王と父公爵が納得する理由は、シグヴァルトはもちろん、エルネスティーネも用意できないからだ。シグヴァルトとマリー=ルイシア嬢の恋の成就の為には、エルネスティーネとの婚約破棄が必須となる。
「婚約破棄の前例は──……」
調べてみたが、少なくとも公爵家にはなかった。どこの誰が、公爵家相手に婚約破棄などできるのか。王家でも憚る相手である。シグヴァルトは、そこを理解していない。
「参考例はないものかしら……」
ほうっとため息を漏らし、エルネスティーネがくるくるとペンを回転させていると、控えめなノックの音が聞こえた。人払いしているはずだが、心当たりはある。
「アスター? どうぞ」
答えると、扉から顔を覗かせたのは、予想どおりの相手──異母弟のアスター・ウィレムだった。エルネスティーネより五つ年下で、十二歳になる彼は、グルストランド公爵家の嫡男である。
「どうしたの?」
「課題でわからないところがあって、エルならわかると思って」
「という建前で来たのね」
「うん」
悪びれずに笑って、アスターは来客用のソファに座った。
「エルが勉強しているなら、帰るつもりだったけど。すぐに気づいてくれたから、勉強じゃないよね?」
勉強中ならエルはノックの音になんか気づかないと断言して、アスターはエルネスティーネの答えを待った。
「悩んでいるの。すべきことはわかっているのに、方法が見つからない……」
「もしかして、シグヴァルト殿下のこと?」
「ええ。アスター、どうしてわかったの?」
「有名だよ、シグヴァルト殿下とあの男爵令嬢のことは。女生徒は僕を気にしてあまり騒がないけど、僕がいない時は王太子と男爵令嬢の身分差の恋!って盛り上がってるらしいし。男子は──」
「気にせず、話してくれるの?」
「うん。賭けてる。僕、匿名でエルが身を引くに賭けてるけど、大穴なんだよね」
「配当金はいくらかしら」
当たりだと告げると、アスターはさっと顔色を変えた。
「エル!? 本当に身を引くの!?」
「身を引くのではないわ。婚約破棄していただくの」
「婚約破棄ぃ!? エルわかってるの、そんなことになったら嫁ぎ先はなくなるよ、行かず後家決定だよ!」
「わかっているわ。でも、殿下がそうお望みなのだもの。私は、王太子妃や王妃以前に、殿下をお支えする為に努力してきたのよ」
「うわ、僕の姉は優等生な馬鹿だった!」
失礼な、と少し顔をしかめたエルネスティーネに、抗弁しても無駄だとアスターは悟っている。




