思案する令嬢。
エルネスティーネは、シグヴァルトを恋い慕っているわけではない。だから、彼と他の少女の抱擁を見ても、特に何とも思わない。王太子とて人間、婚約者がいても他の女性に惹かれることもあるだろう。結婚前から愛妾を囲っている男など、いくらでもいる。
さしたる感慨もなくそう判断して、特に意に介していなかった。
エルネスティーネが何も言わないものだから、シグヴァルトと、相手──マリー=ルイシア・ティルダ・エッダ・アルムストレーム男爵令嬢は、どんどん周りを顧みなくなっていた。要するに、禁じられた恋に燃え上がっている。
それもどうぞご自由にと思っていたエルネスティーネだが、偶然、二人の会話を耳にした。
盗み聞きしたわけではない。シグヴァルト達は、中庭を逢瀬の場所と決めているらしいが、藤棚の美しいあの場所は、エルネスティーネのお気に入りでもある。
そこで講義前の休息を取っていたら、藤の花に隠れた裏側で、シグヴァルト達が逢瀬を開始した。距離が近すぎて、そっと場を離れることもできなかった。
「ルイシア。エルとの婚約は、何としてでも破棄する。そして君を妃に迎えるつもりだ」
「殿下……でも、私の身分では……。側室としてお傍に置いていただけるなら、私はそれで」
「君の父上の爵位を上げるよう、根回ししている。そうすれば……。どうしてもお許しいただけなければ、俺は王太子位を返上する」
「そんなことはなさらないで。私、本当に……お傍にいられるだけで……」
「ルイシア……」
「殿下……」
──無理だ、とエルネスティーネは判断した。
もう色々無理だ。
まず、アルムストレーム男爵の爵位の引き上げ。こちらは、シグヴァルトとマリー=ルイシア嬢の婚約が成立するなら引き上げることはできる。だが、エルネスティーネとの婚約を解消しない限り、二人は婚約できない。そして、エルネスティーネとの婚約は、国王の勅旨だ。簡単に撤回できるものではない。
更に、王太子位の返上はどうあがいても無理だ。
国王と王妃の子は、シグヴァルトだけだ。側室にも子はいるが、王女である。男子はいない。正妃腹の王子を廃嫡して、側室腹の王女を立太子──社交界が荒れるどころではない。権謀術数が飛び交うだろう。そうなれば国政にも差し障ってくる。
思案しているエルネスティーネに気づかず、二人は熱烈な口づけを交わし、中庭から離れた。別々に出て行く辺りは配慮しているつもりなのだろうが、あちこちの木陰に生徒達がいる中でのラブシーンは我慢できなかったのかと不思議に思った。
「……無理だわ」
あのシグヴァルトとマリー=ルイシアでは、エルネスティーネとの「きちんとした」婚約解消と、その後始末はできない。だからこそ「婚約破棄」と言っているのだろう。婚約解消は、両家の同意があれば可能だ。婚約破棄は、一方的なものだ。破棄された側が、どれほどの恥辱になるかを、シグヴァルト達はわかっていない。
だが、自分が採るべき道はひとつだ。「未来の王太子妃、王妃である前に、おまえはシグヴァルト様をお支えすべき者なのだよ」と、常に父はエルネスティーネに言い聞かせていた。今こそ、その時である。
──殿下が私と婚約破棄なさって、マリー=ルイシア嬢と婚約できるよう、ご協力する。
即断即決のエルネスティーネであった。




