こんにちは、パパさん
さて、なんとか動けるようになったうちの母さんは、階段脇にある面会室まで歩いていけるようになった。
出産直後に分娩室の外で、わが父親や祖父母との初対面は済ませていたようだが、その時、真奈美は疲れ果ててグースカ寝こけていたので、今世では初めましての顔合わせになる。
今日、面会室には父さんだけが座っていた。
若い!
父さんったら、まだ子どもじゃん。
真奈美と父親は二回りしか違わない。つまり父さんは今、23、4歳ってこと。そりゃ、若いよねぇ。
母親は一つ年上女房なので、父さんは金のわらじを履いて探し当てたことになるのかな。
この二人は流行りの恋愛結婚で、共に百歳近くまで元気で長生きをして、最後までラブラブだった。
そういえば二人とも昭和一ケタ生まれの戦争経験者で、令和の最後の頃まで生きていたんだから三代の御代をずうーっと見てきたんだな。すごい歴史的証言者じゃないか。これはもっとたくさん話を聞いておくべきだった。今世はそれを覚えておこう。
こんなことをつらつら考えていたが、これは意識を逸らせるための真奈美の企業努力だ。
「おーい、パパでちゅよー。あ、目を開けた! 目元は儂に似とるが。ありゃ、こりゃあ垂れ目になるかなぁ」
「何を言うとるん、あんたに似て可愛いくなるよ~」
甘っ、砂糖を吐くぐらい甘い。
真奈美はまだわからないと思っているのだろうが、人目を憚らない両親のイチャコラぶりには往生した。ちょっと目が死んでしまう。
生まれる時に記憶をリセットするのが常識となっているのには、理由があるのかもしれない。
何も見えない、何も聞こえない。
無じゃ、無になるのじゃあ。
修行僧のような時間を過ごし、精神的な疲れを覚えた真奈美は、その後、爆睡することにした。
「中川ベビーちゃんは、将来大物になるわ~。身体測定しても寝てるし、先生の検診の時にも寝てたのよー。はい、異常なし。先生が明日退院してもいいっておっしゃってたわ」
父との面会後に退院前検診があったらしいが、真奈美はぜんぜん知らなかった。
看護婦さんにこんなことを言われて赤ちゃんを手渡された母親は、「寝る子は育つって言うし、ま、いいか」とおおらかに思ったらしい。
父親は母親からそんな我が子のエピソードを聞いて、本屋で「眠りの森の姫」という童話を買ってきたそうな。
ちょっと父さん、そのお話の内容知ってる?
なんかちょっと違う。
真奈美は眉間にしわを寄せて考える人になってしまった。