第1話 束の間の幸せは塵のごとく 4
「……ずいぶんと仲良さそうでしたね」
城を出て、まだ足を運んだことのない街の通りを歩きながら、僕は不貞腐れたようにアラミさんに聞いた。
「え? ああ、カイル? 仲がいいってほどでもないけど、前回ここに来た時に知り合って、商売の話を持ち掛けたの。彼ならしっかりしていたし、信用できたから取引出来ると思ったのよ」
アラミさんは何でもないと言いたげに答えた。
その割に呼び捨てにしたり距離近くない?
「お師匠さんのころからお世話になってるお客さんじゃないんですか?」
カイルさんはアラミさんの師匠を知っていたからてっきりそうなのかと思った。
「あの人は国の人間と取引する人じゃないわ。最初話を持ちかけた時は相当不機嫌だったもの」
アラミさんは困ったように笑いながら答えた。
「ふ〜ん……じゃあアラミさんが始めた取引なんですね」
ってことは、やはりアラミさんとカイルさんは僕より先に仲が良かったのか。
「何か言いたげね」
「べっつに〜、なんでもないですよ〜」
僕はあからさまに態度に出していた。
「あなたがへそを曲げるタイミングがわからないわね」
アラミさんは僕の態度の変わりように両手を広げてやれやれと首を傾げた。
「そんなの僕だってわかりませんよ。それより、どこから行きます? ってか、この街に観光地とかあるんですか?」
今のところ、僕は正面の城門から城まっすぐ伸びる大通りと、ホテルと酒場までの道のりと城しか行ってない。街並みはすでに異国情緒満載なので観光感あるが、火の国の火っぽい物をそんなにみていない。
「怒ってるんじゃなかったの?」
アラミさんはさっきの僕の言葉を気にしているようでそんなことを聞いてくる。
「まさか! 僕はいつだって元気ですよ!」
今は下らない嫉妬をしてる暇はない。この貴重な観光日を無駄には出来ない。
「……変な人ね。まぁ元気ならいいわ。観光その土地ならではの物を見る、でいいのかしら?」
アラミさんは割り切りがいいのか僕が元気だと聞くと、そう言って目的地の確認をしてきた。
「もちろんです!! さぁ、いざ休日を堪能しましょう!!」
僕は意気揚々と答えた。
まず最初に向かったのは聖堂。この世界にも宗教はあるらしい。
名前はフレイム教という超シンプルな名前だが、シンプル故に信仰する者も多くいらしい。
聖堂の中は面白い作りで、壁面は一式赤紅色で統一され、この土地で採掘できる赤いクリスタルをモチーフにしたその内装は圧巻の見た目だった。
中央には巨大な聖杯のような物の上で炎が燃えており、神聖な炎としてあがめられているらしい。その炎に向けて拝む人が聖堂内にはたくさんいた。
「どこにでも宗教はあるんですね」
素直に思ったことを呟いていた。
「自分の生きる理由や苦痛を和らげるために、心を救ってくれる宗教は悪いものではないわよ」
「え、アラミさんも信仰してるんですか?」
「信じるも信じないもないわ。私には必要ないだけよ」
なにその答え。かっこいいやん。
「奉納金とかないんですか?」
「そこまでは知らないけど……観光なのよね? ここでの見どころは主に建物の内装なのだけれど……宗教に興味があるの?」
僕の無粋な宗教に対する質問に疑問を思ったのかそんなことを聞かれてしまった。
「いや、まったく?」
僕はそんなわけないでしょって顔でアラミさんに言った。
「じゃあ聞かないでよ……」
そう言って次に連れてきてくれたのは、街の南門を抜け、火山により近い方へと向かった場所だった。
そこは火山灰に覆われた一体で、地面は真っ黒な土のようになっていた。
「すごい量の火山灰ですね……ここに何があるんですか?」
「もう少し行けばわかるわよ」
そう言われて進んでいくと、家がすっぽり入りそうなほどの大きな穴が開いた場所までやってくる。
穴の上から下を見下ろすようにその景色を見ると……そこには穴を埋め尽くすように真っ赤に燃える花が咲いていた。
「お~!! 凄い!!」
「炎蓮花よ。長年かけて降り積もった火山灰の魔力で咲くこの花畑はこの地でしか見られないわ」
「いや~すごいですねぇ……採取しないんですか?」
「……しないわよ。一応ここは国が管理している場所だもの」
「でも、こういうのってまさにほかの国で売れたりするんじゃないですか? どっかに自生してたりしないんですか?」
「……生えれてばね」
その後もアラミさんにいろんなところに連れて行ってもらった。
山の麓にある自然の温泉郷。昔使われていた最強の戦士を決めるための闘技場。普段の食事ではあまり食べない燃えるように辛い郷土料理を食べたり、僕は大いに観光を満喫した。
「いや~楽しいですねぇ」
僕は街の通りを歩きながらルンルン気分で道を歩いてる途中で口にした。
「楽しんでるならいいけど」
「アラミさんは楽しくないですか?」
「……まぁ、そうね」
「そうねって、どっちですか」
「楽しいわよ」
「ならよかったです。たまには息抜きしないと疲れちゃいますよ~」
「……そうね」
アラミさんは少し考え、納得したように笑って答えた。
「……あ」
僕はふと目に入った一件の花屋に目が留まった。
そう言えば、一度店に買いに来た女性が花屋を経営してると言っていた。
南門のあたりで細々とやっていると言っていたが、これだろうか。
僕は思わずその花屋の前まで行くと、中にはあの時種を買っていってくれた女性がいることを確認した。
僕は花屋の扉を開き、中に入った。僕についてくるように、アラミさんも店内に入ってくる。
「いらっしゃいませ〜……あ、あなたは、商人の売り子さん」
僕が入ると早々女性は僕に気が付いてくれた。
「この間はありがとうございました。彼に話をしたらすごく喜んでくれてました~」
女性は近づいてきてくれると、軽く会釈をしてお礼を言う。
「こちらこそありがとうございました。そういえば自己紹介してませんでしたね。僕はルドっていいます」
「ルドくんね。私はリリアンって言います。よろしくね」
そう言って相変わらず幸せいっぱいの優しい笑顔で言ってくる。
癒されるなぁ……
「ルド、知り合いがいたの?」
後ろで話を聞いていたアラミさんが僕たちのやり取りを聞いて疑問に思ったのか聞いてきた。
「初日に一人で店番してた時に来てくれたお客さんですよ。なんかの種を買ってくれたんです」
「なんかって……どれよ」
僕の何のヒントもない商品にアラミさんは困った顔で聞いてきた。覚えてないもんしかたないじゃん。
「サイレンシアの種です」
そんな僕を見かねてか、リリアンさんがアラミさんの質問に答えてくれた。
そのながれからか、アラミさんとリリアンさんで会話が進んでいく。
「あぁ、無くなっていたと思ったらあなたが買ったのね」
「はい。はじめまして。あなたがオーナーさんですか?」
「私はアラミよ。よろしくね」
「あの種ってすごく貴重なんですよね? 現地でもなかなか手に入らないと聞いていたのですが」
「たまたま商品を仕入れをしてる時に見つけたのよ。渓谷の岩の隙間に結構咲いていたから、少し採取させてもらったの」
「すごいですね! あそこは常に嵐が吹いていて中々人の手が入れないと聞いてますが……」
「別にどうってことなかったわよ」
「すごい……お強いんですね!」
「まぁね。あなたこそ、この店の経営者でしょう? 若くして店を構えるなんて、すごいわね」
「はい! ずっとお花屋さんをやるのが夢だったんです。開業資金は借りているのでまだこれから頑張らないとダメですけどね……」
「……借金しているの?」
アラミさんはリリアンさんのその言葉に何か引っかかりを感じたようだった。
そんなに驚く? 店を開くなら初期費用は普通では?
「この街には有名で評判の良い資産家の方が政府認可の元お金の融資をしてくれたんです」
「……そう。早く返せるといいわね」
アラミさんは一瞬言い淀んだきがしたが、すぐに笑って応援の言葉を送った。
「ありがとうございます! あ、そうだ」
リリアンさんは何かを思いついたように店の奥に行くと、一輪の花を持ってきて、アラミさんと僕に1輪ずつ花をくれた。
僕は花をみて頭にはてなを浮かべていると、リリアンさんは相変わらずの幸せそうな優しい笑顔で答えてくれた。
「これは私からのお礼です」
「お礼? 何もしてないわよ?」
アラミさんも僕同様疑問があったようで聞き返した。
その返答に、リリアンさんは素敵な言葉で答えた。
「今日という日の素敵な出会いにです。これからのお二人の旅に幸多きことがあります様に」
笑顔で彼女はそう言ってくれた。
僕達はリリアンさんの幸せオーラに癒されつつ店を後にし、日がすでに傾き始めていたので、暗くなる前に戻ろうということで、泊っているホテル近くまで戻ってきて晩御飯を食べ終え、ホテルまでの帰り道を歩きながら雑談をしていた。
「いやぁ、いい人でしたね~リリアンさん」
「……すごいかわいい子だったわね」
「ほんとそうですよね!? ざ、かわいい感じですよね!」
「………………」
アラミさんは、僕のテンションの上り様に対して、少し何かを考えているようだった。
「? なんでそんな微妙な反応なんです?」
「いえ……何でもないわ。今日は楽しんでくれたかしら?」
アラミさんは少し強引に話を切り替えた。
「はい。絶対に普通じゃ見れない物ばっかり見れて楽しかったです。ありがとうがとうございました」
「楽しんでくれたなら良かったわ」
「危険なこともあったけど、動いてご飯いっぱい食べて、遊んで……こんな綺麗な人と2人で夜道を歩いて同じ場所に帰るなんて、充実しすぎてヤバいですね」
夜景と月の綺麗さで、僕は今この瞬間に魅了されて恥ずかしいことを口走っていたがそれには気が付いていない。
「調子がいいわね。明日からまた頑張ってもらうわよ」
アラミさんもなんだか調子がよく、僕に楽しそうに笑いながらそんなことを言ってきた。
「はい! なんか、色々頑張れそうです!」
僕はこの充実した日々に今までにない幸福感を感じていた。