第1話 束の間の幸せは塵のごとく 3
日が暮れた頃、商売を終え、店仕舞いの片づけをした後、僕たちは街の酒場に来ていた。
「かんぱ〜い!」
僕は豪快に飲み物を掲げて、アラミさんとグラスを軽くぶつけた。
お酒は飲めないので甘い果物ジュースを豪快に飲む。
疲れた体に甘いものが染み渡るぜ。
そして目の前には美味しそうなよくわからない料理が並んでいる。
野菜、肉、魚、豊富! それだけでよし!
「昨日は寝ていて歓迎出来なかったから今日は好きなだけ食べなさい。これからよろしくね」
アラミさんは僕にそう言ってくれると、僕は心からの感謝を込めて言う。
「ありがとうございます! いただきます!!!」
僕は遠慮なく料理を漫画のように食べた。
アラミさんも静かに僕の食べる様子を見ながら食を進める。
「いや〜商売も案外面白いものですね。初めてでしたよ、店員やったの」
「初めてにしては動けてたわよ。普通あんなにできないわよ」
「そうですか?」
「前に一回だけ手伝ってもらった事があるけど、客に噛み付くし商品を覚えれないし、手際は悪いくて愛層がないからすぐに手を切ったわ」
「へぇ、そんな人いるんですね」
僕は日本の定員になりきるつもりでやっていただけだ。そういう意味では日本に生まれて良かったのかもしれない。
「そういえば、この街ではどれぐらいの間商売するんですか?」
そういえば滞在日数を聞いていなかったことを思い出した。
「半月ぐらいかしら。この国の品物も仕入れないと行けないから、滞在は1か月ぐらいの予定ね」
「へぇ〜、結構短いんですね。もっといるのかと思ってました」
「急ぐ理由もないけれど、のんびりする理由もないから」
「せっかくなら観光とかしないんですか?」
「1人で観光してもつまらないわ」
「え〜、じゃあ僕と観光しましょうよ」
「え?」
「だって、この世界のことまだ詳しくないし、色々見てみたいじゃないですか」
「……まぁ、あなたが言うならいいけど」
「あ! でもお金持ってないから無理だ……」
「少しなら出してあげるわよ」
「いいんですか!?」
「お金ならそれなりにあるから。それに、手伝ってもらってるからちゃんと報酬もあげないとね」
「やった! ありがとうございます! せっかくなら楽しまないと損ですもんね!」
疲れた僕は、割と屈託のない笑顔でそう言っていたかもしれない。
「……そうね」
そんな僕を見てアラミさんは少しだけ笑った。
食事も終え、僕達はホテルへと戻り寝る準備を終えた。
「……アラミさん」
そこで僕はベットに横になる前に少し神妙な面持ちでアラミさんを呼んだ。
「なに?」
アラミさんは櫛で髪を解きながらこちらを向いた。
「一個明確にしておきたいことがあるんですが」
「なによ」
「結局朝ちゃんと確認しなかったんですが、なんで僕のベットに入ってきたんですか? スーパー寝相悪いんですか?」
「……知らないわよ。覚えてないのだから」
視線をそらして髪をとかしながら答える。
……その言い方は心当たりあるな? もう少し詰めてみよう。
「キャンプしてる時は普通ですよね?」
「警戒してるもの」
「なるほど、つまりホテルだから安心して寝ていると」
「そうよ。わるい?」
わるかないけど。しっかり寝るのも大事ですし。
ただ、アラミさんがまたベッドに潜り込んできたとしたら、僕の理性と悶々とした気持ちが危うい。僕の男の本能が目覚めたらどうするんですか? 手を出しても知らないよ?
まぁその前に殺されそうだけど。
「なんていうか……男が一緒に寝てるのに警戒怠らない方が良いですよ?」
そんなことは当然言えるわけもなく僕はそう伝えた。
「自分で言う?」
「そりゃ言いますよ! あんな勘違いで朝から顔面ビンタされたくないですもの!」
あんなのご褒美とは言えない。美女のビンタだって痛いものは痛い。クビ捥げるかと思ったもん。アラミさんだからかもしれないけどさ。
「師匠と一緒に旅してる時にも言われませんでした? 寝相悪いって」
僕がそうやってしつこく聞くと、アラミさんは少し困りながらも恥ずかしそうに答えてくれた。
「……いわれたわよ。けど覚えてないから仕方ないじゃない」
言いたくないことを言わされた感じで答えた。やっぱりそうだったんだ。
「じゃあ警戒してて下さい。それか、何かあってもすぐに僕を叩かないで下さい。もしくは僕と部屋を分けた方がいいんじゃないですか? 」
「……それはそれで……」
アラミさんが珍しく言いよどむ。
「……? それはそれで……なんですか?」
僕と一緒の部屋の方がいい理由が値段以外にあるか?
「……もういいじゃない! ここ最近ずっと1人だったから寂しかったの!」
アラミさんが照れながら発したかわいい理由に僕は萌えた。
「……そ、そうですか」
その発言にこっちも恥ずかしくなってしまったので僕は深入りできなかった。
時々乙女なこと言うのズルいよ。
「……と、とにかく! 今度もし僕のベッドに入ってきても引っぱたかないでくださいよ!」
僕が恥ずかしさをごまかすようにそう言うと、ベッドに入った。
「し、しないわよ! おやすみ!」
アラミさんも寝る準備が終わったのか、ムキになる様にベッドに入ると横になった。
……その夜は特に何事もなく朝になった。
何もないは何もないで残念な気持ちがちょっとだけあったが、お陰で疲れはかなりとれた。
……日は巡り、何日か商売をする日々を過ごし商売と街に慣れてきた頃。休日ということで僕達は朝から街の観光に出ていた。
「お〜、いい眺め」
僕はフレイムヴェール城の一般に解放されている城の展望エリアのベランダから街を見渡していた。
城に来たのは観光の一種だが、アラミさんはこの一件だけ納品があるということで商品を届けている最中で、今僕は一人で城の回れるところをふらふらと観光している。
「しかしまぁ、よくもこんな大きな街が作れるなぁ」
自分には考えられない規模の話に独り言を呟きながら城の展望にを眺めていると、男性の声が背後から聞こえる。
「フレイムヴェールは王によって繁栄した。王が人々を救い、導き統制し、皆で築き上げたものだ。この街は皆が助け合いながら平和を保っている」
振り向くと、20歳前半な若い金髪で鎧を着た好青年っぽい兵士が僕に声をかけてきた。
若い見た目だが背は高く身体つきもしっかりしていて、真面目な表情で語るその人は、兵士としてそれなりの格があるように感じる。
「……だれですか?」
突然の知らない人の登場に不躾に聞いた。
「僕はカイル。カイル・マーレイだ。軍の隊長を務めている」
「へぇ〜隊長さんですか。……隊長が僕に何か用ですか?」
何で隊長が僕に話しかけてくるの? 悪い事してないよ?
「アラミ殿の連れの人だと聞いてな。挨拶だけでもしておこうと思ったんだ」
なるほど、アラミさんから聞いたのか。
…よくこんな特徴のない男がアラミさんの連れだとわかったな。
「挨拶したって意味ないですよ。僕はただアラミさんに着いてってるだけですから」
「そうか? アラミ殿は君の接客に対して良い評価をしていたのだが」
え、アラミさん裏でそんな事話してるの? 嬉しいじゃない。
「そ、そんな煽てても何も出ないですよ」
「聞いたことを伝えただけだ。素直に受け取るといい」
「……」
そう言って微笑んでくれる。なんて爽やかでポジティブなんだ…このイケメンリア充好青年。
僕の真逆をいく奴だな。でもめっちゃいい人そう。
……いや、大体こういうイケメン金髪爽やか笑顔は裏で悪どいことやってるに決まってる。そのうち多分悪者でした〜的なフラグがあるに違いない。
「アラミさんと知り合いなんですか?」
僕の邪推は置いといて、アラミさんの知り合いということで会話を続けることにした。
「ああ。過去に一度商売の話を。その時はルナ殿も同行していたが」
「? 誰ですかルナって」
「アラミ殿と共に旅をしていた方だ。聞いていなかったか?」
「ああ…例の師匠ですか」
「そうだ。
ここでアラミさんの師匠がルナという名前なのはわかった。
「そのルナって人はどんな人でしたか?」
「なんて言うか……嵐のような人だったな」
カイルさんは引きつった笑顔で答えた。アラミさんと同じこと言うんだ。
「まぁともかく、そのルナ殿とアラミ殿が精鋭部隊に特別な武器を仕入れてくれたことでより戦力の向上につながっている。この街の治安維持に貢献してくれていると言うわけだ」
「へぇ、それはすごい」
アラミさんと言う人間がいかに事を成してるかがよくわかる。
尊敬する気持ちと、人生を謳歌してる人間に対する嫉妬心も沸いてくる。
それでも、凄い人と一緒に商売を出来ていると言う喜びも同時に存在する。
商売中、楽しそうに僕に指示を出すアラミさんの顔を思い出しながら、僕は気付かぬうちにニヤけていた。
「おまたせ」
僕がアホみたいな顔をしてるとアラミさんがやってくる。
「アラミ殿。無事納品の方は終わったか?」
カイルさんは戻ってきたアラミさんと当たり前のように会話をする。
「ええ。無事管理人に渡したわよ。……ルドと話してたの?」
「ああ、君の連れなら挨拶しておこうと思ってね」
「すごく出来る子だから、またどこかで会ったらよろしくね」
なんだか仲のいいやり取りをしている。
僕は二人で喋るアラミさんとカイルさんをじっと見る。
美男美女が楽しそうに並んでいる。どう考えたってこの2人を物語にした方が華があって売れそうだ。
アラミさんの横にいる人間なら、そう言う人が似合うんだろう。僕なんかじゃなくて。
……あまりにもまぶしい美男美女に、僕は自分にたいして卑屈になっていた。
そりゃそうだ。僕はそういう人間を忌み嫌い、裏ではそう言う生き方を羨んで生きてきた人間だからだ。
「さ、そろそろいくわよ」
カイルさんに狂おしい嫉妬心を抱いてると、アラミさんはカイルさんとの話を切り上げ僕にそう言葉を投げかけた。
「あ、はい」
僕は短く答えアラミさんの元に近寄る。
「また今度ご馳走させてくれ」
カイルさんはアラミさんと、横に並んだ僕の双方を見てそう言った。一応僕にも言ってくれるのね。
「あなたが暇な時にね。それじゃ」
アラミさんは笑いながらカイルさんにそう言うと、城の出口へと向かって歩いていく。
横目で軽く手をあげてカイルさんに挨拶をすると僕はアラミさんの後を追った。
今少なくともアラミさんの近くにいるのは僕だ。それは間違いない。
そう思うと、誰に自慢するでもないが、それが誇れることだと強く思った。