第1話 束の間の幸せは塵のごとく 1
翌日、心機一転街へと向かった僕達は昼過ぎにようやく森を抜けると平原の真ん中に賑わいを見せるフレイムヴェールの街が見えた。
日本の地方都市の街のサイズはあるだろうか。思ったよりもでっけぇ。
そして一番目を引いたのは、その街のさらに後ろに、大きな赤土色の山があった。
かなり遠くにありそうだが、富士山とかそういうレベルの山のサイズ感だ。
街の入り口付近にある馬小屋にラマを預け、僕たちは荷物を背負って入口から繋がる大通りへと向かった。
「お〜! ここがフレイムヴェールですか! 賑わってますね~」
仲はそれこそ漫画やアニメで見る中世ヨーロッパの雰囲気を出した街並みで、大通りの両脇には様々な商店が並んでいる。
そこは盛んに人が溢れ活気づいていた。
露店で調理された食べ物が売っていたり、見たこともないガラス細工の店があったり、ケバブみたいな装置でイノシシみたいな生き物が丸焼きにされてる。どうやって食うんだあれ。
他にも多種多様な物が売られている異国情緒満載な光景に、僕はワクワクしていた。
「街は後で観て回れるわ。まずは宿を探しましょう」
僕の田舎から来た人みたいな反応に微笑ましいく笑われながら言われた。
「そ、そうですね」
その言葉に落ち着きを取り戻しつつ、大通りを抜けるとホテルが多く立ち並ぶ場所にやって来る。
パッとみどれも素敵な宿だが、自分には違いが全く分からないのでアラミさんについていった。
僕はアラミさんが宿の受付をしている間ラウンジの様子を眺める。
落ち着いたラウンジで豪華というほどではないが、綺麗で落ち着ける作りでそれなりによさそうな異国のホテルの様だった。
「はいこれ」
受付を終えるたアラミさんに部屋の鍵を渡される。
「ありがとうございます」
鍵を受け取る時、アラミさんは同じ部屋番号を持っていた。
「……え? 同じ部屋ですか?」
「そうだけど?」
当たり前のように言った。
「……そ、そうですか」
こんな綺麗な人と同じ部屋で寝泊まりするだと? なんだこれは、役得か?
いやまぁ、確かに屋外で一夜を過ごしてはいるが、同じ部屋と言うのはまた違うんじゃないか?
「……イヤなの?」
「と、とととんでもないです! むしろ逆です! いいんですか!?」
「いいわよ別に。同じ場所で寝てたじゃない」
「そ、そうですよね! ただ、屋外と個室っていうのは結構違う気がして……僕多感な時期なので、アラミさんみたいな綺麗な人と同じ部屋でいいのかななんて思っちゃっただけです!」
「なっ……」
慌てて言う僕の発言にアラミさんが照れて珍しく赤くなった。
「お、大声で騒がないでよ……早く荷物運ぶわよ」
そういうアラミさんの言葉に周囲を見てると、周りの人が僕たちを見ていた。
「……す、すいません」
僕が謝るとアラミさんは逃げるように荷物を取りに行った。
落ち着いてるのか感情豊かな人なのかよくわからない人だ。
荷物を部屋に運び入れると、二つあるベットの片方に僕は大の字で寝転んだ。
「あ〜気持ちいい〜フカフカだ〜」
久々のベットの感触に心地よさを口に出さずにはいられなかった。
休む僕に対してアラミさんはまだ休む気配はなく、小さな荷物を手に持って出掛けようとしていた。
「少し休んでなさい。私は手続きとかしてくるから」
「手続き?」
顔だけをアラミさんの方に向け聞き返した。
「商売の申請とか、盗品の申告とか色々ね。人の多い場所じゃ色々と手続きがいるのよ」
「へぇ~、ちゃんとしてるんですね。僕行かなくていいですか?」
「大丈夫よ。疲れただろうからゆっくりしてなさい」
そう言ってアラミさんは疲れた顔一つせず僕に微笑むと部屋を出て行った。
「……ありがとうございます」
僕は1人になり、静かな部屋をキョロキョロと見渡した。ベットから起き上がり、室内を探索する。
構造は現実のホテルとほぼ同じ構造だ。
入口から入ると荷物を広めの置くスペースがあり、机と椅子、壁際にベッドが二つ。奥の扉の先には脱衣所と水回りがあった。
電気関係は僕の知ってるプラグのようなものではない事だけはわかる。魔法かなにかでついてるのだろうか。
お湯も沸かせそうな雰囲気だが、機械じゃなさそうだから使い方はわからない。
一通り部屋を見終えると僕は窓を開ける。
窓から見えるのは景色は人が行き交う道と店で商売をしている様子など人がたくさんいる。
普段見ないヨーロッパの街並みのようで、旅行に来たような気分で胸が高鳴った。
「……ほんとに異世界にいるんだなぁ」
改めてそんな思いを抱くと、僕は再びベットに寝転んだ。
「…………」
1人になると色々思考が巡ってくる。
そもそもなぜ僕は異世界にきたんだろう。
記憶があるのは、親戚の叔父さんが亡くなったって事で、葬式に行ってたところまでだ。
式が終わって世話になった叔父さんの家で最後の時間を過ごしていて……気がついたら森に倒れていた。何故か詳細を覚えていない。なぜだろう。
鏡で身体を見ても地球にいた頃のままだし、死んで転生したとかではなさそうだ。制服も同じだし。
……気が付いて森を歩いていたらフードの男に襲われた……気がする。
剣で刺され……熱くて……痛かった。はずだ。
あの一連は夢だったのだろうか。胸を触っても、やっぱり傷はない。
誰かが助けてくれた気はするが、アラミさんは全く知らない様子だった。
こんなにも曖昧なのにしかし感覚だけは強く残っている。
「……なんなんだろう」
考えたところで結論はでない。たまに現実みたいなリアルな夢みることもあるしそう言う類いなのだろう。
僕はそんな風に自分の中で結論をつけると、疲れと柔らかいベットのおかげか、気がついたら眠りについていた。
……………………
僕は違和感に目を覚ました。
久々の柔らかいベットのおかげで深い眠りについていたのか、目を開けるのも億劫で体のけだるさもあり今の状況がわからない。寝る前の記憶も曖昧だ。
一つ言えるのは……なんだかすごく窮屈に感じる。
手をもぞもぞと動かすと何かがある。
何があるのかわからずに手を動かしてそれが何なのかを確認する。
すごいぷにぷにして柔らかい。すべすべで肌触りが気持ちいい。
何だろう、すごい……人肌みたいな感じだなぁ、と思いながら重いまぶたをゆっくりと開いた。
すると……目の前にはアラミさんの寝顔があった。
……何でこんな近くにアラミさんの顔があるのだろう。
寝ぼけた頭でそんな事を考えると、僕が触っていたのは主張はしないがしっかりとあるアラミさんの胸だったとわかる。
「…………???」
なんでアラミさんが隣で寝てるんだ?
確か僕は宿屋に来て休んでて、考え事してたらそのまま寝落ちて……アラミさんが僕が寝るベットに入ってきた?
僕はその事実に理解が追いつくと急に目が覚めドキドキし始めた。
ベットは二つあったはずだ。なんで僕の寝ている方に?
ってかなんでそんなに薄着なの?
そう思うぐらいアラミさんはラフな格好をしており、柔らかそうな素材のショートパンツに白いブラトップしか着ていない。男と一緒の部屋で寝る寝巻ですかそれ? ベットにまで入ってきて誘ってんの? 思春期の男子高校生には全身カチカチになっちゃうんですけど?
「うぅん……」
唐突なアラミさんの寝言とモゾモゾする動きにビクゥッ!っと全身に力が入り思わず寝たフリをした。
「……すぅ」
アラミさんの寝息が聞こえると、僕はゆっくりと目を開けて横目でアラミさんを見る。
…………寝てる。
なんてかわいいんだ。普段の頼りになるしっかりしたアラミさんとは違って……無防備に寝るその表情は好きになるのに充分過ぎる。
外でキャンプしてる時はこんな無防備に寝ないのに。街の宿に来て気が緩んだのだろうか。
まぁ、ずっと気を張ってたら疲れるよなぁ。なのに、僕みたいな何も知らない奴を拾ってくれるなんて、ホントに……
「いい人だなぁ」
そう言って、僕は思わず頭を撫でていた。
「………はっ!」
この守りたくなる寝顔に、いとおしさを感じてしまった。
失礼に当たらないだろうかと少しドキドキしながらも撫でている幸福感に手が止まらず、アラミさんが小さく寝言のように呟いた。
「……おとうさん……おかあさん」
そうつぶやくアラミさんは少し嬉しそうだった。
……そういえば、両親を亡くしたと言っていたなぁ。
年上とはいえ、まだまだ若い身で親を亡くした悲しみはやっぱり深いのだろうか。
僕の邪なエロい気持ちは……まぁちょっとは残ってたけど、アラミさんに対する優しさとお礼の気持ちでそこまで強くなかった。まぁ、全身に力入って固くなってはいたけど。
これは少しでも手伝いをして恩を返さなくては。
僕はアラミさんを起こさないように慎重にベットから抜け出し、隣のベットに移動し、まだ疲れてたのか、すぐ眠りに着いた。
………………
今度は日差しで目が覚める。
「…………ん~」
眩しさでゆっくりと目を開く。そこは宿の天井だ。
寝ぼけた頭でごそごそと動き横を向くと……アラミさんがまた隣で寝ていた。
「うをぉ!?」
流石に2回目の出来事に僕は驚くほかなかった。 なんで? 僕昨日隣のベッドから移動したよね?
「うぅん……」
思わず出た僕の驚きの声にアラミさんも目を覚ましたのか、ゆっくりと目を開く。
ぼんやりしたアラミさんの目が隣で寝ている僕の目を捉える。
「…………」
「…………」
ぼーっとアラミさんに見つめられる。僕もその視線から目が離せず見つめたままお互いに固まっていた。
僕はアラミさんの顔を見つめながら、普段と違いキョトンとした気の抜けたアラミさんの顔が可愛すぎるとか、そんな事を思っていた。
数秒固まっていると、さすがに気まずかったので意を決して挨拶をしようとしたのだが、
「……おはようございま——」
言いかけた所で
「きゃあ!」
と、アラミさんは短く乙女みたいなカワイイ叫び声を上げると、僕の頬をパァン! とすごい音で鳴らした。
その音はホテル中に響いた事だろう。