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プロローグ はじまりはきみだった (後編)

 ラマでの移動は歩くよりも少し早いぐらいのゆっくりとしたペースで、想像しているよりも駆ける事はなく、最初は振動も気になったが乗っているうちに慣れてきた。

 移動中の馬上でこの世界について少しアラミさんが話をしてくれた。


 世界には大きく分けて8つの魔法属性があるらしい。


 火、水、地、風、氷、雷、光、闇。


 それぞれの属性が色濃い土地があり、それぞれの属性の国として成り立っているとのこと。


 そこで今僕達がいるのが火の属性が強い場所で、火に関わる物が多いらしい。


 その土地に生えてる植物、生物、魔物もやはりいるらしく、その属性に対する効果を持っていたりすると言う。


 例えば、辺りに生えてる木々は青々としていて見た目は僕の知ってる木と変わりないが、火に結構な耐性があると聞いた。


 世界の仕組みを教えてくれると、今度は歴史について話してくれた。


 どうやらこの世界にはドラゴンがいるらしく、それぞれの属性を持ったドラゴンがその土地にいたと言う。人間と友好的な関係を築いていたのだが、何かがキッカケで人と対立し、大きな戦争になったと言う。


 人々はそのためにドラゴンと戦い、なんとか封印することに成功したらしい。

 その人達は英雄として各地で崇められているとのこと。


「詳しくはまだあるけど、大まかにはそんな感じよ」


 とアラミさんはそう話を締め括った。


「……確かにこの世界の歴史について聞いたのは僕なんですが……」


 僕は目を閉じて少し呆れながらそう前置きをして、大袈裟に言う。


「こんな状況で言うことじゃ無いでしょおおおおおお!!」


 そう叫ぶ僕とアラミさんは、木に縛り付けられていた。


 旅立ったはいいが、太陽が下り始めた頃に森で盗賊に襲われたのだ。


 盗賊に言われるがまま僕達は縛られ、アジトまで連れて行かれると、木に縛り付けられた。


「うるせぇ! 静かにしろ!」


 と、少し離れた所でアラミさんの荷物を物色する盗賊に怒られた。

 盗賊は怒鳴ると再び物色を始める。

 盗賊は二人組で、親分と個分のような関係の2人だ。


「今回は当たりでしたねアニキ!」

「ああ……こんな上物ばかり持ってるやつに当たるなんて、相当ラッキーだったな!」


 アラミさんの荷物の中身を雑に扱い、見つけた食料を貪り食いながら盗賊達は嬉しそうに話していた。


 僕は小声でアラミさんに訴える。


「……ど、どうするんですか!? 護身術がどうとか言ってましたけどあっさり捕まって! この後どうなるんですか!?」


 アラミさんは抵抗する素振りも慌てる素振りもなく投降した。


「そうねぇ、このままだと売り払われて奴隷としてコキ使われるんじゃないかしら。私達まだ若いもの」


 変わらずに慌てた様子もなく答える。

 僕は慌てた様子で問いかける。もっと慌てて。


「いやですよそんなの!」

「私もイヤよ」

「じゃあどうするんですか!?」

「安心しなさい。私があなたを助けるから」


 と、アラミさんはさも当然のように答えた。本当だったら僕が女性に言いたいようなセリフをこの人はあっさりと言ってのけてしまった。

 

 いや、どう考えても無理でしょ……。そんな細い腕にスラっとしたその体系であんな屈強な男から身を守れるとは到底思えない。


「……お気持ちだけもらっておきます」


 きっと励ましてくれたのだろうと、僕は彼女の言葉を話半分に聞いた。


「他に捕まってる人はいないみたいね」


 アラミさんは周辺の様子を伺うとそんなことを言った。


「え? そうみたいですね」


 僕はどうしようと必死に考えていたので半ば適当に答えた。確かに僕達以外は誰の声も聞こえない。連れてこられる間に誰とも会っていない。


「アジトに人の気配はある?」

「え? えっと…」


 木々の隙間から微かに見える盗賊達のアジト。しっかりとした骨組みで建てられた立派なテントのような物がある。

 中も十分な広さがありそうで、奥までは見えないが周囲と入り口当たりには誰もいなさそうだ。


「中まではわからないですけど、外には誰もいなさそうですよ」

「十分よ。それじゃ、盗まれたものを取り返しましょう」


 アラミさんはそういうと、少し高めの営業トークのような声と笑顔で突然盗賊に話しかける。

 ……何する気?


「ねぇ盗賊さん達、私の話を聞いてくれない?」

「……あぁ?」


 盗賊のアニキはアラミさんの声に眉をひそめながらこちらを振り向く。


「なんだ? 命乞いか? お前みたいな美人だったら俺たちのペットとして飼ってやってもいいぜ」


 そう言いながら大柄な態度で近づいてくる盗賊アニキ。


「……それは困るわ〜。私と取引しない?」

「取引だと?」

「私の商品を随分気に入ってくれたみたいだから、安く売ってあげるわ」

「……はぁ?」

「交渉よ。助けてもらう変わりに、安く商品を提供しようと言ってるの」

「……はっはっは! 何だお前! 盗賊しらねぇのか!? 俺たちはお前のような間抜けから物を盗むんだよ! 買うわけねぇだろ!」


 盗賊は大笑いしてアラミさんの言葉を笑い飛ばした。


「その更生するチャンスをあげているの。だからこれは取引よ。いくら貴方達が弱い人から物を奪おうと、いずれ討伐隊や兵団という強い物に駆逐されるだけ。そんなの考えればわかるでしょう? だから一番賢く生きるのは強い物に巻かれ、弱い人に手を伸ばし、味方を増やし共に生きていくこと。そうすれば本当に強い人達の的にならなくなる。むしろそれが味方になるの。だからあなた達も悪さなんてしないで真面目に生きなさい。そうすれば人生は豊かになるわ」


 突如アラミさんは盗賊相手に説法かました。そんなの聞いてたら盗賊やってないって。


「……わははははは! なんだお前!」


 当然盗賊には欠片も響いていなかった。


「盗賊にそんな説教垂れる奴初めて見たぜ! だれがそんな面倒なことするか!」


「私は誰よりもいい商品を仕入れている自信があるわ。そんな私を良い取引相手として取り込めば、これからも良い物を仕入れてくれるかもとは考えない?」


アラミさんは下手でて説明した。


「俺たちは奪う! 人が持ってきたものを奪う! なんだって俺たちのものにする! それだけだ! てめぇら弱者から奪い取ることこそが俺たちの望むものだ!」


 盗賊は悪の極みみたいなセリフを堂々と高らかに宣言した。

 救いようのない悪とはこういうことを言うのだろうか。


「……そう。どうしても更生する気はないのね?」


 アラミさんは少し残念そうな顔で問いかけた。


「ねぇよバ~カ! てめぇは自分の立場を考えろ! お詫びに生意気な口を聞いた罰をその身体で払いなぁ!」


 そう言いながら盗賊アニキは唐突に高らかに宣言したテンションと性欲剥き出しの顔でアラミさんに突っ込んでくる。


「……交渉決裂ね」


 目を伏せ、冷静に残念そうな顔をしてアラミさんは呟くように言った。


 アラミさんが目を開けた瞬間、気が付いたらとんでもなく痛そうな正義の鉄槌が、まるで主人公ヒーローが最後の一撃を悪に決める時の様なアラミさんのグーパンチが盗賊の頬を殴り飛ばしていた。


「「「!?」」」


 突然のことに、見ていた僕も子分も驚きが表情から伝わったことだろう。


……一体いつの間にロープから抜け出したんだ?


 殴られた盗賊アニキですら状況がよくわかっていなさそうだった。

 殴られた盗賊は数メートル吹っ飛び、倒れ、ほほを抑えながら震えて上半身を起こしアラミさんを見ていた。


「て、てめぇ……い、いつの間に……」


 震える声で盗賊アニキは縄ぬけしていたことに驚いていた。アラミさんは最高にねっとりした言い方で盗賊に言葉を返す。


「あなた達が悪事をやめるなら私は何もしないわ~。けど、このまま悪事を続けるというのなら私も黙っていられないわねぇ~」


 強者が敵に近づくように、アラミさんは堂々とした態度で一歩一歩ゆっくり進みながら言った。

 その姿は獲物を追いつめる猛獣のようだった。


「……それより私の商品の味はどうだった? 結構こだわって仕入れてるのよ~。結構値が張るものなんだけど……タダで食べられるなんてよかったわね~貧乏人さん」


 笑顔でアラミさんはキレ気味に言った。意外と商品荒らされたこと怒ってるのかな…。


「……ただの女商人ごときが粋がるなよ! 俺達には力がある! 力があるやつは弱いやつから物を奪う! 弱いやつが搾取されるのはこの世の掟だ!」


 盗賊アニキは口から出た血をぬぐいながら立ち上がり粋がった。


「そうだ親分! 言ってやれぇ~!」


 子分がガヤを入れる。いかにも悪党がいいそうなセリフだ。


 ……でも悲しいかな盗賊の親分が言ってるそれは事実だ。


 弱い物は強いやつに敵わない。それはどこの世界でも同じだ。

 不意を突いた攻撃は効いたとしても、まっとうな戦闘では戦いなれた盗賊にかないはしないだろう。


「……自分が世界で一番強いと思ってるのかしら。哀れで愚かね」


 しかしアラミさんは何も恐れることない様子で言った。


「もう交渉の余地はない。己の罪を悔いるがいいわ」


 アラミさんは鋭い目付きで笑いながらそういうと、腕を体の横に伸ばし指をバッっと開くと、何処からともなく光の粒子が集まり、集まった光がやがて一本の黒い剣を形成し、アラミさんの手に出現した。


 その剣は黒いながらに美しく、漆黒に輝いてるという表現がきっとあっている。

 その剣をアラミさんは使い慣れたように携え優雅に構えた。


「さぁ、盗賊退治といきましょう」


 そう宣言すると同時に、アラミさんは盗賊アニキへと勢いよく駆け出した。


「なっ!?」


 唐突なその行動に驚きながらも盗賊は戦闘態勢に入り武器を構える。


「おそいわよ~」


 そういってアラミさんは剣を振ると、盗賊の親分は持っていた剣で受け止める。


「ぐぁっ!?」


 しかしあまりにも威力が強すぎたのか受け止めた親分は勢いで飛んでいき、木にぶつかった。


「お、親分!?」


 突然の出来事に子分は驚いていた。親分がやられるとは想像も出来ていなかったのだろう。


「な、なんだてめぇ……! どっからそんなもん出しやがった!」


 吹き飛ばされた親分はよろよろと立ち上がりながら警戒するようにアラミさんに問いかけた。


「そんなこと気にしてる場合? 逃げるか投降するか選んだ方がいいわよ? 逃がさないけど」


 アラミさんは見下すような眼で盗賊を見ながら言った。こっわ……。


「くっ……くそが! なんなんだてめぇ!」

 盗賊は焦ったように威嚇するように声を出してそんなことを言った。

「私はアラミよ~」

「んなこと聞いてねぇ! どこの討伐隊のやつだ! どこの諜報員だ!?」

「そんなものに入った覚えないわ~。さぁ、投降するなら今の内よ~」


 アラミさんは剣を構えながらゆっくり近づいていく。


 すると、


「お、親分! これを使うんだ!」


 アラミさんの荷物付近で待機していた子分がアニキに向けて何かを投げた。


「その女の荷物にあった武器ですぜ! なんかすごい強そうな!」

「……これは……なんか凄そうだぜ!」


 親分が手にした武器は、確かになんか凄く強そうで、装飾もたっぷりついていて、派手で切れ味抜群そうな見た目だった。盗賊が持つにはふさわしくなさそうな武器だ。


「……それはあなたが持つような武器ではないわ。まともに扱えもしないわよ」


 アラミさんは剣を構えながらゆっくりと盗賊に近づいていく。


「んなの……試してみなきゃわかんねぇだろおおおお!!」


 盗賊は気が高まったのか、叫びながらアラミさんに切りかかった。


「……哀れな人」


 ため息交じりに呟くと、アラミさんは盗賊の太刀筋を予知しているかのように華麗にかわし、盗賊の背後に回り込むと、ヒュッと見えない速度で剣を振り下ろした。


 すると……盗賊の腕がポロリと取れた。


「……うわああああああ!?」


 盗賊は腕が切れたことに遅れて驚き腕から血が噴き出す。


 その間にアラミさんは奪われた剣を回収し、盗賊の切れた腕を投げ捨てた。

 そして呆然と二人の戦いをみていた盗賊の子分の方へと駆けて行くと、


「ひっ!?」


 突然向かってきたアラミさんに子分はビクッとおびえるが、唐突すぎて逃げられない。


「返してもらうわよ」


 そう言って目にもとまらぬ速さで子分の腹を黒剣で切り裂いた。


「ぐぎゃあああああ!?」


 子分は叫び声を上げながらその場でのた打ち回る。


「……勝手に人の商品を使わないでもらえるかしら」


 そういいながら血ぶりをし、落ちていた鞘を拾い、盗賊が盗んだ剣を仕舞うと背中に背負った。


「……後で手入れしないといけないわね」


 痛みで苦しむ子分を冷たい目で一瞥した後、アラミさんはくるりと振り返り、親分のもとへと歩いてくる。


「腕があぁあぁぁ……俺の腕がああああ!!」


 地面に倒れ狼狽える盗賊にゆっくりと歩いて近づくアラミさん。


「投降する? まだ続ける?」


 黒剣の切っ先を盗賊に向け、アラミさんは笑いながら盗賊に問いかけた。


「……ふざけるな……ふざけるなぁ! 俺は……俺たちは強いんだ! こんな女に負けるわけがねぇんだああああ!!」


 腕から吹き出た血と涙に塗れながらも、盗賊は己の状況を認めなかった。


「…………さよなら」


 アラミさんは無表情で小さく言うと、黒剣をスッと……盗賊の胸元に刺した。


「ふぐぅ……ふざ……け……るな……」


 最後に苦しそうに声を絞り出すと、盗賊の親分は息絶えた。


 アラミさんは剣を引き抜くと、子分の方へと再び歩き出した。


 弱々しくその場に倒れる子分。しかしまだ息はあった。


「あなたの親分は死んだわ。あなたは投降する? それとも……同じ目に合う?」


 まったく感情のない声でアラミさんは問いかけた。


「……殺せぇ……殺してくれ……もう……窮屈な生活はごめんだぁ……」


 苦しそうに子分は声に出した。


「……そう」


 アラミさんは小さく答え……親分と同じ様に黒剣を胸に刺した。


「……ぐっ……うっ……」


 そして子分もあっという間に息絶えた。


 ……こうして、さきほどまであんな絶望した状況だったのに、あっと言う間に脱却することができた。


「……やれやれね」


 アラミさんは、少し悲しそうに血振りをすると、戦うのに使っていた黒剣は再び光の粒子と共にどこかに消えてしまった。


「……ルド、大丈夫?」


 ひとしきり戦いが終わると、遠くからアラミさんが僕に声を掛けてきた。


「…………」


 僕は絶句していた。あまりにも生々しい命のやりとりに、夢でも見ているかのようだった。


 漫画や小説で見たことがある殺し合い。俯瞰してみればただ悪い人を正しい人が成敗しただけのようにも見える。


 しかし……いとも簡単に、感情の起伏もなく、ただ淡々と人の命を奪ったこの美少女……アラミさんに恐怖心を抱いていた。


「……ルド? 大丈夫?」


 アラミさんは心配そうな表情で僕の方へと近づき再びそう問いかけてきた。


「ひっ!?」


 近くに来ていたアラミさんに、僕は少したじろいでしまった。


「顔真っ青よ? 汗もかいてるし、どうしたの?」

「あ……いや……なんていうか……は、ははは……ど、どうしよう……」


 僕は異常なまでに動揺していた。人を殺すことに躊躇が無い人を見たことが無いからだ。


 僕は震えながら、死んだ盗賊をじっと見ていた。人が死んだ瞬間が頭から離れない。


「……人が死ぬのを初めて見た?」


 僕が動揺してるのを察したのか、アラミさんは優しい声で聞いてきた。


「え? えっと……な、なんて言ったらいいんでしょうね……」


 震える声で、僕は言葉を選ばないと殺されるのではないかとパニックになっていた。


「……落ち着きなさい。私は悪者を倒しただけよ」

「いや……でも……こ……こ、殺す必要はあったんですか!?」


 僕は訳も分からないが、理解が出来ず聞くしかなかった。


「選択は与えたわ。それを拒んだのはあいつらよ。ああいう悪党は反省をしない、悪事を繰り返す。怪我をしたぐらいじゃ反省しない。だから殺したの。それだけよ」


「でも……」


 それでも、彼らにも人生があった。そう考えるだけで、途方もなく僕の感情は大きくぶれた。悪党だけど、なぜか、その命を奪った瞬間、そっちの方が怖くなる。


「……私も初めて人を殺した時はそうだったわ。ほんとに殺していいのか。……でも自分にとって大切な物を守るためには必要な事だったのよ」

「ど、どうしてそんなことわかるんですか? 殺さない選択もあったかもしれない……」

「散々見てきたからよ」

「な、なにをですか!?」

「……やつらのテントを見てきたらいいわ。中には誰もいないし安全だから、一緒に行きましょう」

「…………」


 僕は無言で盗賊の大きなテントに向かった。


 何か、何か自分が理解できる理由が欲しかった。何が怖いのかもわからないが、何か言いようのない恐怖に包まれていた。


 テントの中に入ると……そこは惨状が広がっていた。


 盗んだ金品の他に、至る所に血が付いていたり、ボロボロになった女性の服が散乱し、腐敗した匂いとなにかわからない骨もあった。

 ……他にも、絶対言葉にできないような物もたくさんある。それはあまりにも想像に難くなく、どれだけ非道であるかがわかるものだった。


「………」


「そこにあるのは何の罪もない人達から奪ったものよ」


 後ろからついてきたアラミさんは悲し気に、どこか苦し気にそう説明した。


「頑張って作った物を奪われ、大切に育ててきた娘を奪われた。こいつらは気に入った女性を襲い、頑張って幸せに生きていた人達から全てを奪い恐怖に突き落とし、暴力的に己の欲を満たす卑劣な奴らなのよ。それが賊と呼ばれるやつらよ」


「……ははは。なぁんだ。そうだったのか……あ~はっはっは~」


 僕は乾いた笑い越えを上げた。


「いやぁ……安心しましたよ。こんなやつらなら、殺されても文句は言えませんね~」


 僕は笑ってアラミさんの方を見た。


「……無理しなくていいわよ。少しずつ受け入れなさい」


 そんな僕の顔をみて、アラミさんは心配そうな顔でそう言った。


「無理なんて……はは……まぁそうですね。良かったです。こんな奴らだって知れて……少しは安心しました」


 パニックはなくなった。とんでもない悪がこの世界にいることはよくわかった。


 こんな最低な奴ら、殺されて当然だったんだ。そう、何も思うことはない。こんなやつらに同情する必要なんてない。


 アラミさんは悪魔を倒した。それだけのことだ。


 ……これは正当化でしかない。しかし、これはこの世界の理だ。

 僕がいた世界よりも命は身近にある。それを今、この瞬間に理解し、納得しないといけないんだ。

 殺さなければ殺される、ただそれだけの事だ。


 死ぬ覚悟を決めろ。どうせ……一度死んだようなもんだ。


 そんなことを考えていると、アラミさんがゆっくりと優しく僕を抱きしめてくれた。


「あなた、随分純粋なのね。その心……しっかり忘れずにいなさい」


 優しく包まれ優しい声に、僕の心は簡単で、安らいだ。


「……別に純粋じゃないですよ。ただ初めてのことに戸惑っただけです」


 そう強がって僕は平静を装った。







 その後、僕達はせめてもの救いとしてまともに残っている盗品をかき集め、馬のラマに大きな荷物を追加した。

 街まで持って行き、国に盗まれた盗品として届を出すらしい。


 ラマは荷物が増えても平気そうな顔をしていた。


 色々やっていたら完全に日は暮れ、こんな場所にいるのも辛気臭いので少し移動した所でキャンプ地を設営した。


「…………」

「…………」


 アラミさんの備蓄を晩御飯としてもらった後、僕とアラミさんの間に会話はなく、僕は膝を抱えて焚き火を眺め、アラミさんは武器の手入れをしていた。


「……アラミさんは何者なんですか?」


 いい加減、ずっと沈黙なのも、空気が悪いのも助けてくれたアラミさんに失礼だなと、ようやく気遣いが出来るぐらいには落ち着いてきたの僕はアラミさんに問いかけた。


「私はアラミよ。ただ旅商人をしているその辺の村娘」

「……見たことないですよ。あんな、ラスボス倒す直前みたいな剣持って盗賊を相手にする村娘。大体、なんで他にもあんな強そうな剣持ってるんですか? 武器商人なんですか?」


「私は気に入った物はなんでも売ってるわ。武器、食品、魔道具、素材、工芸品、ありとあらゆる世界の物を」

「……あの戦う時に使ってた剣は? あれだけ見えない所から出てきたみたいでしたけど」

「あれは商品じゃないわ。……両親の形見みたいなものね」


 そう言うと手を上に向け、光の粒子が現れると、あの黒剣がアラミさんの手に現れる。


「……親御さん亡くなられたんですか?」

「……数年前にね。私の住んでた村ごと無くなったわ」

「村ごと……ですか?」

「……ドラゴンに襲われたの」

「ドラゴンに……?」


 ……あれ、ドラゴンって何百年も前に封印されたんじゃ?


「……詳しくはわからないけど、何故か私が住んでいた村の近くに小さなドラゴンがいたらしいの。誰も知らなかったし、村の皆その時に初めて見たんだけれど……突然現れたドラゴンは私たちの村を壊し、人も動物も関係なく殺していったの。両親は私を守ろうとして……そのドラゴンに殺されたわ」


 アラミさんは感情を出さずに淡々と語った。


「…………」


 惨い悲劇に、僕は言葉が出てこなかった。空想の中のような体験をしている人が目の前にいることにぞっとする恐怖を感じた。


「でも、その時師匠が突如現れたの」

「例の旅商人の?」

「ええ。師匠はその頃より昔から私の村と頻繁に商売をしてくれていたの。それでたまたま村に来ていたらしいわ。……それで、はっきりと覚えてるわけじゃないけど、その師匠がそのドラゴンを倒してくれたんだって。あんな暴れるドラゴンを倒すなんて凄いと思ったわ。

 ……それと同時に、私は自分の弱さを悔いた。弱いと何も守れず手に出来ない。だから、私は強くなろうと誓ったの」


 語り終えるアラミさんの目には決心が見えた。


 アラミさんが持つ強さと決断力にはそんな裏があったのか。


 その話を聞いて、僕はただの同情で盗賊に同情したことを恥ずかしく思った。


 皆必死に生きてる。あれはその結果のことだったのだ。僕がとやかく何かを思うことはただおこがましいだけだ。


「……大変だったんですね」

「……まぁね。師匠はその後も村の復旧に一役買ってくれたの。そのおかげもあって村の復旧は早かったわ。……亡くなった人も多かったけど、今も村は何とか残ってるわ」

「……なるほど。その後師匠と旅に出たわけですね」

「事件があったのが8歳ぐらいの頃だから……旅に出たのはそれから7年後ぐらいだけどね。強くならないとと思って修行して、師匠についていけばもっと強くなれるし、世界を知ることができると思ったの」

「……凄いですね。毎日何もしてこなかった自分とは大違いです」

「ルドは? 今まで何をしてきたの?」

「ん~……僕の世界には学校があるんです。学び舎ですね。同い年の人と一緒に勉強したり、遊んだりする場所です。競い合いこそあれど、殺し合うような戦いなんてなくて、喧嘩程度で、それこそ平和な世界です」


 細かく言えば色々な問題もあるが、この世界に比べたら平和と答える他なかった。


「……そう。素敵な所ね」

「退屈な場所ですよ。そんな中でも、力がある者が弱い物を虐める。自分のしたい事は馬鹿にされ、誰にも理解されない」


「…………」


 アラミさんは黙って僕の言葉を聞いていた。

 どうしても、僕は僕のいた場所を否定したくなってしまう。


「けど、この世界と比べたら楽なもんですね。社会が人を守ってくれるから。戦う術を知らなくても老後まで楽に生きられる。いい世界にいたんだなぁと思わされますよ」


 そう思って僕はなんとか自分の世界を肯定した。


「……あなたも辛い目にあったのね」


 アラミさんは僕の現世を卑下する言葉に何かを察してくれたのか、静かに話を聞き終えると、優しくぎゅっとしてくれた。


「無理して強がらなくていいのよ。悲しい時には泣けばいいの」

「…………」


 昔の事を思い出しただけじゃない。さっきの殺し合いのこともあったけど、アラミさんを理解した僕はその優しさに、小学生の頃以来久々に涙が流れた。

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