プロローグ はじまりはきみだった (前編)
多分ここは異世界だ。少し前からその疑いはあったが、轟々と燃え盛る剣が僕の胸に突き刺さっているこの現状だけでここが異世界であることを強く物語っている。
目の前にはフードを被りハッキリと顔が見えない男が立っていた。
僕の意識は朦朧とし、木にもたれかかるように力無く地面の足を伸ばして倒れていた。
多分、異世界の森だし盗賊か何かに襲われでもしたのだろう。
僕は胸に剣が刺さっているのに妙に冷静で、最初あった激痛も今は無く、ただただ意識が薄れていた。
僕は、薄れゆく意識の中でこう思った。
異世界で殺されるなら美少女がよかったなぁ……
……なんて思っていると、まるで夢を叶えてくれたかのように突如として長い桜色をした美少女が視界の隅から現れた。視界は揺らいでちゃんとはよく見えないが、その美少女は桜色の長い髪を揺らし、男と戦い始める。
男は割とあっさりと美少女に倒される。
美少女の背中で詳細はわからないが、男は地面に伏して動かなくなっていた。
どうやら彼女は僕を守ってくれたらしい。
彼女は僕の側に来て必死に声をかけてくれているが、朦朧として声なんて何も聞こえない。まともに目の前も見えやしない。
もう刺されてるから助かりはしないだろうけど、僕のために身を挺して守ってくれた女性がいたことに、僕は少しだけ安堵し、そのまま意識を失った。
「……ってなんでいきなり死んでるんだあああああ!」
僕は叫び声を上げながら起きた。起きるとそこは僕の通っている学校の教室だった。
「…………」
教室内には誰もいない。叫び声を誰にも聞かれなくて良かった。
窓の外を見ると日は傾き夕暮れだった。
……僕は放課後に自分の席で寝ていたのか?
「……さっきまで授業なんかしてたっけ」
ぼーっと何も書かれてない黒板を見ながら呟いた。なんだか記憶が曖昧だ。
うまく回らない頭でとりあえず帰ろうと僕は立ち上がり、ふらふらと教室の扉に向かって歩いていく。
すると、扉を開けるその前に扉が勝手に開いた。
「えっ……」
扉が開くと、そこには見たことない美少女が立っていた。
制服を着ていて、僕よりも背が高く、長い桜色を腰ほどまで伸ばした髪の少し大人びた女性だった。
目は大きいが少しだけ凛々しさもあるが、彼女が僕をみる表情はとても優しげだった。
僕は高校2年生だし、先輩か? こんな綺麗な人がいたら知ってそうだけど……。なんて思考をめぐらせていると、彼女は少し微笑みながら、僕のことをじっと見ていた。
僕は少し照れながら、はっと我に返る。
「な、何か御用ですか? もうこの教室には誰もいませんが……」
視線を逸らしながら答えると、
「あなたがいるじゃない」
優しい声色で彼女はそういった。
「……まぁそうですけど」
戸惑いながら僕がそう答えると、彼女は教室に入り僕の脇を抜け窓際に歩いて行った。
「…………?」
なんだ? 僕に用があるわけでもないのか? まぁ、全然知らない人だから僕に用があるわけないか。
そう思い、教室を出ようとすると、
「綺麗ね」
窓際に立ち外の景色を眺める彼女が呟いた。
僕はもう一度彼女の方を振り向くと、僕はその姿に釘付けになった。
開けた窓から入るそよ風で綺麗な桜色の髪が靡き、夕陽を浴びる彼女の姿は淡く光っているかのようだった。
「全部ホントなのね。この世界は……本当に綺麗で美しい」
視線を窓の外から僕に向け、彼女は嬉しそうに、しかしどこか寂しそうに言った。
「……僕にはそうは見えませんけど」
ひねくれた僕は、まっすぐ彼女の言葉に答えられなかった。
「……きっとあなたも、この景色が素敵だと思える時がくるわ」
彼女は僕の方を見て微笑みながらそう言った。
「そうですかね。どうせ僕の人生なんて、つまんないですよ」
僕の事を何も知らない人に、僕の事を語られ、僕は思わずむきになってそんなことを言っていた。
「そう……じゃあ、これから私が刺激的にしてあげる」
彼女はそういいながら窓際を離れ僕の方へとゆっくり歩いてくる。
「何してくれるんですか? からかってるなら、僕はその手には乗りませんよ。罰ゲームか何かなら、先に言った方が身のため――」
僕は自己防衛で口が回りペラペラと喋っていると、彼女は僕の目の前までやってくると迷うことなく僕の両肩に手を置いた。
美少女の接近により心臓はバクバクと鼓動し声は裏返った。
「な~にする気ですか? 暴力は反対でことによっては先生に――」
顔を赤くして目を泳がせながらそんな事を言っていると、彼女は何も言わずに、僕のうるさい口を封じるようにキスをした。
「……!?」
何が起きているのかを理解できない。知らない美少女にキスをされる身に覚えがない。
しかし美女からの突然のキスに、罰ゲームで話しかけられてるだとかそんな事を考える余裕などなく、頭は一瞬でその気持ち良さに支配された。
突然のキスに頭の中は快楽物質によってどうにかなりそうだった。
どれぐらいキスしてたのかわからない。体感だと5分ぐらいしていたかもしれない。実際には数秒かもしれないけどドキドキが凄すぎて時間の感覚は何一つ信用ならない。
彼女との唇がゆっくりと離れ、彼女も少し頬を赤く染めてトロンとした表情をしていた。
「…………」
「…………」
黙って僕たちは見つめ合った。彼女のトロンとした表情から目を離す事などできない。
どれだけかの沈黙の後、彼女は頬を染めたまま優しく微笑み、呟くように言う。
「……あなたならやれるわ」
「……え?」
その言葉の意味はわからなかった。
しかしその言葉を皮切りに、彼女は突然、乱暴に僕を押し倒した。
「ぐぇ!?」
頭を強く地面にぶつける。
痛がっている僕に彼女は馬乗りになり、悪い顔をしてニヤリと笑っていた。
「さて、ココからは容赦しないわよ〜」
かのzyqの突然キャラが変わり、頭はハテナがいっぱいだった。
「え、え? な、なにをするんですか?」
聞いたって答えは返ってこない。
彼女は乱暴に僕の頭を掴み、覆い被さるように顔を近づけると、僕の顔を乱暴に舐め回す。
「ちょ,ちょっと! うわっぷ! な、なにするんですか!?」
その行動は、普通に考えたらもうエロいことのそれでしかないのだが、彼女の雰囲気は先ほどまでのときめいた雰囲気などはない。乱暴に痛いぐらいの強さで頭を押さえつけられ顔全体を舐められる。
「ちょ…や、やめて…ください…うぁっぷ…!」
もがこうとしても、覆い被されて抵抗できない。
しかも、あがこうと思っても身体にうまく力も入らない。
視界もなんだか歪んできて……ただただ顔が濡れる感覚だけが残り、視界は真っ暗になっていく。
顔の周りにある不快感だけが残ると、今度は段々と身体に力が入るようになって来る。
ぬぐわれる勢いで顔を舐められ、その強さに頭が揺れ動かされる。
段々と光が戻ってきて、目が開けられる感覚があったので、はっと目を開けてみた。
そこには……僕の顔をベロベロと舐める馬の顔があった。
「…………はぁ!?」
頭は追いつかないが、あまりにも唐突な状況に、僕は慌てて馬の顔を振り払いながら転がるように離れ馬と距離をとった。
少し警戒しながら尻もちをついて馬の方をみると馬は何食わぬ顔で僕の方を見ていた。
「…………」
僕も黙って馬を見る。馬は変わらずジッとしている。
僕も唐突な事で馬をみながら強張った体制のまま固まっていた。
しばらく沈黙が続く。馬も僕も黙って動かない。風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
「…………なに!?」
沈黙を破り、何一つわからないこの状況に僕は声を出すしかなかった。
馬に聞いたところで答えはヒヒーンしか返ってこない。
「……なんなんだよもう」
馬も特にこちらを警戒してる様子もないので、段々と硬直状態がおちつき、僕は馬の唾液で顔が臭い事を思い出し、ベタベタになった不快感で我に帰る。
「……うへぇ…くっさいなぁ……」
せっかくいい夢を見ていた気がするのに台無しだよ。ちゃんと覚えてないけど。
冷静に自分の状況をみると、周りの状況も見えて来る。
辺りを見渡すと、どうやらここは森の中で、側には焚き火と座れる切り株がある。時刻は昼ぐらいだろうか。
僕が寝ていた場所には割とふかふかしてそうな敷布団が引いてあり、僕はそこで寝ていたようだ。
自分の身体に目を落とすと、学校で着ていた制服を着ている。
今は布団のそばに馬がいるが、馬は随分と大きな荷物を背負っていた。入れ物は布製だが、数的には大きなキャリーバックが5個分ぐらいはありそうだ。なんで休憩してるのに下ろしてあげないんだ?
周囲に人の姿は見当たらず、どうやら今はいないようだ。この場を離れているのだろうか。
「……誰かが助けてくれた?」
僕は当たりをキョロキョロしながら独り言のように呟きながら言って疑問に思う。
……助けられたって、何からだ? なんで自分は気を失ってたんだ? そもそもここはどこだ? 森に入った記憶なんてない。
さっきまで夢を見ていた気がするけど、でも現実感のあるすごい夢だった気もする。
思考を回して考えようとするが、
「……くっさいなぁ」
馬の唾液の匂いがまとわりついて思考に集中出来ない。
どこかに顔を洗えるところでもないだろうか。
僕はとりあえずサッパリしたい一心で立ち上がり適当に歩き出した。
歩き出すと完全に森の中だ。木々以外何もない。
木漏れ日を浴びながら歩みを進めると、案外すぐのところに水の気配を感じる。
誘われるかのように進んでいくと、周囲は森で囲まれ、ぽっかりと森の中に穴が空いたような湖が見えた。
秘境のような場所に少しテンションも上がりつつ、僕はさっそく湖の辺りに行くと顔を洗い始めた。
綺麗で冷たい水に、サッパリしつつ身体が刺激されて段々と意識がはっきりしてくる。
ひとしきり顔を洗うと、顔を拭ってさわかに顔を上げる。
太陽も照り付け、なんだか爽やかな雰囲気だ。
「……ん?」
そう思っていると、湖の真ん中に何やら人影が見えた。
「………………」
顔を洗うという目先の欲で気が付かなかったのか、じ~っとその人影を見ていると、どうやら服を着ていなさそうだ。
……つまりそれは全裸であり、しっかりとその身体を見るに女性のように伺える。
まず目に入ったのは腰ほどまで伸びてい長い桜色の髪だった。
距離が50メートルぐらいあり、はっきりとは見えないが、その女性は自分の髪を丁寧に洗っているようで僕の存在に気が付いていなかった。
僕は気付かれてないのをいいことに、マジマジとその人を見ていた。
いや、覗きとかそう言うことじゃなくて。なんだか、不思議と彼女から目が離せなかった。
何処かで見たことがある。そんな気がしてならなかったんだ。
腰ほどまで伸びる桜色の髪に、整った容姿。抜群のスタイル。
裸なので全身丸見えだが、胸は程よくあって、腰のくびれもあり、お尻も引き締まって綺麗な形をしている。
そんな彼女を…どこかで見た気がする。と思いながら僕は目を離せないでいた。
これは決して裸の女性を見たいからじゃない。決して。
マジマジと裸の女性を見るのなんて失礼だ。だけど、どうしても思い出せない何かがあり、それが気になり思い出そうと彼女を見ているだけだ。いや、本当に。
身長は背の低い僕よりも高そうだ。……羨ましい。
何歳ぐらいなんだろう。年上だとは思うけど、そんなに大きく離れてはいなさそうだ。
ジッと見ながら心の中で覗きの言い訳をしていると、
「……綺麗な髪」
思わず呟きたくなるほど、彼女の髪に惹かれた。個人的にピンク髪のキャラが好きと言うのもあるが。
僕はみてはいけないと思いつつ、少しでも近くで見たいと彼女に釘付けになりながら湖の辺りから身を乗り出すと、土の足場が凹んでバランスを崩しそのまま顔から湖に落ちた。
「うわぁ!?」
大きな水飛沫をあげて湖に落ちる。
水が透明で立てそうな深さではあるが、急に水に落ちたことに慌て、僕は慌ててもがきながら水面から顔を出す。
立つまでもなく、座っていても顔が出る程度の浅さで良かった。
「はぁ………はぁ……」
突然のことで慌てて息を切らしてしまった。
息を整えて顔を上げると、流石に僕の騒がしさに気が付いたのか、全裸の女性が僕の方を見ていた。
彼女は驚いた顔で僕の方を見ていた。
僕と目が合う。
突然のことにあちらもビックリしたのか、固まっていた。
「…………」
「…………」
一瞬の沈黙が訪れた後、僕は小さく呟いた。
「……エッロいなぁ」
なんで口にしたのかは自分でも謎だが、僕がそういうと彼女に聞こえたのか、顔を真っ赤にした後に、片手で胸を隠しながら、もう片方の手を僕の方へと向けると、突如として湖の水が噴水のように飛び出る。
「……………へ?」
そして唖然としている僕の方に吹きあがった水が巨大な波のように押し寄せてくる。
「わ……うわわわわわああああ!?」
瞬く間にその水は僕を飲み込み、僕は溺れるように意識を失った。