三度目の約束
一度目の約束はあっけなく破られた。
『すまない。急な仕事が入ったんだ』
待ち合わせ場所に着いた時、タイミングを計ったかのように携帯電話がなった。
「分かった」
相手の仕事が忙しいのは分かっていたから、俺は仕方なく納得した。
『本当にすまない』
よっぽど忙しかったのだろう。そう言って電話はプツリと切れた。溜め息をついて携帯をしまう。ふと周りを見ると道を歩く人々が、俺を見ているのに気がついた。なんだ?と思いながら、知らない店のショーウィンドウに写った自分の姿を見る。そこにはモデルのコウの姿があった。待ち合わせに間に合わなくなりそうで、撮影のままの服装で来てしまったのだ。周りが注目するこの姿は、本当の俺の姿じゃない。本当の姿を分かってくれるのは、アイツだけ―――
二度目の約束は、あっけなく反故にされた。
『悪い。撮影が押してんだ』
そう言った彼の仕事はモデルだった。
「そうか。じゃあしょうがないか…」
『マジでごめん』
「いいよ。家に帰ったら会えるんだし」
『ごめん!っあ!なんか呼ばれてるわ。じゃあな藤沢。また後で』
よっぽど忙しいのか、恋人、高浜 毅《つよし》は電話を切ってしまった。モデルになるよう勧めたのは私だが、正直寂しく感じる時がある。
「高浜さんですか?」
「あぁ…」
目の前に書類を持っている秘書、霧崎が言った言葉に、私はうなづいた。この男は、私と毅の関係を唯一知っている男だった。そして何故か毅は、私よりこの男を信頼しているふしがある。全く持って腑に落ちない。
「社長、そう気落ちしないで下さい。きっとこれは、神様があなたにくれた、時間というプレゼントですよ。という訳で、この書類に目を通して下さい。この他にもまだまだ仕事はありますよ」
「これじゃあ私にじゃなくて、君へのプレゼントじゃないか」
「言われてみれば、そうかもしれませんね。これはきっと、日頃真面目に働いている私へのプレゼントです。そういう訳で、こっちの書類もお願いします」
そう言って霧崎は、どこからともなく書類を出し、デスクに置いた。 一度目の約束を私がキャンセルした時、毅もこんな想いをしたのだろうか。そう思うと、自然と溜め息が出てきた。
三度目の約束の夜。その日、二人の元に電話はなかった。
「では、楽しんでいらしてください」
そう言って、レストランの前で私を下ろし、霧崎は行ってしまった。私はレストランの前で待ちながら、腕時計を見る。待ち合わせの時間まで、後少し…。
俺は走っていた。CMの撮影の後、スタッフから飲みに誘われたが、断ってきたのだ。息を切らしながら、待ち合わせのレストランの少し手前で立ち止まる。最近では寝顔しか見なかった藤沢が、腕時計を見ながら俺を待っていた。
「早いね」
藤沢のその言葉に、毅は笑ってしまった。
「あんたの方が早いだろ」
「また撮影がおすかと思ってたんだよ」
「俺はあんたの仕事が忙しくて、また約束キャンセルかと思ってた」
二人は笑ってしまった。こうして顔を合わせて話すのは何日ぶりだろう。同棲しているとは言っても、最近は忙しくてお互い寝顔しか見ていない状態が続いたのだ。藤沢は人の目など気にせず毅を抱き寄せた。いつもだったら文句を言う毅も、今日ばかりはなんとも言わない。
「二度あることは三度あるって言うじゃん?だから今日も会えないかと思った」
「私は会えると思ってたよ?三度目の正直って言葉があるからね」
藤沢らしいプラス思考な発言に、毅は吹き出した。
「ほんとプラス思考だな」
「それが私の長所だからね。さ、寒いから中に入ろうか」
「そうだな」
そうして、二人の姿は、レストランの中へと消えていった。